03 後編
あれから。
時間をいただいて、混乱を落ち着かせて。
まず私の気持ちについて悩むことよりも事情を聞かせていただく事にしました。
国王陛下や、お父様の思惑も考えましたが……どうにも深くまで読み取れなかったんです。
一体、どこまで考えてのことなのか?
当然、まずはお父様にお話を聞かせていただきました。
「既にデイビス殿下との婚約解消の申し込みをしていたのは知っているね」
「はい。お父様」
弱っていく私を見かねて家族と話し合い、また殿下の振る舞いに対しての苦言も入れてもらって。
お話が長引いてしまったのは、デイビス殿下が少なからず私との関係を改善する素振りを見せたから。
(……それもおざなりなものだったけど)
それとも私の方が殿下に歩み寄れなかったのか。
「あれから特に、ソシエとデイビス殿下について私たちも注視していた。
監視と警護も付けてな。
……だが正直言って、デイビス殿下の振る舞いや態度は改善していたとは言い難い。
表面だけを取り繕っているのが丸分かりでな」
「そ、そう……なのですね。お父様たちにもそう見えていましたか」
「ああ」
私だけがそう悩んでいるのかと思っていた。
でも外から見てもそうだったのね。
「このまま二人の婚約を解消するとして、デイビス殿下は……ごねると思ったのだ」
「ごねる?」
「ああ。あれで、公爵家と縁を繋ぐことの利益を理解していたのだろう。
それと同時に、ソシエならば上手く言う事を聞かせられると考えているのが理解できた」
「そんな」
だけど。
お父様の言う通りかもしれない。
デイビス殿下は、私のことを良いように利用しても大丈夫だとそんな風に考えていた……。
「そんな折、サイラス殿下からの話を聞いてね。シェリーの実家がこちらだからソシエもよくカーセルに来ていただろう。こちらの交流会でソシエのことを見掛けられたそうだ」
「まぁ」
シェリーというのはお母様の名前。
お母様は、こちらの国の伯爵令嬢だったから。
私は、しがらみのないこちらの国での交流の方が上手くできていたような気がするわ。
「もしかしてカーセルに来た時によくサイラス殿下と話す機会があったのは」
「うん。あちらが見つけて、ソシエに会いに来ていたらしい」
「……まぁ」
だったらサイラス殿下の気持ちは本当のこと?
政略的には……。
私はベルウーズ王国の公爵令嬢だから成り立つ。
でもカーセル王国よりも立場はあまり強くない……。
「シェリーもね。ソシエの気持ちが大事なのだと考えていたよ。幸い、相手も相手だから、どちらにしたって……そう。政略的な問題はないと言える。
むしろデイビス殿下と良くない関係なら、王家と我々の関係まで悪化することを考えれば……」
「あ……」
そうか。
デイビス殿下との関係を『続けること』こそ家にとって良くない可能性がある。
(そうは考えていなかったわ)
王家と結びつくチャンスなのだから、と。
その考えでいっぱいだった。
でもよく考えてみれば、私の祖母が元王女で、元から繋がりは浅くない。
ならば、そこまで拘らなくても良かった……?
「こんな形にしてしまい、混乱させてすまないと思っている。ただ」
「はい。お父様」
「ソシエに、サイラス殿下の気持ちが伝わるまで、変に考え込ませない方が良いと思ったんだ」
「え?」
「シェリーもそう考えていた。今のソシエに選択肢だけ与えても、国の為や家の為を優先して、望まない選択をするんじゃないかと。
辛い時にはどうしてか良くない選択肢を選んで、更に自分を追い詰めてしまう。
……だから。こういった形で、ソシエの視野を広げて欲しいと思ったんだ。
想像していなかった未来が突然来たからこそ。
今までと違う考え方が出来るようになるだろうとね」
「お父様……」
たしかに。
ベルウーズに居る間に、この選択肢を与えられていても、私は悩む時間も少なく『今まで通り』を選んだかもしれない。
だけど、ここはベルウーズから離れたカーセル王国の都。
近くにはデイビス殿下もおらず、私を見下す貴族令嬢たちも居ない。
サイラス殿下は優しく、私の答えを待ってくれると言ってくださって。
(ああ……)
確かに今なら。
こんな状況なら。
私も、違う選択肢を選んでもいいんじゃないか、と。
そういう気持ちになっていた。
「国王陛下や、王妃様は、どのようにお考えなのですか?」
ゴクリと唾を呑み込む形になり、緊張する。
「陛下も王妃様もデイビス殿下の振る舞いには失望している様子だ。
我が家との関係も大事にしたいと考えていると。
すぐに婚約解消できずに申し訳ないとも言っていた。
……ベルウーズでそういった話になった時。
デイビス殿下がどう動くかも不安でね」
「不安ですか?」
「国王陛下から婚約解消を伝えて貰ったとしても、あの殿下は我が家に、ソシエに直談判し、脅迫するような真似をするだろうと。我々はそう予測した。これは間違っていないと思う」
「……そんな」
「婚約が解消となった時、ようやく心を落ち着ける機会を得るソシエにそんな仕打ちはさせられなかった。デイビス殿下には反省の色もなかったのだから。
ソシエが傷つくことを私たちは望まない。
少なくとも弱っている今は、ね」
「お父様……。ありがとうございます」
貴族の一人として強くあらねばならない。
でも今の私は、そんな風にまっすぐに立てなかった。
だから、お父様の言葉がとてもありがたかったの。
「……では。私が、サイラス様の申し出を受け入れる、と答えても。陛下や、お父様たちは」
「もちろん。ソシエがそう望んでくれるなら問題ない。
元よりデイビス殿下との婚約は解消する予定だったのだから。
国王陛下、王妃様もそうお考えだ」
「そう……なのですね」
お父様のお考えを聞いて。
私は、後日改めてサイラス殿下と話し合う席を作って貰ったの。
今度はパーティー会場ではなく、二人と侍女や騎士だけの小さな席で。
「ソシエ・レーゼル公爵令嬢。改めて。私と結婚してください」
「さ、サイラス殿下……!?」
2度目のプロポーズだった。
改めてお話しをさせて貰おうと思った矢先でのことなので、流石に驚いてしまう。
「ソシエ嬢のことだ。深く悩み過ぎて切り出しにくくなるかと思ってね。
だから改めて言葉を重ねさせてもらったよ」
「そ、それは……その」
はい。たしかに、一度はお断りしたことなのに、改めて言い出すのは中々、難しいと思っていました。
それでも何とか自分の未来のためと頑張って、私の気持ちを言葉で尽くそうと考えていたんです。
一度、お断りしてしまった一件でサイラス殿下に失望されてしまったかもしれないと。
そう不安でしたけれど。
「ね? 色々と悪いように考えてしまっていただろう?
だから改めて言うよ。ソシエ・レーゼル。
……僕は、貴方のことが好きだ。ずっと前から。
キミが欲しくて、婚約を誰とも結ばなかった。
ちょっと兄上や、両親、それに従者たちを困らせてしまったぐらい」
「まぁ……」
「貴方の気持ちを、聞かせて欲しい」
「……はい」
真剣な目。それでいて、少しだけ不安な表情。
サイラス様は、このプロポーズが私に断られるかもしれないと不安を抱いていらっしゃるの。
そこには『自分の言葉なら受け入れられて当然だ』なんていう傲慢さはなくて。
(比較して、なんてサイラス様には悪いことだけれど)
どうしても『違い』に目を向けてしまった。
きっとサイラス様と一緒に居た方が、私は『安心』して過ごせるだろうと。
(ああ……。私、デイビス殿下のこと、もう信用していなかったんだわ)
違いを知った。比べてしまった。
サイラス様のこの不安気な瞳を見ては、もう戻れなかった。
だから。
「サイラス様。喜んで、お受け致します。どうか、私と結婚……してください」
「──!」
パァッ! と輝いたような表情を浮かべるサイラス様。
(ああ、可愛らしい、なんて。思ってしまったわ)
サイラス様はどちらかと言えば『凛々しい』方だ。
格好いい方の男性、だと思う。
でもプロポーズを受けて喜ぶお姿は『可愛らしい』と感じてしまった。
本当に私との関係を望んで下さっているのだと肌で感じる。
「ソシエ嬢。貴方を大切にさせてください」
「はい。サイラス様」
こうして。
私は、サイラス様との婚約を改めて結ぶことになったの。
お父様と共に国王陛下にも報告したわ。
「うむ。ソシエ嬢。今まで、愚息がすまなかった」
「へ、陛下。頭をお上げください」
「……本当に苦労させてしまって。もっと早くに解決できればどれだけ良かったか。誠に申し訳ない」
国王陛下に謝られるなんて困ってしまうわ。
恐れ多いにも程がある。
「デイビスとのことは気にしなくていい。当然、婚約も白紙にしておく。
国王らしい事も言わせて貰えば……、ソシエ嬢。
カーセル王国の王家との繋がりは、我が国としても大変に喜ばしいことだ。
だから決して気に病みなどしないでくれ」
「陛下……」
「ベルウーズに居る家族や、知人にも会いたくなるだろう。
立場上、気軽に……とまでは言えなくなるが。
けして我が国はソシエ嬢を軽んじない。
また落ち着いたら顔を見せるなり、してくれるか?」
「え?」
「ん?」
私は首を傾げました。
だって今の言い方だと。
「あの。私は、もしかして国に帰れませんか?」
「ん。んん……。落ち着くまでは……出来ればそうした方がいい、と考えている。前々から考えていた事ではあるが、当然に急なことでもあるからな。
ベルウーズ側での動きを知った上で、サイラス殿下と連携してから帰国する方が良いだろう」
「そ、そう、ですね。ええと。デイビス殿下との話し合いなどは……?」
「必要ない。アレに文句は言わせんさ。
それでもソシエ嬢が改めて愚息と向き合い、言ってやらねば済まぬと思った時は……。
周りと相談してから来て欲しい」
「……わ、分かりました」
つまり、しばらく私はカーセル王国に住む事になったのね。
お母様の実家が快く住む場所を用意してくださるそう。
というより、元から『私の部屋』が用意されていて。
これは今回の一件より前からあるもの。
私はベルウーズよりもカーセル王国の方が過ごし易くて。
よく母の実家にお邪魔することがあったから。
そうして周囲の人に頼りながら、私はサイラス様との逢瀬を重ねる。
後日、改めて陛下からデイビス殿下との婚約が白紙になったと聞いたわ。
(顔も合わせないまま、お別れになるなんて。なんだか呆気ない)
長い時間、彼のことで苦しんできたというのに。
拍子抜けとはこのことかもしれない。
でも、そんな風に感じるのはお父様を始めとした皆のお陰で。
本当に。感謝してもし切れない。
サイラス様の隣に立つのなら、私は。
(もう少しでいい。強く、強く、なろう)
そう決意した。
それは周りから与えられた愛情がようやく小さな灯りになって、私に活力を与えてくれるような感覚だったわ。
カーセル王国で過ごす日がさらに重なり。
国王陛下とお父様が帰国されて。
私に伝わってきたデイビス殿下の話に頭を抱えてしまった。
「卒業パーティーで……婚約破棄の宣言。しかもレーゼル家の屋敷に押し入ってきて、私の部屋に突撃……? それに『悪女』呼ばわりって……」
デイビス殿下は、あの日。
私がサイラス様にプロポーズをされていた日。
同じ頃にあった卒業パーティーで私に対する婚約破棄を叫んだらしい。
しかも、どうやらあらぬ罪を被せて、私を悪女として断罪する予定だったとか。
「なんてこと」
あれだけ悩んでいた自分が心底ばからしくなったわ。
婚約者がいるのに、別の男性からのプロポーズを受けたいなんて。
そのことに悩んでいた私ってなに?
そんな形で婚約破棄されるぐらいなら、私だってとっくに振り切っていたかもしれない。
ああ、でもそこはお父様たちの慧眼と言うべきかも。
卒業パーティーの件も、屋敷への押し入りの件も。
私がベルウーズ国内に居たら関わっていて、より深く傷つけられていたはずだもの。
「うーん。言葉はあれだけど。『ざまぁ』ないね……」
「サイラス様。そうですね。まさかこんな事になるなんて」
そんなデイビス殿下は、私がサイラス様と婚約し直し、さらに私たちの婚約関係が白紙になったことに嘆いていたと言う。
尤もそれは王妃様が厳しくされたことが原因かもしれないけれど。
もしも後悔しているのなら、最初からあんな態度を取って欲しくなかったわ。
その後のデイビス殿下は、誰からも求婚される事はなく。
アイリス嬢と王命で結ばれるようだけれど、将来に苦労が絶えないだろうと容易に想像できた。
「……優しい人たちのお陰で、余計に傷つかなくて済みました。とてもありがたい事です」
「うん」
「サイラス様が……その。居てくださったから、開けた道です」
「ソシエ」
私は恥ずかしい気持ちを抑えながらも……彼の手を取って握った。
「……これからも、どうか一緒に」
「ああ。もちろん。……大好きだよ。ソシエ」
「は、はい。私もサイラス様のことが……好きです」
私たちは手を握り合って、一緒に歩いていく。
カーセル王国の地を。
婚約者がいたのにプロポーズされてしまった私は……こうして幸せへの道を歩み始めたの。
~Fin~
『卒業パーティーで婚約破棄する』場面で、外国にいってる国王と親父。
そこに一緒に悪役令嬢が付いていってるパターン!
短編の文量だけど、別けた方が読みやすそうだったので3部に別けました。
シリーズカテゴリーだけ短編に入れておきます。
【人生をやり直した令嬢は、やり直しをやり直す。】
https://ncode.syosetu.com/n5058if/
書籍1巻、発売日は11月10日!
よろしくお願いします!