序章/第2話 最強の臨時パーティ!
「悪かった、歳なんて関係ないよな。レディーにたいしてガキだなんて声をかけたら、気分を害して当然だ。すまなかった」
船乗りは少女に頭を下げる。少女もまた
「わしの方こそ謝らねばのお……心配事や考え事をしておって邪魔をされてカッとなってしもうた。喫緊の問題とはいえ、あんたはわしのことを心配してくれていたのにのお」
と小さな体をペコリと折りたたんで謝罪する。
僕は赤いドレスの女性を見た。長い金色の髪と刺繍のはいった高級感のあるドレスのフリルが風に揺れている。
「お…オレも謝るの?」
良家のお嬢様風の容姿に見合わない男言葉でブツブツ言いながら、女性は照れくさそうにしている。
「当然じゃろ。ほれ、あやまれあやまれ」
少女を恨めしそうに睨みながらも、女性は深々と船乗りに頭を下げる。
「悪かった!いっちょ噛みで首突っ込んで、勝手に悪もんにしてよ!ほんとにすまねえ!」
「わしには謝罪の言葉はないのかの?」
「あるわけねえだろ!ビチクソガキ!だれがデカチチおばさんだ!」
「はあ〜?デカチチ馬鹿おばさんはごめんなさいもちゃんといえないのかの〜う?」
まあまあまあと、僕と船乗りは二人に割って入る。
「ところでキミ、さっき急ぎの心配事があるって言ってたけど、なにか困っているのかい?」
女性から少女を引き剥がしながら、僕は尋ねる。
「話してご覧よ。困っている人を助けたいってのが僕の旅の理由でもあるしね。前のパーティの仲間には安請け合いしすぎだってよく怒られていたんだけどさ」
僕が微笑むと、少女はうーんと困った顔をしながら言った。
「この船、かなり大型のテンタグラーに狙われておるぞ。もうすぐ襲ってくるんじゃないか?」
船乗りと、船乗りに羽交い締めにされたドレスの女性が叫ぶ。
「それ早く言えよおおおおおおお!!!!」
叫び声と同じくして、海面より塔のごとく巨大な触手が何本も突き出した。
乗客は叫び声をあげ甲板に混乱が広がる。船乗りはさきほどまでも張り上げていた大きな声で、乗客達に客室に避難しろと呼びかけると、僕たちにも避難の指示を出し甲板より去っていった。
「おいおい、やべえよ!あんなでけえイカの足叩きつけられたら、こんな船ぺしゃんこだぜ!」
ドレスの女性は弱気な事を言いながらも、僕たちをかばうような体勢で、船を取り囲む触手を睨みつける。
「ふむ、9……10……11本」
「イカの足は十本では?」
「一本は”チンチン”じゃな。猛っておるのお」
「いやだあ!イカ臭いポコチンずっぽりくらって天国に逝かされろってのかよおおお!こんな船に乗らなきゃ良かった!これがホントの処女後悔ってかあ!!」
「こいつほんとうるさいのお」
ぬらぬらと濡れた吸盤のついた11本の東京スカイツリーは舌なめずりするかのようにゆらゆらと揺れる、それらを構成する筋肉の束に瞬間、捕食者の殺意が込められたのを僕は見逃さなかった。
「来るぞ!」
「下がっておれ……!」
少女は銀の杖の石突きを甲板に突き立てる。
「『深翠の被膜』」
触手は力任せに、自らの重さを乗せて、船を叩き潰そうと倒れ込んできた。しかし、その11撃は船を包み込む透き通った緑色の結界に阻まれ、弾き返されるのみであった。
触手には自らの重さが仇になり手痛いカウンターとなった。痛みこそ無けれども筋肉の繊維は潰れ動きに精彩を欠く。今だ。
「雷光…疾風…」
僕の体は一筋の稲光となり船の上空へと駆け上がる。
「……雷光一閃『殲全霹』」
居合と同時に、魔法の力で体を355度回転させ、周囲を斬撃る。僕を中心に、雲は払われ、その空気の畝りが生んだ小さな真空で納刀の音は消え、そして全ての触手は切り飛ばされた。
「うおお!お前ら、すげえじゃん!!何だよ今の!」
甲板に降り立った僕の背中を、ドレスの女性がバンバンと叩く。やれやれ、何ってイカの足を切っただけだが?
そう、足を切っただけなのである。
「まだだよ……!」
ドンという最早衝撃波のような轟音、これはあまりにも大きな水音であった。
「こりゃ、まいったのお…!」
船の10倍…いや20倍はあろうかという、巨大なイカの胴体が空を飛んでいた。
「これじゃ結界ごと船が沈むのお!」
巨大なイカのフライングボディプレス、もはや万物に平等な重力からくる落下時間のみが僕らに与えられた猶予であった。陽の光が遮られ、夜のような暗闇が降りてくる。
「キレちまって特攻か?面白え、ここからはタイマンでやってやんよ」
女性のドレスがひるがえり、金の刺繍がチカチカと周囲のかすかな光を反射する。
「エンジン全開!ブッチぎるぜ!!」
真っ赤なハイヒールが甲板を蹴ると、一陣の風と共に女性の姿は消える。
「…速い!」「あそこじゃ!」
少女が指さした先には、蒸気船の煙突。その足元で女性は煙突を両手で抱えて無理やり引き抜こうとしている。
「ぐぬおおおおおお!ド根性おおお!!!」
バキバキと音を立て、ねじ切るように引き抜かれる煙突。ドレスの女性はその煙突を担ぎ上げると、そのまま跳び上がった。
「……疾風!」
「うむ、『強化強化強化』」
赤いドレスは僕たちの補助魔法を受け、速く強く飛んでいく。
「行くぜ!!イカクセー罪打たずにホームラン打とう!!必殺『讃姦応』」
煙突バットのスイングが直撃し、ドオォォンという大きく低い音が周囲に響くと、巨大なイカは天高く遥か彼方へと弾け飛んで行った。