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そうだ、根の国行こう。  作者: 堂島とん
3/5

母を訪ねて根の国までも1

真っ暗な闇の広がる空に篝火が燃えている。こういう景色も見慣れてきた。相変わらず生臭い生暖かい風が吹いている。屋敷の中からは白檀の甘い香りが香ってくる。

ナギは縁側に腰掛けて何をするでもなく過ごしていた。

黙ってまた会いに来たが女王は何て言うだろうか。

「蛇たちに聞いてまさかとは思っていたが帰れ」

女王は驚くでもなく、歓迎するでもなく開口一番これだ。

「私はもう赤ちゃんではない。一人でここまでくることだってできる。私が会いにきたことにもう少し喜んでくれてもいいじゃないか。それに、この国のことをもっと知りたい」

「なんでだ」

「私はこの国の次期国王だろう」

何の疑いもない美しい瞳を女王に向ける。

「お前の脳みそはやはりどうかしている。何がどうしてそういう話になったのだ」

ナギは得意げに微笑む。

「それは生の国の王が私の父であったのだ。この国の王族だって私たちの血筋に違いない。そしてあなたは女王だ。私の母は私を産んで死んだ。ということはこの国にいる!あなただろう!父王は我が兄に王座を譲った。ならば根の国の王位継承も後継者にうつるであろう!そこに息子として私が名を上げれば私がこの国の王になるだろう!」

女王はしばらく黙り込んだ。

「まず、私はお前の母ではない」

「私の母に会わせて欲しい!」

「私では力になってやれない」

「なぜだ!死んだら皆ここへくるんだろう」

「全てではない」

女王は地面をしばし眺めると、二つの石を拾い上げてナギに渡した。

「こっちの石の汚れを綺麗にしろ」

その石についた土汚れはナギが指でこするとすぐに綺麗になった。

「見ろ。綺麗だろう」

綺麗になった石を女王に渡した。

「この石を魂、汚れを魂についた汚れだと思ってくれ。人は生きている間にいろいろな汚れを魂につけてしまう。今みたいに綺麗スッキリ生きていたときのことを洗い流せる魂の行き場はあっちだ」

女王は空を指差した。

「天から皆を見守りながら次の転生を待つ」

女王はもう一つの石をナギに渡した。

「この石の汚れを取れ」

その石には土が石のように固まり、ほとんど同化してしまって爪で削ろうにも全くビクともしない。

「こんな汚れ、取れるわけがない。石と同じになっている」

「それと同じだ。魂から削ぎ落とせないほどの汚れがこびりついているから還れないんだ。誰かへの恨み、後悔、欲望。気持ちが生の世界に執着したまま、悪しき力が同化してしまって鬼というバケモノになってしまった者たちだ」

「それでどうして母はここにいないのだ」

「お前はバカなのか。説明した通りだ」

「バカはお前だ!私の母は私を生んだせいで死んだんだ。私に殺されたんだ。恨んで鬼となって当然だろう」

真剣にそう信じている青年にかける言葉を女王は持ち合わせていない。

「まず、お前の母は天にいる。だから私の力を持ってしてもお前に母を会わせることはできない」

「何で恨んでいるのに天に行けたんだ!母は!」

「恨んでないんだろう」

「いや、そんなはずはない!私なら私を恨む!なんでそんな恨みのある魂が天に行ける?間違いが起きている!こんな間違いを犯すお前のような女王より、私がこの国の王になるべきだ!」

 女王は甲高い叫びを一声あげると大きく深呼吸をしてからナギに向き直る。

「この国のことはまず置いておこう。ひとつひとつ、解決させていこう」

「お前の国にも香はあるだろう。香の煙は天と繋がる。香の香りは天の芳しい香りと同じだ。香を焚いた場所は天に近い場所になる。姿は見えないだろうが、お前が母君に話したいことを話かけてみよ。答えはそのうちお前の元にやってくる」

「香ならここで焚いてるじゃないか。ここでもできるんじゃないか?」

「ここは根の国、地の底だ。天までは届かぬ」

寂しそうな声で女王は答えた。

「なら何で香を焚いている?」

「この世界の匂い、自分の匂いを誤魔化せる。それに落ち着くからだ」

 ナギはその日は静かに根の国を後にした。


 翌日、朝一番に兄の元へと向かった。

 「兄上、母上はどんな方だったんですか」

 朝の挨拶もなしに飛び込んできたナギの言葉に長男のミツルは言葉を失う。

 「お前は、朝から、本当にもう」

 大きなため息を吐き出すと、記憶の森へと足を踏み入れていった。


 ミツルの中で母はいつも弟の世話ばかりであまり自分は構ってもらった記憶がない。口を開けば

 「ワダツミはお父さんによく似て本当に逞しいわ。足がみんなよりずいぶんと大きいし。本当に力強いわねぇ」

 ニコニコ笑って嬉しそうにワダツミを抱く母が愛おしくて憎らしかった。

 ミツルは母にあまり相手にされず、昆虫採集や植物に興味を持った。自ら詳しい者を探しては意見を聞きにいった。

 ある日、ワダツミが歩けるようになり、部屋から出て行こうとした。

「ワダツミ!母上がダメって言った!いっちゃダメ!」

ワダツミは怒るとミツルを力強く突き飛ばした。突き飛ばされたミツルは涙を堪えてワダツミにまた摑みかかる。

「ワダツミ!ダメ!行っちゃダメ!」

小さい頃から力が強いワダツミは奇声を上げると思い切りミツルの腕を掴んだ。ミツルよりも大きな体の赤子は力加減を知らない。腕を掴まれ一旦宙に浮いたミツルは人形のように思いきり床に叩きつけられた。受け身も取れなかったミツルは自分の顔やら腕やら生暖かい液体にまみれた。床は真っ赤でこの液体が血だというのはすぐに分かった。痛いし怖いし、でもワダツミが部屋から出て行って外に出てしまったら。母は心配するし、ワダツミも無事に帰るか分からない。全てが怖くてたまらなかった。血まみれの体でワダツミに飛びかかった。バランスを崩したワダツミはあっけなく倒れ、血まみれのミツルの髪を引っ張って引き離そうとする。二人は大泣きをしながら暫し乱闘を続け、その騒ぎに気づいた乳母と母が慌ててとんできた。

母はワダツミを寝かしつけたあと、ミツルの床にやってきた。ワダツミが生まれてからミツルが記憶する中では初めて床に母がやって来たと思う。

「顎は大丈夫?」

「うん。平気だよ」

「私が見ていられない間にワダツミを守ってくれて本当にありがとうね」

「でも、私ワダツミを止められなかったよ」

「それでも大事な弟だから心配して頑張ってくれたんでしょう」

傷の処置は終わっているがまだズキズキした痛みが消えない。

「あなたは本当に素敵なお兄ちゃんよ」

「そんなことない。力ないし、弟にやられただけでこんな怪我するぐらい弱いよ」

「それでもあなたは勇気を出して弟を止めてくれたわ。あなたは勇気のある素敵なお兄ちゃんよ」

母はミツルの額を撫でた。

「ミツル、弟をよろしくね。あの子は秀でた才により、とても苦労すると思うの。力のコントロールが出来なければ、殺人マシンにもなりかねない。そんな大変な人生になると思うの。それは私たちでないと教えてあげられない。家族みんなで、支えていきましょう」

ミツルは静かに頷いて母の笑顔を見ると安心したように眠った。


「ねえ、兄上」

ミツルは母の面影の残るナギの顔をまじまじと見つめ、我に帰る。

「お前は母上にそっくりだと皆から言われないか」

「よく言われる。妃の仮面を被った悪魔だと言われたり、なんで女性に生まれなかったかとよく言われる」

「似過ぎてるのも苦労があるんだな」

「母は本当に優しくて家族想いだったな。今頃お前のひどい行いを見ていたら泣いてご覧になっていただろうよ。人のいいところを見つけるのが上手な方だった。私がこうして才ある弟に負けず、王の座につけたのは母が私を認めてほめてくださったからだと思う。私にはワダツミにあるような力はない。ただ唯一、勉強が好きだったんだ。何故なのか、とか疑問を解いていくことが好きだった。その才を認めてもらえたから、今の私がいる」

「ふーん」

たった一言。だがこの簡単な言葉には過去にナギから向けられたことのないほどの興味が溢れんばかりにこもっているようにミツルは感じた。

「母上は私を恨んでいるだろうか」

元々気持ちを隠すような弟ではないがこんなに話す男だったか。

知らない人間と話しているような気持ちになりながらミツルも言葉が滑り出る。

「それはないだろう」

「じゃあ兄上は?」

「兄上は私が母を殺して生まれて、恨んでないのか」

ミツルは言葉を失った。

確かにこの愚弟がいなければ苦労はなかった。

母もまだ生きていた。

ワダツミと母と三人で長く手を繋げただろうか。

寂しい夜に母の床に忍び込んで母の温もりに安心して眠れる日がもっとあったのだろうか。

自身が王となった姿を見て欲しかっただろうか。

たくさんの「もしも」の光景がよぎる。

ミツルは目の前の朝日に照らされた長いまつ毛の大きな瞳を見つめた。

「お前が処刑するたびに私は本当に困っている。でも何故それでもお前を止めないのかと問われると、お前の処刑する相手は偶然にも私の暗殺を企んでる場合が多いということもある。だから助かっている面もあるから悩ましい。憎たらしいけど可愛い弟、なのか」

「恨みよりも哀れんでしまう。お前は母との思い出がなくて可哀想だと思ってしまう」

自分が、可哀想。

ナギの中でその言葉がループした。

「そうか」

「可哀想な三男坊」というのが周りの人間の色々な態度の理由なんじゃないかとナギは思った。怒られない。相手にされない。

「ひどいことを言った。すまない」

慌ててミツルは謝った。

「うん。私は自分に対してそんなこと、考えたこともなかったから斬新だった」

ナギは心ここにあらずと言った表情をしてそのまま部屋を出て行った。

ミツルはその背中をそのまま見送った。

もし、ナギがいなかったら、自分がナギのようになっていただろう。全てを手に入れた気になって、こうまんに振舞って。でもなんの才もないと噂されて権力に頼って口を封じさせていただろう。

才ある弟を持ち、母は手間のかからない「いい子」の私には手をかけない。正直、寂しかった。

自分とナギの違いは周りの大人が長男だからと母代わりをしてくれた大人が多かった。期待もされていた。才能を周りが見つけさせてくれた。ただそれだけだと思っている。

「もう一人の自分のようで、私はお前を恨めないよ」


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