幼馴染は浮気できないからと恋人を振るやばい奴だった。
道中朋恵には、家が隣同士で幼・小・中・まで一緒の学校・クラスだった幼なじみがいる。
しかし恋愛において、本当の本当にクズだというのをついさっき知ってしまった。
「今すぐ駅近のカフェまで迎えに来なさい」
それだけ言ってブツリ。と通話を一方的に切る幼馴染のこれは割といつもの事である。
ただ面倒な事に呼び出す理由は毎回違う。
荷物持ちで呼ばれる事もあれば、犬に追い回された助けろとか、デートがつまんなくて抜けて来たこれから遊ぶわよ等、本当に色々。
いつもなら理由が予測出来なくて、面倒クセェなぁと舌打ちの一つでもするのだが、今回は珍しい事に今日はデートなのよと、聞いてもいないのに事前に教えてられていたので、おそらくまたつまんなくなって抜けてきたんだろう。
…デートの相手がつくづく不憫だ。
あの無神経で自分勝手で、自分の感性がこの世で一番正しいと思い込んでいる幼馴染の事だ、本人につまんないと率直に告げているに違いない。
今日限りの相手か、恋人かは知らないが…凄く同情する。
机の上に乱雑に置かれた黒のヘアゴムを手に取り、髪を後ろで束ね縛る。
時期的に少し肌寒いので、薄手のカーディガンをはおりながら出掛ける準備を始める。
「浮気できないから別れた」
カフェに着いて早々、幼馴染に買わされたテイクアウトコーヒーを手渡したら、言われたのは当然ありがとうの一言ではなく、今しがた幼馴染の口から放たれた内容である。
一瞬こいつが何を言ったのか理解できなかった。
日常会話にぽんっ。と軽く出てくるような話ではないような気がするのだけは分かったが、この瞬間だけ私のIQはだいぶ下がったのか…やっぱり理解できなかった。
「…は?」
もしや空耳か…?と自分の聴力を疑ったので聞き返したら、
「幼馴染の分際で聞き返すんじゃないわよ」
この言われよう。
相変わらずの理不尽。
もういいや空耳で処理しよう面倒臭い。
「いや幼馴染なんだからむしろ気軽に聞き返しても良いと思うんだけど」
「口答えすんじゃないわ。それでさぁ今回の相手は女なんだけどさー」
結局聞き返した部分はスルーされ、代わりに自分の話したい事に専念しだした。
お前が女もイケたなんて初耳なんだがと、新情報に対してツッコミたい気持ちを我慢し(あたしが話してんのに遮んじゃないわよってまたもや理不尽にキレられて終わるだけなのが目に見えてるし)諦めて適度にはいはいと相槌を打つ事に専念する事にした。
「大人しそうだけど可愛い顔してたからそれで気に入ってキスしてものにしたは良いんだけどさぁ…でも女と付き合い続けてたら体が男を求める訳よ分かる?」
いつの間に飲み干したのか、空になったカップをそこらへんに投げ捨て、小首を傾げ分かる?と少し馬鹿にした口調で問いかけてくる。
おいポイ捨てすな。とこいつの環境意識の低さに苛つき、捨てられたカップを拾い上げてから短く答える。
「いや分からん」
「まぁあんた男いたことないもんね」
ハッ!と鼻で笑われる。
その通りだから反論しないけど、この腹立つ言い方にさっきのポイ捨ての件と合わさって本気でどついたろかと肘に力が入った。
「あーはいはい、で、結局はまた男の方が良くなって別れたんでしょ?」
この時私はこいつとのやり取りに疲労感を覚えていたからか、ついさっき空耳として処理したこいつのとんでも発言の内容を私は忘れかけていた。
「ああ?あんたあたしの話聞いてなかったの?」
「さっきから聞いてしかいないと思うんだけど?」
軽めの舌打ちをされた。
おい、舌を打ちたいのはこっちだ。
「はぁぁ〜、しょうがないわね…言ったでしょ?最初に…」
やれやれとわざわざ口に出して目を閉じ、両手のひらを真上に広げ首を振りあからさまなやれやれポーズを披露した幼馴染。
「浮気できないから別れたって」
「さ…」
最低なクズだこいつ…。
ゲスい表情で言い放った言葉が二度目にしてようやっと脳に行き届いた。
どうして一度目に聞いた時私はこの発言を聞いて空耳扱いできたのだろうか…。
こっちから自主的に聞いた事はない筈なのに、こいつがベラベラ時に自慢気に、時に不満気に、時に惚気と色んな気を振り撒いて喋ってくるせいか、嫌でもこいつの恋愛遍歴は一通り頭に入ってる…てか入れさせられた感が凄いある。
しかもこいつは付き合ってから別れてまた別の人と付き合うまでのスパンが早いし短い。
高校生にして誰とも長続きしない恋多き女。
でもそれだけで、性格や態度や行動に問題はあったので話を聞く度に最低な奴だなと認識し直しているが、クズだと思った事は実は今まで一度もなかった。
多分こいつはこいつなりにある程度のラインや均衡は守っていたのだろう…しかしそれは買い被りだったようだ。
「あー…」
なんだろ…他人事の筈なのに、言葉の意味を理解できたからか変な汗が額から伝ってくる。
「ちなみにさ、その台詞恋人さんにも言い放ったりとか…」
そして同時に嫌な予感がする。
だってこいつの性格的に…。
「勿論したわよ。だってちゃんと別れる理由を言って別れなきゃ不誠実じゃないの。あたし自然消滅とか一番嫌いなのよね、だからちゃんとその場で消滅出来るようにはっきりと言ったのよ?誠実でしょ?褒めなさいよ」
あれ可笑しいな…。
この部分だけ切り取って聞けばこいつにしては普通にまとな倫理観持ってるなと、確かにその姿勢だけ見ればこいつの問題点諸々を差し引いてもまぁ誠実なんじゃない?と思えるのに…別れた理由が理由なだけに全てが台無しの不誠実やろうである。
ははは…と乾いた笑いを零し、取り敢えず言われた通り褒めないと後々の自分が面倒な事になるので「アア…ウンエライネー…」と壊れかけのロボットみたいなぎこちなさで、最新のAI音声よりも物凄い棒読みで心にもない褒め言葉を言わされたのがムカついて、空のカップを掌でグシャ。と握り潰した。
昨日のあれが、人生で一番疲れた会話だったかもしれない。
しかも最悪な事に、褒めたのに褒め方がなってないと愚痴愚痴文句垂れられ、その後も散々連れ回され、家に着いたら着いたでネイル塗れ、オイルマッサージしろ、勉強教えろと色々やらされ解放されたのは深夜2時…完全に寝不足である。
辛気臭い顔で登校しすぐ机にうつ伏せ、いつもこの時間より10分後に登校してくる友達に愚痴を聞いてもらおうと目を瞑ったら…トントン。と誰かが指先を使って肩を叩いてきた。
何…?と体を起こして振り返ると…私よりも辛気臭い顔をした友人…縁谷優佳莉がそこに居た。
「ど、どうしたの優佳莉…?なんか顔が凄いことになってるけど…」
「あはは…いやー実は昨日ねとんでもない事があってね疲れちゃったの。良ければ聞いてくれる?多分お酒のおつまみにはなると思うよ」
「未成年だからジュースのつまみじゃない?せめて…オッケ聞く」
「ありがとー。実は最近ねマッコリィで知り合いになった子がいてね…」
机のフックに鞄を掛け、話しやすいように椅子の向きを私の方に向けてから着席する優佳莉に倣って、私も座りながら両端を持ち上げ自分の体重ごと向きを変える。
うーん。ひと手間。
席替えをする前までは、前の席だった自分が後ろを向いて椅子に跨るだけで済んでいたのになぁ。と懐かしみつつ続きを待つ。
「でねその子とお付き合いを一応していたんだよね…うん。それでその相手にね…」
そこまで言うと急に歯切れが悪くなったのを見て察した。
多分振られたのだろうと。
優佳莉がさっきとんでもない事と言っていたので、一瞬違うかなとも思ったけども、当事者からしてみれば恋人に振られるというのはとんでもない事に該当するだろうと思い直した。
「大丈夫?言いづらいならそこの詳細は省いても良いけど」
「ううん。大丈夫。あのね…私みたいな浮気非推奨と付き合い続けてたら自分が浮気出来ないからって振られたの…昨日」
………。
…は?
「ワンモア」
「へっ?だから振られたの浮気できないからっていうとんでもない理由で」
あんぐり。と顎が外れそうな勢いで大口を開ける。
なんということだ、こんな事って…。
つい昨日、私は幼馴染から浮気できないから別れてきたと聞かされたばかりだと言うのに、今日友達から浮気できないから振られたと聞いてしまった。
別れた。というだけならば、偶然のタイミングだなと呑気に構えていられたさ。そこだけ切り取れば…しかし不思議な事に浮気できないから。そう付け加える事により笑えない偶然のタイミングへとマイナス進化をするはめになった。
たらり…と一筋の汗が顔を伝う。
嫌な予感…を確信に変える為、覚悟を持って一つ聞いてみようと思う。
「優佳莉その相手って………女?」
「ええッ!?何で分かったの⁉」
言い当てられ驚く優佳莉はエスパーを見たかのような目で私を凝視してくる。
すぅー。と大きく息を吸い、心の中で心の底から叫ぶ。
ああっやっぱりあいつじゃねぇか!
昨日あいつが振った女…優佳莉だったのかよ!
と。
「はぁぁーそうか…まじかぁー」
椅子の背もたれに寄り掛かり、天井を見上げる。
「はは…世間は狭いとは言うけども」
どうしてくれようか…この板挟み状態。
なんだかこっちまでとんでもない事になったな…と、そのまま天を仰いだ。