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08 そうかねえ

「どうしてこんなところにいるの? ご飯を作るところに入らないで。気持ち悪い」

 そこまで言われる筋合いはあるのだろうか、とクレスは呆然とした。

 彼女が突然現れた兄など認めないのは仕方がないにしても、害虫のような言い方をしなくてもいいだろうに。

「お嬢さん、それは言い過ぎです」

 そのタイミングでエランタが戻ってきてくれた。上の妹――なのだ。これが――は、しまったという顔をする。

「ウォルカスさんもラッシアさんも、あなた方には誠実に話をしたんじゃないかと思いますがね」

「――だって! これまで聞いたこともなかったのよ、そんな話! いきなり、何なのって思うじゃない!」

 少女は両の拳を握った。やはり、クレスのことを知らなかったのだ。

 ウォルカスは隠していた訳ではないと言ったが、娘には敢えて話をすることもなかったのだろう。もし少女が噂で何か聞いたとしても、否定していたのに違いない。両親が何も言わないのだからと。

 そう考えてお人好しにも同情しかけたクレスは、しかし次の言葉でそんな思いを抱いたことを後悔する。

「お金が目当てなんだわ。そうに決まってる」

「決めるなよっ」

 そう思われる状況なのだ、ということはリンの言葉でよく判っている。だがもちろん、そうではない。

「俺は、両親が殺されたと言われて育ったんだ。もしかしたら生きているかもしれないと考えを変えたのが二年半くらい前。そう考えられることがどんなに嬉しかったか、判るか!?」

「何よ、怒鳴らないで、野蛮人!」

「そっちだって怒鳴ってるだろっ」

「金の無心ができるから、嬉しかったんでしょ」

「違うって言ってるだろっ。俺はただ、会いたかっただけ」

「それなら、会えたじゃない。どうしてさっさと出て行かないの? 早くとっととどこかに行ってちょうだい」

「お嬢さん」

 エランタが厳しい声を出した。

「それを決めるのはあなたのご両親と、それからクレスです。あなたじゃない」

 女がリーリの焼き型を強めに台の上に置けば、耳障りな音がした。マイサリエは顔をしかめ、クレスをきつく睨んで、ぷいっと踵を返した。

「やれやれ」

 使用人は肩をすくめる。

「これは前途多難だね、クレス」

「……俺」

 彼は呟いた。

「やっぱり、いられない、かな」

「何だって?」

「たとえみんなが歓迎してくれても、俺はここで暮らすってすぐには決められない。旅の暮らしはたいへんだったけど楽しくて、ここまで一緒にきてくれた……」

 少し間を置いて、彼は続けた。

「相棒と離れたいとも思えなくて」

「ふうん」

 エランタは布巾を手にすると焼き型をざっと拭いた。

「一緒にいた女性だね。恋人なのかい?」

「ちっちち違うよ」

 泡を食ってクレスは首をぶんぶんと振った。

「何だ。恋人なら、結婚でも申し込めば解決するんじゃないかと思ったのに」

「有り得ない」

 きっぱりとクレスは言った。エランタは笑う。

「そう言い切るのは、彼女に気の毒じゃないか」

「え? あ、いや、そうじゃなくて」

 もちろんと言おうか、自分が「リンと結婚する」も有り得ないと思うが、彼が言ったのはそうではない。

「あいつが、誰とでも、結婚してどこかひとつところに落ち着くなんて有り得ないから」

「そうかねえ」

 エランタは胡乱そうに言った。

「女の幸せは、結婚して子供を産んで、それを育てることさ。私も三人、子供がいる。たいへんだけれど、幸せだよ」

「リンはちょっと、普通と違うんだ」

 少々古い価値観だと思ったが、そこを指摘することはしないで、クレスはただそう言った。

「そうかねえ」

 彼女はまた言った。

「そんなふうに決めつけるのも、やっぱり彼女に気の毒じゃないかね」

 「女の幸せは結婚だ」も決めつけているのではないか、と彼は思ったが、反論は控えた。

「とにかく、急いで答えを出さなくてもいいだろう。マイサリエお嬢さんがいま言ったことは気にしないで。何日もかけて、みんなとよく話し合うんだね」

 両親と。それぞれの意味で難しいだろうが、マイサリエと、ミーエリエと。

 それから、リンと。

 クレスはこくっとうなずいた。

 エランタもまたうなずいて、それじゃ焼き菓子に取りかかろうか、と言った。


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