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04 得とか、損とかじゃ

 リンがさっさと去ると言うのをクレスは必死で引き止めた。ここまでやってこれたのは、リンのおかげなのだ。

「〈損得は協力で得るもの〉と言うだろう」

 対するリンは、あっさりしたものだった。

「お前は二年半もの間、私好みの料理を作ってくれた。私はそれに、可能な限り対価を支払ったな。そういう契約だった。それだけのことだろう」

「それとこれとは、話が全然違うじゃないか」

 クレスは主張した。

隊商主(トラティアル)と専属料理人(テイリー)ってだけなら、リンはここまでやってくる必要なんかないはずで」

「私は暴君じゃないんだ。連れに行きたいところがあるなら、希望に応じるのは特別なことじゃない」

 首を振ってリンは続けた。

「それに、何かの品を求めるとき以外は、特に目的地もなかった。暫定的な行き先としてお前の両親のいる場所を選んだということにすぎず、お前が恩を感じるようなことじゃないんだ」

「そう、それだよ、恩!」

 クレスは大いにうなずいた。だから感じなくていいと言っているんだ、とリンは嘆息した。

「正直なところ、お前の両親が『いまさら現れられても困る』という反応をすることも有り得たから、それならまたお前と旅を続けてもいいだろうと思った。だが、そうじゃないだろう」

 ウォルカス・アクラスと、その妻ラッシア・アクラスは、クレスを引き取り、ともに暮らすことを真剣に検討している。

 答えは、ちょっとした事情のために、簡単には出せないようだ。

 だがいずれにせよ、クレスはアクラス邸に逗留することになっていた。そして客室を一時的に用意してくれるという段になったとき、リンは町に宿を取ると言ったのだ。

 すぐさまターキンを離れ、クレスを離れるという話でこそないものの、リンがそう遠くない内にそれを実行に移すことは間違いない。決めたら、彼女は早いのだ。今日だけ休んで明日になったらもういない、というようなことも十二分に有り得る。

 だからクレスは、どうか待ってほしいと頼んだ。

 彼自身、両親に会えて嬉しいが、一緒に住むと決めた訳でもない。会うだけのつもりだったという気持ちは、変わっていないのだ。

 だがリンは、ここでの暮らしの方が絶対にいいからと言って、クレスの説得を続けた。

 クレスとしてはもとより、両親であると確認できれば数日ばかり一緒に過ごしたい、と思っている程度なのだが、リンはそうすれば離れたくなくなるはずだと思っているらしい。

「確かに、両親を探して会うって言うのは、俺の目標だったよ。でも別に、人生の最終目標じゃないんだ」

「そんなことは当たり前だろう。両親を探すことは、お前が〈赤い柱〉亭を離れ、アーレイドを離れることにしたきっかけだった。今日からは、これを次へのきっかけにすればいい。私と旅をして、お前に何の得がある?」

「得とか、損とかじゃないだろ。俺は」

 クレスは続けようとして、少し黙った。

「……じゃ、リンは、俺をここに送り届けるためだけに、一緒に旅をしてたのか?」

「結果的にはそういうことになるだろう」

 リンは認めた。

「それじゃ、俺と一緒にいても、何も」

「半年かからずに成せたとしても、あと十年かかったとしても、同じだが」

 自分と一緒にいて楽しかったり、一緒にやれてよかったり、そんなふうに思ったことはなかったのか――などと拗ねた子供のような台詞を吐こうとしたクレスは、やってきた台詞に言葉を失ってしまった。

 リンは真剣に、クレスの望みを叶えようとしてくれていたのだ。

 そして、それは叶った。

「ごめん。有難う」

「何を謝る。礼も、要らないだろう」

 判らないと言うようにリンは肩をすくめた。

「とにかく、私はアクラス邸に世話になる必要はない。ジャルディたちに荷の整理を任せきりというのも気になるし、まずは戻る。もし」

 ふと、彼女は何かに気づいた風情を見せた。

「私が何の挨拶もせずに、今日明日にでもこの町を去ると考えているなら、それはやらないと約束しよう。少し町を見て回って、何か私の商いに相応しい話がないかどうか探してみるつもりもあるからな」

「あ……うん」

 心配していることを読まれた、と思った。いつもながら、鋭い。

(それともまさか)

魔術師(リート)みたいに人の心を読む品でも、持ってるんじゃないだろうな)

 そんな品のことは聞いたことがないが、リンはいちいち手に入れたもののことを説明しない。説明してもらっても、クレスにはよく判らないことが多い。そういうものだと悟ってからは彼の方からも尋ねないし、護衛戦士のジャルディや、たった二名の隊商仲間も、彼女はそういう隊商主なのだと割り切っている。

 だからリンが何を持っていても不思議ではない。

 と言っても、本当に彼女が「何か効用のある品」で彼の心を読んだと思っている訳ではない。リンなら持っていることも有り得るとは思ったが、彼女が鋭いのも生来だ。

「問題はあるだろうが、それはアクラス夫妻の問題であってお前のものじゃない。お前は大雑把なようでいながら気を回しすぎるところがあるから言っておく。アクラス一家が喧嘩をしてもお前のせいじゃない、ということは心にとめておけ」

 そんなことを言って、二年来の友人は町へと行ってしまった。

 クレスは、与えられた部屋で、ぽつねんとすることになる。

 問題。

 アクラス一家。

 ――そう、ウォルカスとラッシアには、クレスのほかに子供がいる。正直に言って考えたことはなかったのだが、当然と言えば当然のことだろう。

 何と、彼には妹がいた。

 それも、ふたり。


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