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01 前編

※短編程度の長さです。

「ソシエ・レーゼル嬢。貴方を妻にしたい」


 プロポーズ。

 そう、聞ける言葉ではありません。それも相手は王族です。

 王族と言っても頭に『隣国の』と付きますが。


「サイラス様。私は……」


 どうしてこんなことを彼は言うのだろう?

 両国の国王陛下が見守っている前で。

 それどころか私の父である公爵も見ている。

 もっと言えば、隣国の貴族たちが多数集まった場所でのプロポーズだ。


 普通なら断る選択肢はないかもしれない。

 隣国の国力は我が国よりも上。

 友好的な関係を結べるのなら、それに越したことはなく。

 身分も釣り合う身の上とあらば結婚してもやっていけるだろう。


 サイラス様は王子だが、王太子は彼の兄が担っている。

 つまり結婚しても隣国の王妃になるほどの責任は負わない。

 もちろん相応の責任、義務はあるでしょう。

 ただ、それも私ならこなせるだろうことで。


 加えて言えばサイラス様に対する私の好感度も高く、好ましくすら思っている。

 外見だけでなく、話せる内容も好ましい。

 本音を言えば二つ返事で了承すらしたいほどの求婚だった。


 それでも断らなくてはいけない。

 ひとえに問題なのは私が。



「──私、婚約者がいます!」



 ……婚約者がいる女だということだろう。





 私の名はソシエ・レーゼル。

 ベルウーズ王国の公爵令嬢。


 レーゼル家は、私の祖母が元王女であり、彼女が侯爵家に嫁いだことで公爵に陞爵した家だ。

 また私の母は、隣国カーセル王国の伯爵令嬢であり、あちらの国とも縁のある家となる。

 そういった影響で私はカーセルの文化や言語にも幼い頃から慣れ親しんでいた。

 母が伯爵家出身と言っても国力に差のある二国。

 あちらの国と縁付くだけでも大きく、レーゼル家はより豊かで強い家門となった。

 そういった家の事情もあり、私が13歳になった頃に、ベルウーズ王国の第3王子デイビス・ベルウーズ殿下との婚約が結ばれた。


 ……そう。

 私の婚約者は、ベルウーズ国の王子デイビス様。


 第3王子ということで、王太子ではなく、王太子となられたのは第1王子殿下だけど。

 それでも王族。王族なのである。


 だから、サイラス殿下からの求婚は我が国の王族に対する一種の侮辱……にもなる。

 国力の差もあって、そこまで強くは出られないかもしれないが、それでも。


(そう。だから、ここはサイラス様の名誉を傷つけない方向に誘導しなければならない場面よ)


 必要以上に私が混乱してしまっているのは……。

 彼のプロポーズを『受けたい』と思ってしまったからだった。


 ……私とデイビス殿下の関係は上手くいっていなかった。


 13歳の時に婚約関係が結ばれて、2年ほどはそれなりの関係を築けていたと思う。

 今となっては、それも私の思い違いかもしれない。


 そう思えるほど、デイビス殿下の心は私から離れていた。


 その原因は15歳になって、私と殿下が王立貴族学園に入学したことで……新たな出逢いがあったせいだ。


 どうやらデイビス殿下は生来の女性好きだったらしく、学園に通うことで出逢いが増えると、そのお心をそこかしこに移し始めてしまった。

 移り気な彼について、公爵である父はきちんと王家に苦言を申し入れてくれていた。


 幸いだったのが家庭環境、親子関係が悪くない事だっただろう。

 私の両親は健在で、また仲も良く、それに二つ年上のお兄様とも、その婚約者である義姉とも良好な関係だった。


 だから私も心底、自分が不幸だなんて嘆いていない。

 ただ、デイビス殿下の婚約者となる事。

 つまり、それがこの先、一生続いていくことが不安でたまらなかった。


 デイビス殿下は、移り気と女性好きを指摘されると『どうせソシエと結婚するのだから。学生時代だけの遊びだ』と言ってのけたらしい。


 国王陛下と王妃様は、注意してくださったのだけれど、治らなかった。

 それに移り気と言っても、弁えてはいるらしく……。


 一線を踏み越えてはいない様子だ。

 ……つまり肉体関係は、流石に持っていないということ。


 概ね、デイビス殿下の相手も貴族令嬢が多いため、相手の身持ちも固いせいもあるのだろう。


(それでも。貴族令嬢が相手だからこそ、特有の嫌がらせを受けてしまうのがしんどかったわ)


 婚約者の気持ちが私に向いていない事を指摘してくる方がどんどん増えていった。

 嫌がらせと言うのか。

 或いは『上からの立場に立ったように見下してくる』というのか。


 男性にも女性にもあることかもしれないけれど、女性特有の何とも言えない嫌な『上から』の言い募り。


 学園という特殊事情と、デイビス殿下の素行があって。

 それに私が公爵令嬢という身分だからこそ、嫉妬もあるのだろうと思う。


 生まれながらの恵まれた身分。

 その分の責務を負うと言うけれど、まだ子供で学生に過ぎない私は、何かを民に返せたとは言い難い。


 心のバランスの取り難かった私は、この身分の恩恵と今感じる将来の憂鬱の天秤は、本当に釣り合うのかと悩んだ。



 辛いからと立場を捨てられるような身分ではなかった。

 むしろ両親や兄からの愛情を感じられるのだから、貴族の中でも恵まれている。


(それでも。婚姻を結ぶ相手と、相応の関係を望んでしまう……。情けない私)


 いっそ冷たい家族に囲まれていたら『貴族とはそういうものだ』と割り切れたのかもしれない。


 周囲の近しい人たちが、どの恋人も仲睦まじいものだったから。

 『私も』と、そういう欲張りな気持ちが働いて。


 ……だから、デイビス殿下が相手なことに内心の不満があった。

 表には出していないつもりだったけれど、気付かれていたかもしれない。


 そうして、どんどん互いの心が離れていく私たちの婚約関係。

 それが更に悪化するだなんて誰が想像しただろう?


 学生生活も最終学年となり、私や殿下の卒業する3学年になった年。


 新入生として入学してきた一人の女生徒にデイビス殿下は、ご執心された。

 それこそが『運命の出逢い』だと言うように。


 私が見た事もない優しく情熱的な顔を彼女に向ける婚約者の姿。

 その姿に擦り切れていた心がさらに傷ついた。


 ただ殿下が女性好きなだけではない。

 もしもデイビス殿下が、あのように一人の女性に愛情を傾けられるのならば。


 ……それは、本当に私が一人の女として至らなかったからではないか。


 殿下と一人の令嬢の仲がさらに深まるにつれ、もう耐え切れないと婚約の白紙の話をお父様に出して貰っていた。


 陛下たちにもそれはきちんと伝わっており、国王夫妻や王太子殿下、第二王子殿下からも苦言は、デイビス殿下にされたらしいのだけれど……。

 その時には、もうデイビス殿下の心は、アイリス・ディート子爵令嬢に定まっていた様子だ。


 ならば婚約の白紙、解消は当人同士の望むままに叶う……はずだった。


(けど、デイビス殿下は身分に対する欲も捨てきれなかったのね)


 その時点で解消すれば、私の気持ちも晴れていたのに。

 殿下は、表向きは私との関係を戻そうという動きを見せたのだ。


 本当に『今更』としか言えない。

 臣籍降下の後について、きっと公爵家の後ろ盾が欲しかったのだろう。


 それでいてディート嬢との関係を払拭する気なんてさらさらなく……。

 結局、婚約解消の話も流されたまま保留されてしまい、いよいよ学園卒業の時期が迫っていたのだ。


 そんな時期に差し掛かった頃。



「ソシエ。カーセル王国の、王太子殿下の婚約披露に陛下と私が参席することに決まったのだが」

「はい。お父様」


 お父様から外遊についての話を聞いた。

 ちょうど、その頃にはベルウーズ王国では学園の卒業パーティーが開かれる頃合いだ。


(卒業パーティーにはお父様は参席されないのね)


 その報告、というか断りのお話かと思ったのだけど。


「カーセル王家から内々で、ある願いがあってな」

「願いですか?」

「ああ。それは……ソシエ。お前の今回の外遊への参加だ」

「え?」


 それはつまり卒業パーティーには出ず、国王陛下とお父様と共にカーセル王国へ向かえ、という話だった。


(針の筵のような卒業パーティーに出るよりはいいかもしれないわ)


 学園での私の立場は良くない。

 デイビス殿下との関係があるせいで、方々で『舐められている』から。


 公爵令嬢として良くない状況とは分かっていながら、とうとう3年間どうにも出来なかった。

 友人は居るし、元気付けてもくれるけれど。

 やっぱり、殿下との婚約の解消ができなければどうにもならなそうな状況だった。


「分かりました。私もお父様と共にカーセルへ向かいます」

「ああ。それに当たってなのだがな」

「はい」

「……お前がカーセルへ向かうのは隠しておくように」

「え?」


 首を傾げる私。隠す……?


「特にデイビス殿下や、その周辺には悟られぬようにな」

「えっ」


 何でしょうか、その指示は?

 一体、どういうことなのか。その時には分からないまま。


「徹底してくれ」

「は、はい。お父様のおっしゃる通りに」


 こうして私は卒業パーティーの時期に隣国で開かれた、カーセル王国・王太子殿下の婚約披露パーティーに国王陛下とお父様と参席する事になったのだ。


 ……そこで事件が起きる。

 それがサイラス殿下から私へのプロポーズだった。





「知っているよ。ソシエ嬢に婚約者がいることも、その相手もね」

「そ、そうなのですか? では、このようなお戯れを」

「戯れではない。私は本気で貴方を妻に欲しいと願っている。このような場であり、周囲に誰が居て、どう見られているかも承知の上で、申し込んでいるよ」

「え、そ、そんな……」


 私は、国王陛下やお父様、そして隣国の王家の方々に視線を向ける。


(え? まさか)


 彼らは微笑んでいた。

 見守るように微笑み、そして頷いてくるお父様。


 そんな彼らの態度を見て。

 そして、今日この場にくることになった経緯を思い出して。


(まさか、ご承知の上? 両国の陛下とお父様も?)


 では。では、まさか、既にデイビス殿下との婚約解消は済んでいるのかしら?

 でも、それなら私に教えてくださらないのは一体……。


 さらに混乱してしまう。


「混乱しているだろう。ソシエ嬢」

「は、はい。あの」


 どういうことなのか。

 戯れではないとおっしゃられた。ならば本気なのか。

 だから私は今日、この場に呼ばれた?


「……貴方の気持ちを教えて欲しいんだ」

「私の、気持ちですか……?」

「ああ。……貴方には婚約者がいる」

「は、はい」

「ソシエ嬢の気持ちは、彼に向いているかい?」

「え?」


「……まだ取り返しはつくという事だよ。貴方の気持ちこそがここでは大事なことなんだ。もしも貴方が……まだ彼との関係を望んでいるのなら。私という、一つの『選択肢』を前にしても、そう思うのなら」


 サイラス様が跪いたまま、私の手を取って離さない。

 そして私も、その手を振りほどけなかった。


(ああ……。両国の陛下はご了承済みのことなのね)


 そして私とデイビス殿下の婚約関係は『まだ』解消されてはいない。


 こうして、別の可能性が前に現れたことで。

 私の気持ちの天秤が、どちらに傾くのか。


 ……これは、私の『決断』を待ってくれているのだ。


 私の決断を必要としてくださったのだ。

 デイビス殿下との婚約が成立してから学園に入るまでの2年間。

 私たちは確かに良好な関係を築けていた。


 そして、あの時の私はたしかに将来の夫となるはずの殿下に恋焦がれていた。


 その気持ちを……捨ててしまってもいいのか、と。


(それに、もしかしたら)


 この件に我が国の陛下とお父様が関わっているのなら。

 つまり、これはデイビス殿下への?


(このお話を受けたい。でも、そんな事できるわけがない……)


 サイラス様がイヤだからではない。

 ただ、これは、どうしても略奪愛ということになる。


 わざわざ王族の彼の評判を貶めるなんて、そんなこと出来ない。

 したくなかった。


「ソシエ・レーゼル。貴方の心を聞かせてくれないか……?」

「っ……!」


 目に涙が溜まるのが分かった。

 受け取りたい。

 サイラス様の気持ちを、この申し出を受け取りたい。


 だけど、それは私の愛なのだろうか。

 それともデイビス殿下と離れたい逃避なのか。


 分からない。答えが出せない。でも。でも。


 ひとつだけ分かっている事があった。

 だから。それだけは彼に伝えないといけないと思ったの。



「サイラス様のお言葉。とても。……とても。嬉しく思いました。本当に。

 でも、私は。貴方の言葉にお返事を返す事が……出来ません」


「……うん。そうだね。急なことだったから。でも、貴方に私の気持ちを伝えたかったんだ」


「はい……。……ありがとう、ございます」


 彼の手が離れていくのが名残惜しくて。

 サイラス様から私は視線を外せずにいた。


 そんな私の肩に手を置いて、お父様がそばにいらっしゃったの。


「ソシエ」

「お父様……」

「娘と共に一度、下がらせていただきます。よろしいでしょうか」

「ああ。もちろん。混乱させてしまった。休ませてあげてほしい」

「ありがとうございます」


 お父様は優しく私の手を引いてくださって。

 そして、そのまま私はパーティー会場を下がらせていただくことになったわ。


(はっきりと断れた……いえ。断り切れなかった?)


 どう受け取られただろうか。

 そもそも、先程のプロポーズが両陛下のお考えの元であったなら。


 だけど、そうだったら先に婚約解消をしてから。


(……いいえ。それもまた私の気持ちがあったから。私がデイビス殿下を慕っている可能性もあるから)


 別の未来を、別の選択肢を突きつけられたからこそ。

 私は初めて己の気持ちに向かい合う。


 なんて面倒くさくて、情けない自分。

 ここまでされて、ようやく自問自答するのか。


 それまで何も出来ずに逃げていただけだというのに。


「ソシエ。真剣に悩みなさい。これからの自分自身のことなのだから。流されるだけではいけないよ」

「お父様……」

「私も。そして陛下も。それにサイラス殿下や、カーセル王家の方達も。ソシエが悩む時間をくださるそうだ」


 その言葉を聞いて。

 やはり、お父様たちは今日のことを知っていたのだと悟る。


「……はい。お父様。……ありがとう、ございます」

「うん。お前は私たちの可愛い娘なのだから」


 父からの愛情を感じ、私は真剣に考えることにした。

 まだ答えを待ってくださる内に。


 そうして、私は知らなかったの。

 私が参加しなかった自国の学園の卒業パーティーで。


 婚約者であったデイビス殿下が行っていたことを。



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