序章/第4話 聖国最強の賢老様。メスガキに転生し、今度こそ魔導の極致を目指します。
かつて大陸には、東にカッセ帝国、西にホビロ聖国という大きな国があり、この2つの国を中心として様々な国が領土を巡り戦を繰り広げる戦乱の時代があった。
ホビロ聖国には、魔導宮という魔法の研究施設があり、聖国は魔法技術に置いて右に出るものなしの先進国であった。
魔導宮は、ホビロ聖国つまりはホビロ聖教会を守護する二つの騎士団を抱えていた。
ひとつは、他国を攻め落とす『銀の杖』ひとつは、時に国を守り時に国攻めの策を練る『金の法衣』
聖国に二人の神童あり。神童はあらゆる魔法を習得し、そしていつしか賢老と呼ばれるようになる。
一人の賢老は銀の杖の騎士団長となり、多くの国を攻め落とし、一人の賢老は金の法衣の騎士団長となり、国を、そして銀の杖を支えた。
二人は親友であった。
時を重ねるごとに賢老達の魔法は熟達の域となり、もはや万の兵ですら風の前の塵の如く払われるのみ、聖国が大陸の覇権を得るのは時間の問題であった。と思われていたが……
カッセ帝国に『黒騎士』あり。
漆黒の鎧を纏った帝国最強の将軍。そんな噂が聞こえ始める頃より、帝国との戦は連戦連敗がつづく。銀の杖の賢老がどれだけ蛮勇を振り絞ろうとも、金の法衣の賢老がどのような魔法を開発しどのような策を練ろうとも、帝国軍はそれを打破し、聖国の領土は日ごと縮小していく。
黒騎士が現皇帝からその座を奪い、新たなる帝として君臨したという頃……聖国に攻め入った帝国兵が、銀の杖の賢老の妻と娘の住む街を焼き払ったという知らせが届いた。助からなかった。娘の齢は十七。銀の杖の賢老は自ら命を断ったという。
金の法衣の賢老は病に倒れていた。余りにも無力であった。なにが賢老か。戦にも病にも老いにも勝てず、国を友を失い、床にふせる哀れな老人が居るのみではないか。
わしは無力だ。
わしは魔導の頂きに至ったのではないのか。ただの驕りだったのか。真の魔導の極致とはなんだ。知りたい。悔しい。口惜しい。
わしは願った。わしは祈った。ならばこそ血を吐き肉が千切れ骨が崩れようとも、最後の魔法を完成させねばならない。
もはや限界を迎えていた肉体を引きずり、祭壇に人生の全てを注ぎ込んだ呪法を書き記す。これぞ誰も到達しておらぬ、到達のための魔法。
『輪廻転生』
やがてゆっくりの心の臓が止まるのを感じながら、自らの至らなさを悔いるばかりであった。
気が付くと青い空を眺めていた。血の臭い、馬の嘶き。
「おい、生きてる者はいるか!!」
山道での馬車の転落事故、御者も乗客一家も誰も助からなかった。ただ死んだ幼子に、わしの魂が乗り移っただけであった。
娘の名はイオアというらしい。親戚の家をたらい回しにされたあと、孤児院へと移された。
そこはまあよいとして。
あれから100年は経っているだろうか。
憎き帝国は、あのあとすぐに大陸全土を統一したという。しかも、大陸統一後に帝国は共和制を導入。戦乱の世は終わり、大陸は、共和国カッセは、民による民のための国となった。
それに奴隷制度が廃止され、これまで虐げられるばかりの獣人族が、今では民に選ばれた共和国の頭領となっているというではないか。
あの100年前と比べれば、なんと富み、平和で、安らかな世界なのかと、驚くばかりだ。
黒騎士はといえば、皇帝の座を降りるとともに姿を消したという。いまでは『終焉の皇帝』と呼ばれ、どこへいっても肖像や彫像を見かける偉人の扱いである。
「なるほど、黒騎士殿はこれほどの傑物であったか。ならばわしでは勝てるはずもない」
わしは孤児院の書庫にある黒騎士物語を夢中で読み耽った。誇張された作り話でしかないのはわかっておったが、かつての宿敵であった男の輝ける歴史を見ると、胸が熱くなり誇らしい気持ちとなった。
黒騎士への復讐心は綺麗サッパリなくなっておった。となれば、わしがやるのはひとつだけ。魔導の極致を目指すこと。
戦乱の世が終わり、魔法のあり方は大きく変わった。生活に役立つ魔法。カラクリを動かすための魔法。魔物を効率よく退治するための魔法。それらはこの100年、大きく発展していたが、大規模戦術魔法のような物騒な者はお役御免として失われつつあった。
わしが望むのは最強の魔法使いになること。あの黒騎士ですらオシッコチビって逃げ出すような魔導の極致に至ることであり、そのためには今の時代には本来必要の無い強大な魔法を研究する必要があった。
イオア、つまりはわしが五歳になった頃、孤児院を抜け出し旅に出た。目的地はかつての聖国魔導宮。まずは、古巣に帰り、研究のきっかけを掴む必要があったのだ。
旅のさなか、良からぬ噂を聞く。かつての魔導宮は死霊が蠢く廃墟と化しているというのだ。しかも、その死霊はかなり強力で、並の冒険者では1体相手ですら太刀打ちできないため、魔導宮は廃墟のまま放置されているという。わしは旅を急いだ。
凄まじく暗く重い魔力が充満していた。動く屍、彷徨う死霊。骸骨がこちらを向いてケタケタと笑う。魔導宮は噂通りの死者の都と成り果てていた。
厭な予感が背筋を走る。
背後より、目玉に蛆が湧いた大柄の屍が襲いかかってくる。
「うんうん、大人しく眠っておれん気持ち、わしにはわかるぞ」
『紅蓮業火』
「でもまあ、くっさいくっさい死体は、消毒しないとのお〜!」
あたり一面を灼熱の炎が焼き尽くし、屍達は灰になっていく。
「キャ〜ハハハ!きもちぃ〜のう!!やっぱり魔法はこうでないと!」
気持ちが高ぶると自らの中に幼さが湧き出すのを感じる。これは肉体の若さからくるわし本来の幼さなのか、それとも……
「キモキモ骸骨はまとめて焼却処分じゃ〜!キャハキャハ!!!」
魔導宮、地下深く。施錠された禁忌の図書金庫。さらにその奥、何重にもかけられた隠蔽魔法のさらに奥。賢老のみが知る秘密の魔導実験場。
「来たか……ヴェスト」
「ケイン……」
実験場には多くの死体が転がって腐臭を放っており、中央の台座には何ともしれない肉の塊が転がっている。ケイン……銀の杖のケインは干物のような体を、その呼び名ともなった杖で支えながら、暗闇の中、爛々と光る瞳で、その肉の塊を見つめていた。
「ほおらアイシャ……ヴェストおじさんが、きてくれたよお」
「何人……殺した?」
死んだ娘を蘇らせるために、屍霊術に手を染め、多くの人間を殺し実験台にしてきたのだろう。台座の肉は……かつてはそこに娘の亡骸があったのだろうが、繰り返す実験の中で少しずつ失われ、今や形からしてネズミか何かの小動物の肉があるのみだ。後戻りの出来ない禁忌にケインという男が耐えられるはずもない。もはや正気を失っている。
親友はわしであり、わしは親友であった。ただ少し、辿った道が、選んだ先が違っただけだ。
「終わりにしよう、友よ」
わしが杖を構えると、銀の杖から閃光の矢が迸る。殺傷力のある無詠唱撹乱魔法だ。
『韋駄天足』『身体強化』『強化強化強化』
『韋駄天足』『魔導轟流』『撃力覇法』『強化強化強化』
飛び退き、自身に強化魔法をかける。同じくケインも自身を強化する。対人における奴の魔法技術は常にわしの一手上を行っている。
「干物になっても、腕は落ちておらんようじゃの!」
ケインは撃力強化された肉体で石の台座を蹴り飛ばす。豪速の石礫がわしの行く手を塞ぐ。
『重力過多』『波状閃光』『真空風槍』
『水動空然』『魔黒粉蒸』『聖法護身』
卓越した魔法使い同士の戦いは、手の読み合いに終始することとなる。
わしはケインの強化された肉体を『重力過多』で抑え込もうとしたが、奴は同じく『水動空然』を唱え、体の重さから解き放たれる。『魔黒粉蒸』を唱えるのはわかっていたので、『波状閃光』をもって闇を切り払った。そして次の『真空風槍』で奴を攻撃するつもりであったが、奴が結界魔法『聖法護身』をあえてわしに向け放ったので、光の壁に阻まれてわしの魔法は不発となったのだ。
「いつぶりかのう!こうしておぬしと本気でやりあうのは!覚えておるか!」
ケインの放った魔法が脚の肉を抉り、血が吹き出す。
「酒場のリデアじゃ!いい歳こいたおっさんが若い娘を取り合って本気で決闘なんて、マヌケにもほどがあったのう!」
顔面に衝撃魔法が直撃し鼻がへし折れる。
「びゃはは!思い出すわい!!あの時はわしが、おぬしをけちょんけちょんに叩きのめして勝ったんだったの!」
「…あれほど、惨めな思いをしたことはない……!」
ケインが口を開く。
「だが、リデアが選んだのはお主じゃったろう!どんな思いでわしが結婚式に出たと思うとる!」
「祝福してくれているものだと…」
「おぬしは、ほんとそういう所がある!」
今度はケインが衝撃魔法をくらい、ひっくり返る。
「だが、お主たちに子が出来たと知り、わしは心から嬉しかった!おぬしたちを、この国を守るため、わしは生涯戦うと誓った!」
「ヴェスト……」
「だがわしも……おぬしとなにも変わらぬ……何も守れなかった……全て失った、心から愛する友すらも……」
起き上がったケインはわしに歩み寄り、銀の杖を差し出す。
「友よ、お前と共に生き、共に死ぬことを選べなかった俺を許してくれ」
杖を受け取るとケインはゆっくりと塵となり崩れ落ちていく。
「俺の杖を連れて云ってくれないか…俺が見れなかったお前のあしたへ……」
その後二年、わしは魔導宮の地下で魔法の研究を続けた。イオアの体には高い魔法適正があるのも幸いし、最終的には、理論上、小国を丸焼きにするような戦術魔法すら習得したのだ。だが……だが、それがなんだ。この先に何があるというのだ。これが、わしの求めていた魔導の極致というのか。この薄暗い地下で何にも使えない魔法を覚えて一人杖を振ることが、友に見せたい景色だとでも言うのか。
「終わってんのお〜、キモキモじーさん」
これは独り言か、内なる声か。
ある時、魔導書の間から一枚の羊皮紙を見つける。そこには、こうあった。
「エンド島について……」