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エッセイとか

エッセイが書けない

作者: 佐藤朝槻

 

 エッセイを読むのが好きです。


 どんなエッセイも面白いのです。もちろん好みはありますが……。

 なろうで読む作品の8割はエッセイだと思います。


 私も書いてみたくなりました。

 でも、いざ書いてみると、書けません。


 はじめは慣れていないからだと思いました。

 ですが書いても書いても、投稿にたどり着けない。


 そういうことが言いたいんじゃなくて!

 と悩んだ末、諦めるのです。



 なぜエッセイが書けないのか。好きなのに。


 今日になって漠然としていた悩みが突然わかりました。

 自己表現が得意じゃないからだと。


 私が創作、特に小説を好む理由は、自由度の高さにあります。


 登場人物(他人)を通して何かを表現する。

 その表現がエンタメに振りきってもいい。

 自分を混ぜてもいい。


 自分のいる世界を舞台にしてもいいし、ファンタジーのような存在するかもわからない世界を描いてもいい。


 それはまるで粘土遊びのように、こねてはちぎり、ちぎっては足す。そうして形を作っていく。


 100%自分ではない。けれども100%赤の他人でもない。

 そんな小説のあり方が自分にはあっている。



 しかし、エッセイは自分を中心に置きます。

 エッセイの魅力が、私には合わないのだと気づかされました。


 先ほど、この答えにたどり着くのに「突然わかった」と言いましたが、おそらくなろう作家の皆様のエッセイを読んできたからこそだと思っています。


 この場をお借りして感謝を申し上げます。

 なろう作家の皆様、いつも楽しませてくださってありがとうございます。



 私の結論はこれです。

 これからもエッセイは読み専でいよう!


 それでも、仮にも文字で作品を作ろうとする者の端くれ。いつかエッセイも書けるようになりたいなあ。

 ……小説書こ。


 ぼんやりと思う、土曜の午後でした。


お付き合いいただき、ありがとうございました。

勇気を出して投稿してみましたが、気恥ずかしいので感想とレビューを閉じています。

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