序章/第6話 平凡なサラリーマンの僕は、ダ女神に導かれ最強スキルマシマシの勇者として異世界転生!楽勝で大魔王を討伐します!魔王なんて一撃で倒せちゃいますが、なにか?
僕、荒井翔太はどこにでもいるサラリーマン。ある日の帰宅途中、
「あ、危ない!」
道路に飛び出した子供をかばってトラックに撥ねられ、気がつくと不思議な空間に立っていた。
「うおー!諦めんなー!!まだいけるまだいける!まくれまくれー!!」
声が聞こえる方を向くと、宙に映像が映し出されており、それを見ながら女性が叫んでいる。
「お願い〜!本気で生活かかってんの〜!!」
映像に映ってるのは僕?集中治療室のようなところで色んな管を繋がれて医者や看護師に囲まれている。
ピーという、心電図の音。どうやらご臨終のようだ。
「んあーーーっ!!」
女性は手に持っていた紙をビリビリに破り、放り投げる。ヒラヒラと紙くずが舞う。
さっきまでの興奮とは打って変わって、意気消沈し膝から崩れ落ちる女性。
「あの……大丈夫ですか?」
心配になって声をかけると、女性は恨めしそうにこちらを睨む。
「荒井〜〜〜!!!」
「なんで死んでくれてんの!これじゃあ、私が下手こいたみたいじゃない!いや、下手こいたんだけどさ!!気合いで何とかしてよ!!」
よくわからないが、理不尽な無茶を言っているような気がする。
「僕のこと知ってるんですか?」
そう聞くと女性はフフンと鼻を鳴らし、自慢げに言う。
「そりゃ知ってるわよ!我はルーシア!女神ぞ!この世界の生けとし生けるもの、全ての命の統括者である女神様ぞ!」
青い髪、透き通るような瞳、天女の羽衣とも思える薄衣に身を包んだその女性は、確かにこの世のものとは思えぬ美しさと神聖的な雰囲気を放っていた。見た目だけは。
「はぁ〜〜ほんとマジでしくじったわ…荒井、あんたはここで死ぬ予定じゃなかったの」
「どういう……ことですか……?」
胡座をかいて床に座りポリポリと頭をかく女神様。
「もうぶっちゃけるとさ……お酒飲んでテキトーに仕事してたら、ミスっちゃったんだよね。ほんとは、あの子供が轢かれて死ぬ筈だったの。それを急に荒井が飛び出してくるからさあ……困るよ〜、いや、悪いのはわたしか!ナハハ……怒る?怒るよね〜……」
「いえ、怒りません」
神様がどんな価値観で生きているのか、僕にはわからない。死にたかったわけでもない。ただ、僕があの子どもを助けられた事がわかって心の底から喜びが湧き上がってくるのを感じる。
「へぇ……」
女神ルーシアは自身の大きく開いた服の胸元に手を突っ込むと、どこに入っていたのか、菓子の包み紙や鼻をかんだあとのティッシュ、空き缶のようなゴミをいくつか取り出したあと、「あったあった」と3枚の紙を僕に差し出した。
「こんな時のために、生き返るためのプランがいくつかあるんだけど、興味ある?」
「い……生き返ることが出来るんですか!!」
「乗り気だねえ。じゃあこの中から、好きなものを選んで」
「選ぶ……?」
女神は一枚目の紙を指差す。
「まずは、今すぐ転生プラン。新たな命として即時復活、待ち時間なし!もちろん記憶は引き継ぐオプションつき!」
「すごく良いじゃないですか!さすが女神様だ」
褒められた女神は嬉しそうにドヤ顔を向けてくる。
「で、今予約が空いてるのが、ベルツノガエルとサナダムシだけなんだけど、どっちがいい?」
「どっちも嫌です!!」
カエルやら線虫に生まれ変わって、何をしろというのか。サラリーマン知識でハエ取り無双に腸内無双しろとでも!?
「『カエル転生』と『サナダムシ転生』は、お好みでない…と、じゃあこれはどう?」
なぜ断られたのかよく分かってないようなフリで、女神は2枚目の紙を突き出してくる。
「今度はちゃんとした、人間への転生だから安心して。新たに赤ちゃんとして生まれてくるの。記憶を引き継いでね。その名も人生二週目プラン!」
「強くてニューゲームですね!学生時代にやり残したこともあったし、楽しみです!」
「ただ、赤ん坊には予約がねじ込めなかったから、転生するのは金玉の中の精子になるけど良いかな…運が良ければ産まれて来れるんじゃない?いわゆる『ザーメン転生』ね」
「そんなものを、いわゆらないでくれ!!」
僕は悲鳴にも似た叫び声をあげる。乾いた紙の中で朽ち果てていく自分を想像してしまったのだ。
「チッ、めんどくさいなあ…じゃあこれが最後ね!一番オススメできないんだけど」
どうやら、自分が悪かったというのはスッカリ忘れているらしい女神は3枚目の紙を突き出す。
「ひとまず異世界最強勇者転生!」
「……ひとまず?」
「剣と魔法の異世界に勇者として復活するプランね。その異世界で、邪悪なる魔族達を統べ人々を苦しめる大魔王『バスモス』を見事退治する事が出来れば、なんと報酬として、あの事故が無かった事になって、元の暮らしに戻る事が出来るってわけ」
「もちろん、今回は特別サービス。この女神ルーシア様が大量の『祝福』を付与してあげる。神の祝福を前にすれば、はっきりいってバスモスなんてドラクエのスライムみたいなもんよ」
「…話が上手すぎる。そんなに簡単に生き返られるなら、どうして初めにこの話をしてくれなかったんですか」
「そう?そんなに簡単?」
おどけてばかりの女神の瞳に、平伏すような神性が宿った気がした。
「あなた…殺せるの?」
ゾッとした。僕はなんてことをしようとしていたのか。例え相手がどんな人物であれ、命を奪うことはどれほど恐ろしい事だろう。この手で、骨を砕き腹を裂き、転がる命だったもの。想像すると恐怖と悲しみで吐き戻しそうになる。
だけど、
「僕は聞いてしまった。人々が苦しみ喘いでいる事を、そして僕がそれを助けられるという事。この目で見るまでは物騒なことは考えられない。でももし、僕にしか出来ないことがあるのなら、やる事は一つだ。行くよ、異世界に」
女神ルーシアはニカッと笑う。
「その言葉を待っていたよ!さあ、『祝福』を授けよう!!」
僕の周囲を高速で文字列が駆け巡る。
剣技 全属性魔法 回復魔法 一定量ダメージ無効 ステータス異常無効 収納魔法 便秘知らず ダンス 禁煙成功 言語通訳 木登り 竹馬 けん玉 無駄毛脱毛 ボイラー技士 電気工事士 さくらんぼの茎を舌で結べる……etcetc.
「これ、ついでにスキルの在庫処分してません!?」
「んーっ!オマケもつけちゃう!」
いつのまにか僕は鎧を着て腰には剣を佩いている。儀式用にも見える派手な装飾で、不思議なことに紙のように軽い。
「さあ行くが良い、勇者荒井よ!異世界に平和を取り戻すのだ!!」
とたん迸る閃光。目が眩む。体から重さが消えていく……
ゴォと吹く風がザワザワと体を撫でるのを感じて、ゆっくりと目を開けると、曇天の下巨大な城が聳え立っていた。
「これが、大魔王バスモスの城…」