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01 行くってば

 ぶるっと身を震わせたのは、南方の冷たい空気にさらされたためだけではない。

 〈冬至祭(フィロンド)〉を終えたばかりの町ターキンは、どこか気の抜けたような雰囲気で、のろのろと日常生活に戻ろうとしているかに見えた。

 ターキンで有数の大きな建物の前に立って白い息を吐き続けているのは、年の頃十代の最後から二十歳ばかりと見える若者だった。

 黒っぽい髪はぼさぼさとして、手入れを怠っているように見える。だが、不潔だという訳でもない。剛い毛質が櫛による強制を嫌がっているというのが、実際のところだ。

 体格は、極端に細くも太くもない。平均的と言えただろう。

 成長期の少年にありがちな、成長途上ゆえの均衡の悪さは感じられなかった。よく休み、よく食べ、よく働いている、健康的な印象があった。

 彼は無意識の内に手を口の辺りに持っていき、躊躇うような、戸惑うような表情を浮かべる。そうすると、まだ少年と言ってもよさそうなあどけなさが垣間見えた。

 もっともそれは、彼が不安に満たされていたためかもしれない。

 ここまでやってくると、期待よりも恐怖の方が大きいような。

「どうするんだ」

 連れが言った。

「お前にその一歩を踏み出すつもりがないのなら、私が先に立ってやる必要はないだろう。だが、一歩を踏み出す勇気が湧いてこないだけならば、手伝ってやってもいい」

「待ってくれよ」

 彼は言った。

「行く気はある。ただ、もう少し、時間をくれ」

「時間なら、たっぷりと二年半ほど、あったと思うがね」

「どうしてそういう意地の悪い言い方をするんだよ」

「事実だからだ」

 ふん、と鼻を鳴らした人物は、彼よりも年上だった。二十代の前半というところだろう。

 長い金の髪は大雑把に編まれている。青い瞳は時に、極寒の南方もかくやという冷たさを見せるが、この連れが冷酷にはほど遠いことを彼はよく知っていた。

 ただ、ちょっとばかり、皮肉が多いだけだ。

「それなら、あと一(ティム)やろう、クレス」

 リンドン・パルウォンは鼻を鳴らした。

「先に進むか、踵を返すか、あと一分で決めろ」

「短いよ!」

 クレスは悲鳴を上げた。

 だがリンは容赦なくと言うのか、楕円形の一部が大きく崩れている奇妙な形状の時計を取り出すと時間を計りはじめた。クレスはうなる。

「それは、何」

「警戒しなくてもいい。形が変わっているだけの、単なる時計だ。一分を三十(トーア)で回ったりはしない」

「そんな警戒はしていないけど」

「と、言っている間に、二十秒は経ったな」

 二十一、二十二、とリンは声を出しはじめた。クレスは降参するように両手を上げる。

「判ったよ。行くってば。ここまできて帰るなんて、馬鹿らしいもいいところだ」

「そこに気づいたなら、けっこうだ」

 もっと早く気づくべきだが――などと彼女はつけ加えて、クレスの肩を小突いた。


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