浮気できないからと振られた話。
縁谷優佳莉には、他校に通う同性の恋人がいる。
けど付き合って3週間であっさりと振られてしまった。
彼女と私が知り合ったのは若者らしいシンプルな方法、誰とでも繋がれ交流が持てるメッセージアプリを通じてである。
使い始めたきっかけは友人に誘われたから。
高校に入学してすぐの頃、席が前後だったからと、なんとなくの気分で話しかけてくれたらしい子と、なんとなくの流れで友達になり。
その友人が「幼なじみが愛用しているメッセージアプリ《マッコリィ》に『あたしが使ってるんだからあんたも使いなさいよ!』と無理矢理登録させられた(フォローしろと言わないだけだいぶマシではあるが)無断で退会したのがバレたら理不尽にキレられるのが目に見えてくるから辞められないし、かと言って今後も使う予定のないアプリに登録し続けるのも面倒い、なんか気持ちが怠い。使わないにしてもせめて知り合いも同じアプリを使っているんだと安心感を覚えたい。切実に。そんな訳で優佳莉、このアプリに登録する気はあるかい?」とお疲れ気味の様子で誘ってくれたので、うん良いよ。と登録するよと答えた。
そしてその日の夜に登録して、年齢や自己紹介などの簡単な入力を済ませ、アカウントを公開して僅か数分後にメッセージをくれたのが、件の恋人だった。
唐突に送られてきたメッセージには《同い年なの?今度会って遊ばなーい?》初対面?初対文?とは思えない程、馴れ馴れしいというか、チャラいというか、反応に困る内容だった。
困惑しながら、えっと、取り敢えず返信しなきゃだよねと、メッセージアプリの世界の作法が分からないまま辿々しい文章を打つといういつもしない作業に、なんかこういうのも新鮮で良いのかも?と思い始める私がいた。
ちなみに《すみませんどちらさまでしょうか?》と返信した。
まっとうな返し方だったと思う…多分。
そしてすぐに《なにその変わった返信内容ウケる~こういう時はノリで返せば良いのにめっちゃ丁寧にどちらさまwよしこれは会って遊ばねーとだね!》とまるで日本語をある程度操れる珍獣がこの文章を書いてるのでは、そう疑ってしまう内容が返ってきた。
「う、うけるって…どこにそんな要素が…ノリ…ノリってどういうこと?ハロ〜とか…?そしてどうしても遊びたいんだねこの人は…」
その後、分からない…分からないよ、メッセージアプリの世界。と、ベッドの上で一人ぐるぐる目を回していると、ピロン。と軽快な通知音にハッ。と正気に戻りスマホを見やると《無視したら針千本だよー。で?いつ遊ぶ?》それを言うなら嘘ついたら…そしてしつこい何これと、涙目になりつつ《…再来週の、土曜日で良いかな?》と遊ぶ約束をしてしまったのである。
後悔はすぐした。
そして本当に遊ぶ事になった当日、変な人が来たらどうしよう。ただでさえ未知の生物っていう、良く分からない印象しか抱いていない人なのに…。
バックレても良いかな…?駄目だよね人として。
自問自答しながら、重い足取りで待ち合わせ場所まで歩いて行く。
えっと、確か黒の革短パンと赤い服があっちの目印だったよね。
視線を動かし相手を探しつつ待ち合わせ場所の駅看板前で、自分の目印の若草色のショルダーバッグの紐をキツく握り、ビクビク震えていると、軽く背中をとんとん。と叩かれ、吃驚して肩が跳ねた。
うびぃっ!と変な声も出た。
正直これは恥ずかしい。
泣いてしまいそうになっていると、背後から「あっはははっ!」と元気な大笑いが聞こえ「えっ」と振り返ると、腹を抱えて笑ってるギャルっぽい人がそこにいた。
服装は革短パンと赤い服だった。
「うびぃっ!うびぃって!変な鳴き声まじウケるわ!」
「そ、そんなに笑わなくても良くないかな…?」
「はーごめんごめんっだって面白くてつい…にしてもあんた顔可愛いわね」
数秒前までゲラゲラ笑っていたのに、今度は返答に困る事を言いながら、私の顔をジロジロ。と美しい真顔で観察してくる。
…ていうかいつまで見る気なんだろうか。
視線をあちこちに彷徨わせながら、早く終わって欲しいこの時間…と願っていると、至近距離まで顔を近付けられ、ひぇっとなる。
「よし気にいった!あんたあたしと付き合いなさい!」
これは決定事項よ!と勝手に決められ、彼女の言った言葉が脳に行き届いていない内に、素早く唇を…ファーストキスを奪われたのである。
状況を理解した数秒後の私の反応。
ええええええっーーー!なにこれーーーー!!
である。
結局付き合うと返事はしなかったものの、相手がもう付き合ってる気でいるらしく(凄く、勝手だなと思う)もうどうとでもなれと、やけくそ気味でこの現状を受け入れ、私はこの日彼女…諸星美来との交際がスタートした。
といっても特に特別な事はなく、例のアプリでのやり取りの回数が増えたくらいで、諸星さんと交際している感覚が薄いどころかむしろ無いに等しいまま、次に会う約束をした、日取りは三週間後に決まった。
「ねぇ優佳莉はさぁ~浮気ってしたい人?」
迎えた三週間後。
コンビニで買った肉まんを食べ歩きながら、諸星さんとそれぞれの学校での様子とか、最近あった面白い話とか、友達同士の会話って感じだなぁと、どこか安心していたところにぶっ込まれた、急に交際感のある会話…いやあるのかなこれ?
そもそも浮気したいか?ってどういう神経をしてたらそんな質問が出てくるのだろうか。
「え、急に何?」
「良いから答えなさいよ」
ほらほら早く!と急かしてくる諸星さん。
んー、今で言うと諸星さん以外の人と同時に付き合いたいかって事でしょ?
そんなの…。
「別にしたくはないかな」
常識的に考えてそういう風に考える事自体がおかしいと私は思う。
「ふーんそうなんだ。優佳莉は浮気したくないのね。じゃあ逆に浮気されるのはどうなの?」
「は?」
したいかの次は今度はされるのは?
あ、駄目頭が痛い。
本当にどういう神経してるんだろう諸星さんは。
「…されるのも嫌だね」
こめかみを押さえ、吐きそうになる溜息を堪え、嫌だと答える。
「どっちも嫌なのね。やっぱ可愛い顔してても大人しそうな子って皆潔癖なのね。じゃあ別れましょう」
「…は?ああ、今日はもう解散ってこと?」
「違う違う。お付き合い辞めましょうってことよ」
「…はい?」
ちょっと待って。
何がどうしてそんな話になった。
目の前の諸星さん…いや珍獣の言った事が理解出来ないでいると追撃を落とされた。
「あんたみたいな浮気ダメダメ教と付き合ってたらあたしが浮気できないじゃない?だからさよなら〜もう連絡してこないでよね」
はいブロック〜。とスマホで何かの操作をしている諸星さん
のとんでも発言に、唖然としていたら、いつの間にか諸星さんは居なくなっていた。
「なっ…」
なんなんなのほんとーにっもおぉーーー!!
こうして強引に始まった交際は、どんでもない振られ方で幕を閉じたのであった。