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後日談

「それで、あの話。どこまでが本当だ?」


 ほの暗い黄昏の西日に眉をひそめる鈴桜さん。

 彼女は暫く貫いていた沈黙を唐突に破り捨てた。


「割と全部本当ですよ。ただまあ、祖父は男性にすぐ別の人形を買い与えろと言っていましたね。初詣に来た時点ではまだ人形は帰ってなかったそうです」


「……だろうな」


「あれ? お祓いとか信じてましたっけ」


「いいや全く。だが暫く考えてな、私の予想が正しければ後日談は別にある」


 鈴桜さんにしては勿体ぶった言い回しだ。


「どうしてそう言い切れるのですか?」

「人形はまたすぐに現れるからだ」


 まるで答えになっていない。会話をしたことがないのだろうか。


「そう睨むな。説明はまだ放棄してないだろ」


「……説明? 一連の不可思議な現象に現実的な説明が付くんですか?」


「馬鹿者め。不思議な事などあるものか」


 怖い話にリアルを求める……無粋だが、彼女らしい考えだ。


「しかしですね、人形が自分で歩いて帰ってくる訳がありません。娘が父を尾行して拾ってきたというのも無理な話です」


 僕の言葉に、鈴桜さんは指で髪をくるくると回して呆れ顔を作った。


「初めから行こう。そもそも人形は何処にあった?」


「何処って、ゴミ収集所でしょう?」


「娘の証言だけでは証拠として不十分だな」


「なるほど、では盗んできたとか」


「それこそ現実的では無いな。上等な日本人形を取りそろえる店が大きな袋を持って出て行く少女を黙って見送ったとでも? 分割しても出入りが激しければ不審だな。日を跨いだら尚のこと警戒くらいするだろう」


 確かにそうだ。


「友達の家から盗んできたという点も同じ理由で否定できる。というか此方に関しては身元が割れている分、店よりもリスキーだ」

「仮に証言通りゴミ収集所にあったとしよう。考えられるのは遺品整理で遺族がゴミとして捨てたという線だが、だとしても袋には入れるだろ。娘にゴミを漁る趣味があったなら別だが」


 そんなことは例外中の例外、外れ値であるからして、考慮に値しない。


「では人形はどこから現れたんですか?」

「家だろ。家にあったんだ」


 なにを言っているのだこの人は。


 そんな事を考えていたからか、彼女は「からかってないぞ」と恨めしげに僕を見上げた。


「お前も言っていたじゃないか。人形は下半身がなかったと」


「言いましたね」


「だが考えても見たまえ、下半身の無い人形なんてそう多くは無い。一般家庭にある下半身の無い日本人形なんて一つだ」


「それは、ずばり」


「ひな人形だ。男のお前には馴染みが無いかもしれんが、女の子の居る家には大なり小なりあるのだよ。話に出てきた娘の家にも当然あっただろう」


「ああ、そっか。……だとしても、なぜ裾が長いんですか?」


「娘が着せ替え人形として遊んだからだ。本来裾は後ろで固められているが、脱がそうとすればそれらを解くのが早い。解けば下半身のない人形の裾は相対的に長くなる」


「では、人形は帰ってきたのでは無く、娘が勝手にタンスから持ち出したと?」


「状況的にまず間違いない。そうして父親が人形を捨てる度に箪笥か納戸より補充していたのだろう。拾ってきたと言ったのは娘の負い目か、もしくは私物化するための方便だな」


「人形を買って貰えない環境だったのでしょうか」


「さあな。話の中ではもう一体着せ替え人形を持っていたようだが……」


 鈴桜さんは何かを確かめるように唇を舐める。


「だが事実として、娘の人形に対する扱いは明確に悪い。先程も言ったが本来後ろで固められていた裾は最初の一体目からして既に解かれて引き摺っていた。本来なら下半身として機能するはずの布だ。物にもよるが雛人形の服は割としっかりしているし、接着剤で貼り付けられている。解かれているという事は相応の力が加わったか、はさみで切られたのだろう。

 父親が人形を落とした時に腕がもげたのも、服を解く道中で壊したのかもしれんな。まあ、娘にだけ非があるとは思わんが」


「父親も悪いんですか?」


「お前の話を聞く限りではな。二日目の最後、父親は新しい人形を買ってやると約束した。だから娘は暫く我慢した。その日から次の展開まで暫くの日時が経っているのはそういう事だろう。しかし……」


 人形は、買い与えられなかった。


「これに関しては娘が人形を大切にしないから人形を買って貰えないのか、人形を買って貰えない鬱憤で粗雑に扱うかは分からんがな。ともあれ約束の不履行に娘が怒って再び人形を持ち出してもおかしくは無いだろう」


「神社へ向かう前夜に父親が見た人形の顔の傷が治っていたのは物が違うからとして、腕が無かったのも娘の鬱憤ですか」


「……いや、あれは父親が娘に圧を掛けたからだな」


「そんな事ありましたか?」


「ふむ。そもそもお前は雛人形を見たことがあるか?」


「ありますよ」


 馬鹿にしているのか。それとも凄く馬鹿にしているのか。


「じゃあその人形一つ一つが別のポーズを取っていることも知っているな。座っていたり中腰だったり、まあそれは下を解けば変わらんだろうが。とりわけ腕の位置というのはかなり違う。二段目のひな人形は三体居るが内二つは鏡あわせで、残りは完全に別なポーズだ」


 ……僕は答えずに頷いて先の言葉を促す。


「人形の在処を聞かれたときに父親は言った。『またなくしちゃったのか?だめだなぁ』とな。娘は以前から物持ちが悪く頻繁に物をなくしていた。今回も自分が無くしたと思ったのだろう。だが新しい人形の腕は最初の二体と比べて別のポーズを取っている。これでは怪しまれると考えた娘は、ー人形の腕をもぎ取ったのだ。結果としてこれが父親の正気諸共刈り取ったがな、どうせ男なんぞそんな細かなところ気にせんだろうに」


「そうでしょうか。ポーズが変われば流石に気がつくと思いますが」


「だがお前だって私の変化には気がつかなかったな」


「髪のカールなら見事言い当てましたよね」


「そうだな。他にも軽くメイクやネイルもしたしキーホルダーも変えた。スカートの裾も上げたのだが、そうかそうか、それも気付いていたのか」


 アハ体験かな。


 だがそういう事ならば男親は人形の微々たるポーズの差なんて気にはしなかっただろう。

 雛人形と日本人形の違いが分からないのは流石の僕でも擁護は出来ないけど。


「まあとにかく、父親の尾行は何の意味も無かったわけだな。そもそも一度として人形は帰ってきていないのだから」


「……しかし不思議なのは娘が抱いていたという人形ですよ。ワンピースは娘に着せ替えられたとして、髪に関しては焼却炉から戻ってきた様にチリチリになっていたのでしょう?」


 彼女はその問いに対し、俯きで頬をかいた。

 そうして恥ずかしげにゆっくりと口を開く。


「……髪は、失敗したんだ。玩具のアイロンでは日本人形の固い髪を真っ直ぐ伸ばしてやれなかった。だから衣服用のアイロンを使った。結果は想像に難くないだろ、ナイロン製の髪は一瞬にしてチリチリになったよ」


 原理は分かったけれど、見てきたような言い方だ。

 案外幼少期の彼女も同じようなミスを犯したのかもしれない。


「これで人形の謎は全部だな」


 思えば随分と長くなった。

 発端は彼女の我が儘だったが、いつの間にか僕も楽しんでいた気がする。


「一応、母親が娘や父の暴走を止めなかった理由は気になりますけどね」


「あぁそれか。その話には始めから登場人物として存在しないぞ」


 一瞬にして頭が空っぽになり、思わず足が止まる。

 鈴王さんはいつの間にか普段の調子を取り戻して先を歩いていた。



 この話を社務所で聞いた当時、僕は小学一年生だった。話に出て来た娘は六つ。


 仮に、《《この辺り》》にある祖父の神社を、10年前からこの辺りに住む一家が利用していたとして、何ら不思議な事は……


 いいや、まさかね。


 僕はふと浮かんだ考えを偶然だと振って払う。


「だがまあ、その割には上手いだろ?」


 鈴桜さんはそう云って振り返った。

 軽いカールの掛かった髪がふわりと跳ねる。



 ……そのとき、僕は先の言葉を思い出した。


『後日談は別にある』


 果たしてその真意はなんだったか、しかし答えなら問うまでもない。


 聡い彼女は後日、殿(しんがり)の殿様でも引っ張り出してもう一度父親を絶望の淵に叩き込んだのだろう。

 大方、新しい玩具が欲しくなって。


 何一つ理解できぬ少女の行動だったが、その事だけは《《不思議と》》手に取るように理解ができたのだ。

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