「序章」
死とは、こんなにも静かなものだっただろうか。
仄暗い部屋。
目の前にはベッドで眠るように横たわる少女の姿がある。
その顔には痛みも苦しみもなく、まるで御伽噺の眠り姫のようだと思った。
そんな少女に跪き、寄り添っているのは一人の男。
愛おしそうにそっと頬を撫でるその姿はさながら眠り姫の目覚めを待つ王子か。
「……愛って、こんなにも穏やかに手に入れられるものだったのか」
思っていたよりずっと簡単だったと彼は眠り姫から目を離さずに呟いた。
じっと、その終わった──いや、違うか。
自ら終わらせた命を感慨深げに見つめている。
物音ひとつしない空間。
けれどそこには、確かに何かが存在していた。
それは名前を持たない、けれど自分に確かに芽吹いた感情。
(羨ましいよ、お前が心底ね)
心の中で吐き捨てるようにして部屋を出た。
アイツはまだ二人だけの世界にいるようだから置いていく。
目的は終わらせた。
後は勝手にするだろう。
足音を立てずに外へ外へと向かう。
夜の園に吹く風が少しだけ花を揺らしていた。
(もうすぐだ)
(はっきりいって勝算は薄いが、それでも)
失敗したら多くのものを失うだろう。
ハイリスクローリターンの割に合わない賭け。
けれど賭ける価値があった。
(賭けに勝ったらどうしようか)
そうだ、まずは名前を呼んでもらうことにしよう。
*
そうしてこの日、完璧な箱庭に歪みが生まれた。