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〈雑事屋・旅の隊商〉家族  作者: 一枝 唯
第2章

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03 毛を逆立てた猫

 困惑を覚えるのは、みな同じだ。

 クレス自身、こなければよかったとまでは思わないが、話はもっと簡単に済むと思っていた。

 ウォルカスとラッシアが彼を拒絶することはない。クレスに彼らとの間にある身体的類似性は信頼に足るほどであったし、何より彼らは、彼らのせいで子供に苦労をさせたという負い目を覚えている。

 ミーエリエも戸惑い気味ではあるが、彼を「クレス兄さん」と呼んだ。大歓迎と言うほどではないものの、受け入れたという感がある。残って時間をかければ、ぎこちなさも取れるだろう。

 もちろん、問題はただひとり。

 行くにせよ残るにせよ、最も避けたい選択肢が、マイサリエと絶縁状態を迎えるということだ。

 印象が悪いままで去るというのも後味が悪い。去らないのであれば、言うまでもない。

 どうにか改善したい、とクレスは思った。せめて、ゴミ溜めでも見るような目線は何とかしてもらいたい。笑顔を見せてほしいなどと無茶は言わないにしても、せめて天気の話くらい自然にできる程度に。

 クレスはエランタから長女のおおよその帰宅時刻を聞き、支度を整えた。

 彼女が帰ってきたと聞いて、少し時間を置いてからマイサリエの部屋の扉を叩くという行動に出る。

 どうぞ、と言った彼女は後悔したようだった。

 現れたのがクレスであると見て取ると、その両目をあらん限りに広げ、見る間に顔を怒りに染めて、おそらくは「出て行け」とか何とか言おうとしたのであろう。

 だがその前に、クレスが声を出した。

「あのさ!〈霧の湖〉の堅焼き菓子(サラエ)を買ってきたんだけど、マイサリエもどうかなと思って!」

 カラン茶と菓子を載せた盆を持って、クレスは半ば叫ぶようにした。

「何ですって?」

 少女は虚をつかれたと言うように、目をしばたたいた。

「――ご機嫌取りの、つもり」

「そういう言い方、しないでくれよ」

 クレスは顔をしかめた。

「喜んでくれたらいいなあ、って思って何かすることは、ご機嫌取りなのか?」

「そうじゃないとでも言うの? 嫌な男! どこから、それが母様のお気に入りの店だって聞きつけたのよ」

「それは、ミーエリエが教えてく」

「何ですって? ミーエにまで取り入ろうとしてるの? 何て男なのかしら!」

「そうじゃないよ。彼女が俺を気にして」

「何ですって?」

 三度(みたび)、マイサリエは言う。言うたびに、怒りが増している様子だ。

あの子が(・・・・)お前を(・・・)気にし(・・・)ている(・・・)ですって。何て自惚れ。それとも頭がおかしいの? 私はお前が兄だなんて認めないけれど、それでもあの子は妹なのよ。そんな言い方をするなんて」

「ちょっと待てよ、そんな話はしてないだろ!」

 つい、怒鳴り返してしまう。

「いきなり兄なんて現れたら、気にして当たり前じゃないか。それ以上のことじゃないよ」

 憤然と言ったところで、はたと気づく。

 マイサリエはそんなことくらい、判っているのだろう。わざとクレスを貶めるようなことを言っているのだ。

(ここで怒鳴り合いを続けたら、意味がない)

(俺が抑えないと)

(我慢我慢)

 幼少時にこき使われたおかげで、とは言いたくないが、忍耐力になら自信がある。リンの「一見したところ、無茶苦茶」につき合ってこれたのも、その能力のためだ。

「何も、一緒にお茶をしましょうなんて言わないよ。ただ、買ってきたからマイサリエにもと思っただけさ。置いてくから。……どこに置く?」

「その卓……」

 指を差しかけて、上の妹ははっとなった。

「やめて。入らないで。そんなもの要らないわ。何が入ってるか、知れたものじゃない」

「どういう意味だよ。母さんも食べたし、ミーエだって持ってった。だいたい、焼き菓子に毒なんか盛れるかよ」

「語るに落ちたわね」

 ふふんと少女は笑った。

「私は、毒なんて言ってないのに、自分から白状するなんて」

「明らかにそういうことを言ってたじゃないか」

 クレスは呆れた。マイサリエは彼を睨む。

「焼き菓子には何もできなくても、お茶には何だって入れられるじゃないの」

「そう思うなら、自分で淹れてくればいいだろ。とにかく、置いてくよ」

「入らないでって言ってるでしょ!」

 少女は怒鳴ったが、クレスはそれを無視して、部屋の中央にある小さな卓に盆を置いた。

「断じて要らないと言い張るなら、ミーエにでも分けてやってくれよ。じゃ」

 早口で言うと、あとはもうマイサリエに悲鳴を発させまいと、彼は踵を返した。持って帰ってと少女は主張したが、それも無視をした。

「まあ、そんなところだろうね」

 と言ったのは、エランタである。

「困難に立ち向かう勇気は褒めてやってもいいけれど、毛を逆立てた(ミィ)を撫でようとしたって無駄だよ」

「撫でようとまではしてないよ。せいぜい」

 クレスは肩をすくめた。

「……餌をやってみた、というところ?」

「文字通りだね」

 エランタは笑った。

「行くも残るも未決だという話だけれど、禍根を残さずに去りたいと考えても、時間がかかるよ」

「三日じゃ無理かな」

「無理だね」

 きっぱりと使用人は言った。

「でも、どうして三日だい。ああ、愛しの彼女が、三日で町を離れるのか」

「『愛しの』の部分以外、合ってるよ」

 クレスは肩をすくめた。

「少なくとも三日はいる、ということで、三日で絶対に発つという感じでもないけど」

 それでもリンは、クレスの決断を待つためだけに出発を遅らせることはないだろう。厳しい友人なのだ。

「ともあれ、それっぱかしの日数じゃ、天地のひっくり返るようなことが起きない限り無理だね」

 エランタは繰り返したが、クレスはそんなこともないんじゃないかと思った。

 と言うのは、その日の夕飯時、マイサリエは前日のようにはクレスに絡んでこなかったのだ。

 ご機嫌取り(・・・・・)が効いたかな、と彼は少しばかり満足をするのだが、話はそう単純でもないと知るのは、もう少しあとのことになる。


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