準備は入念に
輝真はラボにある実験を行う広い敷地内でマナンストライカーを乗り回していた。三輪であるため、転倒する心配はなく、操作方法も割りとシンプルで覚えやすかった。
「~♪」
なによりもこうやって乗り物を乗り回すは楽しく感じ、ちょっと練習のつもりがいつの間にか1時間以上も乗り回していた。
◇
「楽しんでしまった……」
『でもいい練習にはなりましたね』
【マスター、急ぐ気持ちはわかります。ですが何事も準備は大切です。万全な準備を整えずに未開の地に向うことはリスクが伴います】
「わかっている!わかっている……!」
輝真は思わず声を荒げる。だが、ピクセルの言っていることはごもっともであるため、それ以上は何も言えない。
【現在、ドローンを飛ばして廃村に向かわせています】
「ドローン?偵察か?」
【はい】
『どろーん?泥の親戚かなにかですか?』
「黙ってろバカ天使」
『バカ!?今バカって言いましたよね!?天使にバカとはなんですか!!これでもこの世界を管理している身で──』
「はいはい、取り敢えずあんたは少しここに入ってな」
輝真はローウェルの言葉を遮るとなにやら機械的な箱の中に入れ、蓋をする。すると、小さな画面のようなバーにLOCKと表示された。
『ちょっ!?何に入れたんですか!?天使にこんな扱いはあんまりじゃないですか!?』
ローウェルは箱の中で叫ぶも、輝真は小さくモゴモゴと言っているようにしか聞こえなかった。
「よし、収納ボックスの機能は問題なしっと。……ピクセル、続きを」
【はい、悪魔の言うことが正しければ、マスターの今の実力でも通用するかは言いかねます。それにあの廃村は盗賊が蔓延る無法地帯、多勢に無勢でしょう。ですのでマスターが探しているであろう人物の場所を特定し、そこを攻めていきましょう。夜中にいくことをおすすめします】
「夜中…、盗賊が寝静まったときにかっさらっていく作戦か!」
【その通りです】
「泥棒みたいだが、今はそんな流暢なこと言ってる場合じゃない。というか俺達はこの世界に誘拐された上に人権無視な扱いを受けているしな」
輝真はそう呟きながら、手記を開き、潜入に役立ちそうなアイテムが載っていないか調べ始めた。
◇
場所は廃村。盗賊が蔓延る無法地帯に1機の小型ドローンが飛んできた。このドローンはピクセルが飛ばしたもので、盗賊らに見つからぬよう、周囲を探索していく。すると、ある会話が聞こえてくる。
「どうよ?あの女」
「あぁ、最近ちょっと奉仕がうまくなってきたみたいだぜ?昨日相手したんだが結構いけた」
「マジで?ぎこちないから飽きたんだが?」
「何度も相手してるうちにコツでも掴んだんじゃないか?まあ、逆らえばどうなるか教え込んであるし」
「…じゃあ今日久しぶりにあいつを可愛がってやるか」
盗賊達がそう話しながら、一軒家に入っていくのをドローンは記録した。
◇
輝真は先程のドローンの記録した映像をタブレットのような端末を通して見ていた。
「……」
輝真は怒りを滾らせながらも冷静を保つ。するとドローンが移動し、大柄な人型の何かをとらえた。
「なんだありゃ?」
【マスター、あれはオーガという人喰いのモンスターです。体に魔術の刻印を確認しました。どうやらこのオーガを操っている魔術師がいるようです】
「つまりこのオーガってやつは用心棒みたいな感じか?」
【確実にそうとは言いかねますが、可能性は高いです。オーガは鼻が利く為、気付かれずにいくのは容易ではないでしょう】
「う~む……」
輝真はオーガをどう切り抜けるか悩んだ。直接戦って倒してもいいが、それだと騒ぎを聞き付けて盗賊達にバレて余計に面倒になるかもしれない。
『だったら、鼻が利くというのを逆手に取ればいいんですよ!』
ローウェルのその言葉に輝真は首を傾げる。
◇
廃村のとある建物に1人の少女が拘束されていた。彼女は天野一希。服は着せられておらず、傷だらけで痛む体をグッと縮こませて寒さに耐えていた。すると、盗賊達が入ってくる。
「よぉ、生きてるか~?」
リーダー格の男が一希に近づいてくる。一希は怯えながら男を見つめる。
「久しぶりに可愛がってやる。ほら、さっさと奉仕しな、一希」
「は、はい……」
一希は男の要求に素直に答え、痛む体に鞭をうつように這いずる。彼女の左足は膝から先がなかった。なのでまともに歩くこともできないのだ。
(いつまでこの日々が続くんだろう……。テマ…、元気にしてるかな……。家族は……どうしてるんだろう……。あぁ……、テマに会いたいなぁ……。家に帰りたいなぁ……)
一希は輝真や家族に想いを馳せながら、盗賊達の機嫌を伺いながら奉仕を始める。そうしないとまた乱暴されてしまう。
(こういうのも慣れちゃったな……。僕、本格的におかしくなっちゃうのかな……)
一希は自分を卑下するように笑いながら奉仕を続ける。水音が辺りに響いた。だが盗賊達は気付かなかった。その建物の屋根に待機していたドローンに会話が記録されていたことに。
◇
【マスター、準備はいいですか?】
「ああ」
輝真はピクセルにそう答えながら、マナンストライカーに跨ると、ピクセルに話しかける。
「なぁ、本当にあのドローンに記録されていた映像にあったんだよな?盗賊達が一希って言ったのが」
【はい、おそらくはマスターが探している人物の可能性が高いです】
「なら、一刻も早く解放してやらないと…」
『輝真さん、わかってはいると思いますが、決して──』
「わかっている。慌てているわけじゃない」
ローウェルは輝真が一希の身に何が起きているのかを気にしながら話しかけようとするも、輝真は制止し、冷静さを保ったまま言葉を続ける。
「待っていろよ盗賊共…、彼女を散々辱めた罪の代償を支払ってもらうぞ…!」
輝真は怒りの感情を浮かべながら、マナンストライカーを発進させ、廃村へ向った。