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最強転生者パーティがエンドコンテンツの島に挑む!  作者: 北杜康子
序章 最強パーティ結成!目指せ「エンド島」
7/9

序章/第7話 前回、魔王を討伐するとお伝えしましたが、誤って100年後の世界に転生してしまったため、魔王もとっくの昔に倒されてるし、他にすることも無いので、予定を変更し一般人として普通に生活します。

 分厚い曇に覆われた空の下、尖塔が霞んで見える程に巨大な要塞が聳え立つ。主城門の外壁には大きな傷跡がいくつもあり、ここが幾度となく激しい戦場となったことを物語っていた。


 こちらを見下ろすように幾つも並んだ禍々しい悪魔の銅像が、はやく死者の魂を喰らわせろと舌舐めずりをしているように見え、身震いする。


「これが、大魔王バスモスの城…」


 僕がそうつぶやくと、後ろから誰かが声をかけてきた。


「そうだよ〜、すごいよねえ!ところでお兄さん、お腹空いてない?城内見学の前にお肉たっぷりの大魔王饅頭はいかがかな?」


 男の手には湯気を上げる肉饅頭。周囲には屋台が立ち並び、城を背景に記念撮影をするカップルや、食べ歩きグルメを堪能している家族連れ。キャイキャイと走り回る犬の頭をした子供たちが僕の鎧を指差し、わあ騎士の仮装だあ!と笑っている。


 とまどう間もなく降り始める強めの雨。

「こりゃ、今日はもう商売になんねえな。兄さん、帰りの土産は大魔王せんべえがオススメだよ!」と饅頭屋は去っていく。


 高い空から大粒の雨が石畳へ叩きつけるように降り、観光客たちは屋根を求め城内に吸い込まれるように入っていく。それに紛れ僕も城の中へ……。


「黒騎士様率いる帝国軍が、大魔王バスモスを討伐し、魔族を恐怖政治から開放して、もうすぐ100年になります」


 ガイドの女性の話を聞きながら、順路←などとかかれた看板に沿ってゾロゾロと歩いていく。


 そんな歴史の授業もすぐに終わり、今度はよくわからないオブジェの説明が始まった。


 大魔王バスモスの城は、終焉の皇帝『黒騎士』の大陸統一後、ホテルとして営業が始まり、施設の老朽化ののち、現在は美術館として開放されているとのことだ。

 現代アートの巨匠の作品を茫然自失で眺めたあと、出口のミュージアムショップにて、収納魔法から小銭を取り出し大魔王せんべえを購入。


 雨も止み、埃の匂いがする空気の中、外のベンチに座った僕は、クリームのサンドされた薄焼きの煎餅を、死んだような目をしながら齧るのだった。日が暮れようとしている。



「……どゆこと?」


 そのとき、スラックスのポケットに入れっぱなしだったスマホにラインの着信が。登録した覚えのない『美しき女神ルーシア様』からのビデオ通話だ。


「ごっめーーーん!!」


 開幕平謝りの、美しき女神ルーシア様。


「100年くらい、送る時代を間違えちゃったわ…ほんとごめん!!」

「……あの……ルーシア…様は、ダ女神のフリして、資質がある人を見定め、異世界を救う勇者を選んで送り出してたのかな、って思ってたんですけど」


「え、あ、そうそう。そうなのよ。いや死なせちゃったのは普通にミスだったんだけど、今回も普通にミスちゃったの!ナハハ」


 気不味そうに笑って誤魔化すルーシア。


「で、僕はどうなるっていうか、どうしたら良いんですか?」


「バスモスぶっ殺すのが生き返る条件だったでしょ。で、バスモスもう死んでるから、つまるところ『もう無理』なんだよね」

「は?」

「だから、とりあえず、そっちで寿命迎えてくれる?また死んだら、その時考えるから」


「……」

「どしたん、荒井?」


「どしたんじゃねーよ!!このダ女神!!何やっても駄目じゃねーか!!俺の人生どうしてくれんだよ!!」


 ここまで我慢してきた怒りが爆発する。何が女神様だ。これじゃあ、ただの貧乏神、いや、キングボンビーじゃあないか!


「しゃ……しゃーないじゃん!誰だってミスはあるでしょ!ていうか、ダ女神呼びは酷くない!!」


「うるさい!!さっさと、生き返らせてくれよ!!」


「無理でーす。そんななんでも自由に出来るなら、ダ女神やってませーん」


 開き直るルーシア。


「これもう決定事項だから。しばらくはそっちでセカンドライフ満喫してりゃ良いっしょ。色々『祝福(ギフト)』与えたし、別に困らんじゃんね。はいオッケー。しくよろ〜」


「お、おい!待て!」


「あ、それから。私はその世界の管轄じゃないから、基本もう連絡取れないのよ。ていうか通話料がすごい。あとは自分でなんとかしてちょーだいね。死んだら呼んで。んじゃ、ばいば〜い!」


 ……かくして僕の異世界チートでのんびりスローライフが始まる、わけもなく。言葉が通じるだけの謎の異国に飛ばされて、何をするのも四苦八苦。近くの街でなんとか仕事を見つけて、頑張って働いて、疲れて帰って、寝て起きたらまた仕事。仲間が出来たり、色んな事に失敗したり、楽しいことや、悲しいことがあったりしたけれども、それって別に異世界だから特別ってわけでもない。これじゃあ、元の世界にいた頃と結局は何も変わらないな、なんて考える。


「ねえアレシス。街にサーカスが来てるんだって!」


 魔族のティア。ギルドの酒場の喧騒。カーテンの隙間から溢れる日差しを、彼女の灰色の肌が吸い込んでいく。


 『アレシス』というのは、『荒井翔太』が訛ったもので、いつのまにか、みんなからそう呼ばれていたのだ。


「そういや今日、すごい派手なピエロの一団が大通りで宣伝のパレードしてたね」


 僕はスキルを活かして街灯の整備工をしていた。ある時、冒険者ギルドの前で作業をしていると魔法使いのティア、戦士ゴナース、治癒師のシャックの3人に話しかけられた。身軽な者を探している、パーティに入ってくれないかというのだ。それから、本業の休日限定で、時折手伝いや荷物持ちとして、クエストに同行するようになり、彼ら冒険者達とも交流することが増えていった。


「ね、週末は休みでしょ。一緒に見に行こうよ」

「いいね、ゴナースのやつ喜ぶだろうな!それなら、獣使いのポリニアも誘ってさ……」


 ギュッと頰をつねられて、スキルで痛みは無いけど驚いて悲鳴を上げる。


「これ、デートの誘いなんですけど?」


「え、あ、ごめん……いや、そうじゃなくて!行こうよ!うん!」


 照れてしどろもどろになっている、にぶちんな僕を見て、ティアは長い耳をピクピクさせながら笑った。


 ティアのことは、いいな。って思っていたけど、学生時代からそういったことには縁遠かったし、なんせ毎日の生活で手一杯で、恋愛なんてものに手を出そうなんて考えもしてなかった。なんだか目の前の景色の彩度が上がったような気持ちになってくる。


 いよいよ明日はデート当日。サーカスは少し前から始まっていて、話じゃ、演し物は最高、遊園地なんかも併設されていて、行った人は皆大満足、とのこと。僕もそわそわ浮足立ってしまって、一度電柱から落ちて、頭を石畳にしこたまぶつけたりなんかしてしまった。痛くはないんだけど、情けないったらないね!


 何かが起きるときは、いつでも突然で。


「ここにいたのかアレシス!探したぞ!!ギルドの緊急招集だ!!」

 そう電柱の下から叫ぶのは治癒師のシャック。


 非常事態が起きた際、ギルドはAランク以上の冒険者に招集をかける事ができ、冒険者は可能な限りそれに応じる義務がある。僕も、収納魔法や鍵開け等のスキルの有用性が認められ、一応Aランクの末席に名を連ねることになっていた。


 ギルド会議室に駆け込むと、既にそこには、ティアやゴナースたちAランク冒険者や、普段はあまり見かけないSランク冒険者が揃っていた。


 ギルドの支部マスターが、重々しく口を開く。

「先程、本部より通信が入った」

 符号の並んだ一枚の紙が、机の中央に置かれる。


「『千魔(サウザンド)狂走(スタンピード)』その数100万……だそうだ」


 ざわざわと話し声が交錯する。何かの間違えでは?イタズラに違いない。通信機の異常の可能性は……


「黙れい!!」


支部マスターの一喝で、場は、シン……と静かになる。ここにいるのは素人たちではない。本当はわかっているのだ。


 これまでにも『千魔(サウザンド)狂走(スタンピード)』は不定期に発生していた。大陸の中央からやや南西に位置する魔孔地帯の地下深くより、時に百桁、時に千桁の数の魔物が湧き出て、南に向かって狂ったように走り続ける。

 発生原因は今だ解明されてはいないが、一説には、地下に溜まった魔物たちが何かをトリガーに活性化し、かつての支配者の居城『バスモス城』を目指しているのではとも言われている。


 現在、魔孔地帯は魔導航空部隊によって常に監視されており、通常、魔物が発生した際は直ちに爆撃によって処理される。


 これまでの100年間、魔物の数は多くとも1万を越えることは無かった。故に『千魔』という呼び名が付いている。しかし今回は余りにも桁が違った。


「数もそうだが、動きも妙ですな」


 名も知らぬS級冒険者が言う。


 そうなのだ。この街はバスモス城から近い位置にはあるが、それでも北東に幾分かの距離がある。魔孔地帯からバスモス城までの直線上には存在しておらず、『千魔(サウザンド)狂走(スタンピード)』の影響範囲となったことはこれまで一度も無い。今回の魔物は元来の経路より東にズレて進んでいる。


「数の多さで奴らの磁石がズレたのか、そしてこの数の多さは何故なのか。ここで推論を重ねることに、もはや意味はないだろう。我らは成すべき事を成すのみだ」


 支部マスターは街の地図を拡げる。


「今、航空部隊が侵攻を阻止している。だが、状況はかわらないと見るべきだ。明日の明朝までに事態収集困難と本部が判断した場合、街を放棄。当ギルドの全勢力を持って、住民を街の外へ避難させることとする」


「異論はあるか」


 支部マスターはそれぞれの決意を確かめるように冒険者達の顔を見据える。


「異論は……あります」


 僕がそういうと、部屋の視線が僕に集まる。


「君は、電気屋のアレシスだったね。何か手があるというのかい」

 

 駄々をこねる子を優しく諭すような声で、支部マスターは話しかけてくれる。もう結論は決まっており、あとは全体の意志を統一するだけ。焦る必要はない。支部マスターはそう言っているのだ。


「はい……手はあります」


 僕は、収納魔法から鎧と剣を取りだし身に付ける。

「これは、女神の鎧と剣です。僕は女神の祝福を受けた勇者で、強い敵と戦う力を持っています」


 支部マスターも他の冒険者たちも、パーティの仲間たちも、何も言わず僕の方を見ている。


「今から、魔物を退治してきます。だから避難のお手伝いはできません。上手く行かなかったときは、ごめんなさい。勝手なことを言ってすみません。あとはよろしくお願いします」


 僕は皆にペコリと頭を下げて部屋から出ようとする。ゴナースが僕の肩を掴み、どういうことか説明しろと声をあげる。僕は振り返り、ティアの方を見ると、「出来れば約束は守りたいけどダメだったらごめん」ともう一度謝って、部屋を出ていった。


 空は、この世界に来た時と同じ、薄暗く分厚い雲に庇われていた。


「閃光……疾風……真速……!」


 空へとかけあがった僕の体は、すぐにドンという衝撃をもって音の速さを超えた。何かを大切な物を置き去りにしたような感覚が体を支配する。大丈夫だ、また帰れる。そう自分に言い聞かせた。


「制空……飛翔……」


 群れの全体を視界に捉え、宙から見下ろす。どれほど距離があるだろうか。山々をも揺らすような地鳴りが響き、緑の草原であったろう大地には、一面蠢く絨毯が敷き詰められている。

 その上空を魔空機が飛び回り魔法弾を落としているが、その炸裂する爆音すらもかき消え、巨獣の周りを飛び回る小バエの如き意味しか成していない事は瞭然だった。


「送念……」

「(魔導航空隊のみなさん!聞こえますか!僕は冒険者ギルドの者です!今からとても危ない攻撃を行います!!みなさんは下がってください!!)」


 パイロットの意識に直接言葉を送る。声が聞こえたのか、魔空機は弧を描いて僕の背後に飛び去っていった。


 遠くの物はゆっくりとした動きに見えるものだ。だが破滅の畝りは確実に、全てが砕き尽くされるという結果をもたらす為迫っている。放っておけば、街は跡形もないただの通り路となり、最終的に目的を失った魔物はどうなる。大陸中に散らばり人々を苦しめるかもしれない。100万の魔物達が、だ。止めなければならない。……僕は剣を抜いた。


「豪炎……ヤオロズ……」


 女神の剣に力を込めて振り抜くと、炎を纏った斬撃が群に向かって飛んでいく。斬撃は2つに別れ、それから4つに、8……16……32。


…4194304


…8388608


「『駆駱火(クラッカー)』」


 群に刃が降り注ぎ、何十万もの魔物が、細切れの肉塊に変わる。血飛沫が湯気のように立ち上り周囲を赤い霧が染める。……瞬間の沈黙。音の根源、空気が、八百万の斬撃の着弾点に集中、周囲を真空状態にし、次の瞬間。爆轟。魔物を切り裂き貫通した斬撃は、地に接触すると、一斉にすべての力を炎に変えたのだ。


 キノコ雲が吹き上がる。

 プラズマが、炎が、熱が、魔物を蒸発させ灰に変え、灼き尽くし、大地は爛れ溶け溶岩の海となり、淀む重い黒煙は、命が命たるための呼吸を許さなかった。魔物100万の内、9.9割は既に原型をとどめていなかった。


 群れの背後に控えていた巨躯の魔物およそ1万は、どれも焦げた手や足を振り回し、溶岩の上をのたうち回っている。


「終わらせる……」


 掌を空にかざす。これは悔悟と祝福の祈り。


「聖光……来雷……『謝捨雨(ジャージャーメン)』」


 天より、雲を貫き、無数の光の筋が降り注ぐ。光は万物を平等に照らし、肉を裂き砕き、一万の巨躯の魔物たちは、のたうち苦痛に叫ぶことしか出来ないまま、それぞれ、その境目すらわからぬ肉屑へと千切り潰されていった。


 空から降りてきた僕は、大きな岩陰に腰を下ろす。魔力を大きく消費し、少し疲れてしまった。スキル「補充魔力」を使えば、何のことはないのだけど、今はこの疲労を抱きながら、奪ってしまった命たちに祈りたい気持ちだった。グツグツと沸き立つ溶岩、命の気配のない死の大地に向き合い、ゆっくり目を閉じた。


 眩しくなって目を覚ます。眠ってしまっていたようだ。真上から差す陽の光。


「やばい!約束!!」


 昼過ぎにサーカスのゲートの前で待ち合わせなのだ。明らかにもう正午を過ぎている。


 空を駈ける。ぶっ飛ばすという表現が正しいだろうか、とにかく急いで街へ飛んでいくと、街外れの広場に設営された赤と金のストライプカラーが目を引くサーカスのテントが見えてきた。


 見る限り、多数の入場客で賑わっており、通常通り開催している。街を棄てての避難は中止になったと思って良さそうだ。


 いた……ティアはチケット売り場の近くで、いつもと違った、よそ行きの服を着て、何をするでもなく立っていた。


「キャ!」


 余りにも慌てていて、目の前に急に降り立ってしまったので、ティアはちいさな悲鳴をあげた。


「ご……ごめん!遅れた!!」


 僕がそういうと、ティアは冷たい目で僕を睨む。

「ほんとに来るんだね。大変な事態だったから、こんな遊びの予定、普通は中止だと思うんじゃないの?もしかしたらと思って待ってたら、ホントに来ちゃうしさあ。必死な男は嫌われるんだよ」


 ティアは、僕に近づいて、くんくんとニオイを嗅ぐ。


「お風呂も入って無いんじゃないの?信じらんない!淑女とのデートをなんだと思ってるのかしら!!」


 やってしまった。初デートで大チョンボだ。いたたまれない気持ちで困った顔をしてると、ティアが笑い出す。


「なんてね!もう、偉大な勇者アレシス様が、そんな顔しちゃって、どうするの!」


「ティア、冗談きついよ…」


 ティアの少し荒れた細い指が、僕の手を握る。


「お疲れ様、アレシス!今日は楽しみましょ!」

 ……帰ってきたんだ。僕はそう思った。



 予め言っておくと、デートは最高だった。彼女の知らない一面を垣間見える瞬間、普段は見せない油断したような頬笑や息遣い。どの味のアイスを選ぶか真剣に悩む横顔。玉当てゲームの出店で、僕がぬいぐるみを落として、お店のおじさんが、お姉さん可愛いからオマケだと言って、一回り大きなぬいぐるみに取り替えてくれたら、それを嬉しそうにギュッと抱く笑顔。

 女の子と一緒に遊ぶのってこんなに楽しいことだったんだ。って思った。


「もうすぐ午後の部が開演する時間ね!席取らなきゃ!」

 ティアに手を引かれ、広場の中央のメインテントに向かう。


 見るとテントの入口の前に人だかりができている。その中心には一層派手な格好のピエロ。大通りでのパレードの山車の上で踊っていたのを覚えている。

 サーカスのポスターにも、その顔は大きく描かれていて、どうやらこの一座の花形のようだ。


「さあさあ、みなさん。まもなく始まりますは、皆さんを新しい時代に案内する史上最高のショーでございます!!」


 ツンと尖った耳、白塗りの間から覗く灰色の肌。メイクでも隠しきれない整った顔立ち。開演直前最後の客引きに出てきた道化師は、開催からこの数日の間に沢山のファンを獲得したらしく、取り巻きに囲まれて黄色い歓声を浴びている。


 「見て!アレシア!!このサーカスのスター、ピエロのブロシアよ!」


 他の男に目を輝かせる彼女に、大人気なくも嫉妬心を抱いてしまう僕。


「おや!そこのお二人!そうです、そこの!ええ!」


 ブロシアが僕たちの方を向いて平手を突き出す。群衆が道を開け視線が通ると、仰々しいお辞儀をしてみせた。


「コレは失礼、ワタクシこのサーカスの哀れなピエロ。ブロシアと申します」


 ニコニコと笑いおどけながら、ブロシアはティアにかけ寄り、仰ぎ見るように言う。


「いやあ、お美しい!ワタクシこの大陸を、ぐるりと廻ってまいりましたが、このように美しい方は見たことがない!!」


 見え透いたお世辞に満更でもなさそうなティア。ええい、彼女に近づくな。


「本日は旦那様とサーカス鑑賞ですかな!いやあ、結構結構!」

「フフッ、わたしたちまだお友達で。ね、アレシス」


 笑って流すティア。


「これは失礼。まだ!お友達ということは、そういうことですな!いやー初々しい!ですがワタクシにはわかりますよ!お二人は相性バツグン!これぞ星の定めた運命の出会い!」


 うん。ブロシア、なかなか良い奴じゃないか。


「さあみなさん!では、本日は開演前に、この若き二人のため、特別なショーをおこないますよお!」


 なんだなんだと客が僕たちの周りに集まってくる。

「ちょっと、恥ずかしいね」とティアが言った。


 ブロシアは、僕とティアの肩を抱くとギュッとお互いを抱き寄せる。ティアと僕の腕がぶつかって揺れる髪が、僕の首筋をくすぐる。


「ほら、もっと近寄って!そう!いいですよ!このショーはワタクシからのお礼でございますから!楽しんでくださいね!」

 僕は勇気を出してティアを抱き寄せる。ちょっと無理したことをして照れた僕の方を見て、ティアはからかうような笑みを見せる。


 ブロシアは、肩を寄せ合い頬を染める僕たちに向き合うと、指を3本立てた腕を突き上げる。


「準備はよろしいかな!では、はじめますよ!」


「3!2!1!ポンッ!」


 爆風。炎が吹き上がる。


 観客たちは悲鳴を上げて逃げ惑う。


 ブロシアの合図と同時に、ティアが脇に抱えていたぬいぐるみが爆発した。


 ティアは腹部が弾けて前半分が無くなっていて、焼け焦げた顔から半分飛び出た目玉は何もない虚空を向いている。


「アーハハハハハ!ヒヒヒヒヒ!」


 笑う道化師。


「楽しんでいただけましたかねえ!特別な花火のショーは!」


 ティアが死んだ。


「改めて自己紹介致しましょう!我が名は大魔王ブロシア!!あらゆる魔の支配者にして、世界に混沌をもたらす者でございます!ええ!はい!」


 目の前で何か喋っている。


「アレシア……『勇者』アレシアさまにてございましたか?ええ!これは、ワタクシのもとに集う可愛いシモベ達を皆殺しにしてくれたお礼でありますゆえ、ヨロコんでいただけたなら至上の喜びでありまして!」


「いやしかし、驚いた!どんな手品で100万の魔物を倒したのかと思えば、この爆発で怪我のひとつも無い!これは、なかなかのツワモノであると認めざるを得ないわけでして……」


「もう黙れ」


 下から上に切り上げる。


 ブロシアの体は、左右真二つになって、それから地面に倒れ込む。


「へ?あ?……あ?」


 白い炎がブロシアの体を包んだ。女神の剣を受けた邪悪は、真なる神威の前に滅ぶ。


「ギャアッ!アアア!!ゔぞだ……この、俺が……大魔王ブロシア様が……ありえない……うぞだ…あ…あ…」

 

 そこからしばらく記憶がない。


 夢を見ていた。道路に飛び出す子ども。迫るトラック。あぶない!子どもの体を突き飛ばす。


 嫌な音がした。子どもは突き飛ばれて頭を打ち、ピクリとも動かない。そんな……

 だけどこれは夢だ。実際には子どもは助かった。


 僕が余計なことをしなければ、街の住民と一緒に避難していれば、ティアは死ななかった。そんな思いが己に見せた夢だ。

 子どもの死体はティアの死体に変わっていた。夢は優しい。惨めに、許してくれと泣き喚く自分勝手な姿を、誰にも見られることはない。


「……シス!アレシス!!」

 

 ティアの亡骸にしがみついて意識を失っていた僕を現実に引き戻したのは、事態を聞き付け駆け付けたゴナース達の声だった。


 冷静さを取り戻した。僕にはまだ守るものがある。夢とは違い、現実は、ただ後悔するだけの時間を許さない。


「まだ、敵はいるのか?」

「落ち着け、もう終わった」


 聞けば、あの爆発のあと、一座の団員や出店の主、曲芸用の動物たちが魔物へと変貌して、サーカスの客を襲おうとしたらしいが、僕が光のような早さで広場を駆け回り、すべて粉微塵に切り裂いていったという。


「ティアのことは残念だった」

 ゴナースは僕を抱き寄せて言う。泣いていた。

 シャックも自身の外套で遺体を覆うと、泣きながら祈りを捧げている。


 ……ふと視界に奇妙なものが映る。そんな馬鹿な。ありえない。


「大魔王ブロシア……!」

 そう名乗った道化師の死体が地面に転がっている。


 シャックが不思議そうな顔で尋ねる。

「大魔王……まさかこいつが『千魔(サウザンド)狂走(スタンピード)』の首謀者ってわけか?だが、これは……」


 そこにあるのは、大魔王ブロシアの右半身。


「半分だけだな」

 ゴナースが言う。


 逃げたのだ。奴は、心臓を抱えた左半身を引きずり、まんまと逃げ遂せたのだ。


 激怒の感情が込み上げてくる。純然たる激怒だった。


 その後、僕は冒険者ギルドより、S級のひとつ上、最上級の位、特級冒険者の称号を与えられた。

「行くのか?」

 シャックとゴナース、二人の親友が見送りに来てくれた。夜明け前の薄暗い街を街灯が照らす。

「うん」


 このままブロシアを放っておけば、いずれまた悲惨な出来事が起きる。そうなる前に僕はブロシアを見つけ出し討伐するための旅に出ることにした。


 しかし、それは建前だ。


 これは復讐の旅。怒りに支配された報復。絶対に、この手で殺す。それが旅の目的なのだ。


 思えば、僕はティアと深い関係だったわけではない。愛していた。というわけでもなく。ただちょっと仲の良かった女の子でしかない。一回のデートで勘違いして舞い上がってしまうほど僕は幼くないし、そんなことでは、またティアに笑われてしまうというものだ。


 その事実が、僕の肚を焦がす憎悪の炎を消すことは無かった。


 それからは何年もかけ、大陸も、海の向こうの国も、前人未到の秘境も、この世界のあらゆる場所で奴を探したが、とうとう見つけだすことは出来なかった。


 まだ一箇所だけ足を踏み入れていない地が残っていた。


 エンド島。大魔王ブロシアがいるとすればそこしかない。


 僕の旅の目的は、エンド島へ行き、奴を殺すこと。僕の旅はまだ終わっていない。


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