序章/第3話 転生者たち
その後はトラブルなく、船は少し遅れて翌日の夕刻にコール島の港へと到着した。
改めて客船の船長や船乗り、乗客たちより感謝の言葉を伝えられ港へと降り立つ。
もう日も暮れようとしているが港は街灯に照らされ、まるで真昼のようにギラギラと明るく、際どい衣装を着た女性たちが、長旅を終え船から降りてきた人たちを宿やら飲み屋やらに客引きをしている。
ここコール島は、僕の最終目的地「エンド島」へ向かう定期船に乗るための唯一の玄関口であり、それと同時に、ないしはそれ故に一大歓楽街を有していた。エンド島へ向かう者は資産家が多いため、それを目当てに多くの物や人が流れてくる。そしてそれを目当てに、といった具合に、エンド島との航路が出来て以降、雪だるま式に歓楽街が発展していったのだ。
「おーい、お三方ー!」
船で少女とひと悶着あった船乗りが、船から降りた僕達を追いかけてくる。
示し合わせたわけではないが、三人一緒に船長からの感謝の言葉を受け取っていたので、降りるタイミングも三人共同時になっていたわけだ。
「あんたら、エンド島に行くんだろ?」
息を切らした船乗りが尋ねてきた。
「わかりますか?」
「そりゃあ、あんたらみたいな桁外れに凄腕の冒険者、ただ遊びに来たきただけじゃあねえだろうさ」
「シシシ」
凄腕と呼ばれて嬉しいのか、赤いドレスの女性が自慢げに少女を見て笑う。
「ん?なんじゃおぬし、まだおったのか。娼館までの道がわからんのか?」
「誰がソープ嬢だコラ!」
船乗りが指差す先には街の中央へと向かう道。
「島の中央に冒険者ギルドがあって、そこにエンド島入島者受付事務所がある。明日はまずはそこで受付を済ませると良い。そこで詳しい案内もあるはずだ」
良い旅を、と旅の無事を祈る屈強な船乗りに別れを告げると、僕達はひとまず港を後にすることにした。
「みんなは、このあとどうするんだい?」
「ギルドの近くで宿を取れれば良いんじゃがの」
「あのよお、兄ちゃん」
ドレスの女性が僕のそばに来て耳打ちをしてくる。意図してのことではないのだろうが、豊満な胸が腕にあたって、しかもなんだか満開のバラのような香りまでしてくるのだから、健全な男子として少しばかりドギマギとしてしまうのを誰が責められようか。
「な……なんですか?」
女性は両手を顔の前でパシンと合わせると申し訳無さそうな顔で、
「悪いけどよ!金…貸してくんねえか!!実は無一文なんだよ!!船もさ、ホントは密航してただけでよ!昼はこのドレスだから疑われねえだろ?夜は部屋がねえから倉庫に隠れてたりしてよ、そんなこんな苦労して、なんとかこの島にたどり着いたってわけよ!」
「呆れたやつじゃのお…勝手に野宿でもしてればよかろうに」
ともすればどこかの国の女王様のようにも見える凛とした顔を雨に濡れた子犬のようにしょぼくれさせて女性は哀願する。
「野宿はよぉ……ダメなんだよ!路地裏で寝てたら、脂ギッシュなおっさんがニヤつきながら、君いくら?なんて声かけて来やがってよぉ!気持ち悪いったらねえんだよお!」
悲しい体験談を聞かされてつくづく呆れた顔で少女はため息をつく。
「やれやれ。行先は同じじゃ、これも何かの縁。どうじゃろうか青年、ひとまずわしら三人でパーティを組むのは」
僕は頷いて、
「ええ、もちろん。僕はアレシス。勇者アレシスです」
少しかがんで差し出した手を少女は握り返し、
「わしはイオア。魔法のことなら任せておくがよい」
今晩の宿の心配が無くなって満面の笑みの女性も、僕たちの手をギュッと握り、
「へへっ!俺はレマ!レーマロッテヤー・インデン・アージョイだ!!ステゴロなら誰にも負けねえ!」
エンド島へ向かう者には資産家が多いというのは、僕達も例に漏れず(一部例外はあったけど)浴場付きでフカフカベッドの三人部屋の宿を取ることになった。レマさんも別に同室で構わないとのことだった。
「お、何の話してんだ?」
顔に泥を塗ってゾンビのようになったレマさんがパジャマ姿で部屋のベッドにゴロンと寝転がる。
「けったいな顔しおって」
「美容も喧嘩も日々の積み重ねだからよ!ほら、お前も塗れよちびっ子!」
「ええい!やめんか!」
「君の話をしてたんだ。元貴族で今は大財閥のアージョイ家のご令嬢が、北のダークドラゴンを一人で討伐したって話は耳にしたことがあってね」
「ああ、ドラ公のことか。今は実家で番犬やってくれてるぜ」
こともなく話すレマ嬢。
「すまない、別に隠れて噂話をするつもりじゃなかったんだ」
謝る僕を見てレマさんは気にしねえよと、ケラケラ笑う。それでもどこかフェアではない気がして、僕は自分の身の上を話すことにした。
「僕は日本という、ここではない世界の国の出身でね。今は勇者アレシスと呼ばれてるけど、本当の名前は荒井翔太っていうんだ」
驚いた顔で僕を見つめるレマさん。
「おい!おいおいおい!」
僕の両肩をガシッと掴む。
「なんじゃ、急に」
「いや、よお!俺も日本人なんだよ!!加地葉 久郎!マジかよ!!」
顔を上気させ、加地葉久朗を名乗る金髪美女が冗談を言っているようにも思えない。どうやら僕はここにきて初めて、同郷の者に出会えたようだ。
「ふむ、異界より現れし勇者か。実在していたとはの」
僕は荒井翔太。普通のサラリーマンだったんだけど、ある日事故に巻き込まれて気が付くと不思議な空間に居た。そこにはルーシアという女神様……ちょっと頼りない女神様がいて、どうも僕は手違いで命を落としてしまったらしい。生き返ることは可能だが、その条件として、異世界での『大魔王バスモス』討伐を依頼され…
「へぇ、サラリーマンだったのか。俺はよ、学生だったんだよ。生徒会長で成績は学年トップ」
「下手な嘘つくんじゃあない、どうせせんずりとケンカしか趣味のない赤点不良学生じゃろが」
「うるせー!」
イオアがベッドの上で足をパタパタとしている。いかにも子供らしい所作だが、歳不相応な落ち着きや言葉使い、それに強大な魔力。彼女にもこのエンド島へ向かう旅の理由が……僕と同じようにあるのだろうか。
「故郷の思い出話に花を咲かせたいところじゃと思うが、それならまず、わしの話から聞いてもらおうかの。なんせ子供なんで、あまり夜遅くなると眠くなってしまうのじゃ」