思ってたんと違う地獄
俺は目を覚ますと、いつもの教室の隅の席に座っていた。起きて、軽く伸びをすると、俺しかいなかった教室に三人のクラスメイトが入ってくる。
「お? ぼっち野郎がま〜だ居るぜぇ〜?」
「おい!ぼっち野郎な〜んでまだ居るんだぁ? そんなに俺たちにいじめてほしいのか?」
「キャハハッ! もうやっちまおうぜぇ? オラッ!フヒヒッ!」
茶髪のピアスを付けて、いかにも不良のような見た目をしている男子が、腕を大きくふりかぶり、殴る。
風雅は勢いよく殴られて椅子から落ちたて、お腹を押さえてもがいた。
痛ぇ!? なん、なんでだ!?
風雅は苦悶の表情を浮かべて、声を殺した。
訳が分からない。俺は確かさっきまで白い場所にいたはずだ……そうだ! 確か地獄に行くとかなんとかみたいな話に……。まあ、ないな。ないよな。あれは夢だったんだ。その証拠に今俺はこうして教室にいる。
憶測の域を出ないが、多分殴られているのは、白波瀬のせいだろう。いや、この言い方だと少し語弊があるな。白波瀬が俺を見たことにより、水筒をこぼして激しくむせたからだ。俺はなにも悪くない、はずだが、周りが変に解釈したのだろう。最悪や。
「オラッ! ラッ!」
次は別のヤンキーっぽい金髪の男子が倒れ込んだ俺を蹴る。風雅は転がり、壁に軽くぶつかって止まる。
「う、うう……」
痛えなあもう! 俺が何したってんだよ! それにしてもこれからはどうしよう……もう学校には来れないかもな。不登校ルートは色々と不味い気がするが、学校に来るのも嫌だ。だが、こいつらに負けたと思われるのは嫌だ。お前ら、俺が鋼の心の持ち主で良かったな、学校に来るぞ、俺は! 絶対に折れない!
これは……学校には相談出来ないよな、相談できそうな人もいないし。まあ、なんくるないさー。おっと苦しみを紛らわせたくて急に沖縄弁が出てきてしまった。
それにしても、早く終わらないかなあ……痛いんだよ……本当に。覚えておけよ。
その後も、風雅は三人に気絶しそうになるまで痛めつけられる。
✦✦✦
景色が、変わった。今度は教室から学校の屋上になる。さっきと同じヤンキー三人がいて、その足元にはバケツが置いてある。
ん? なんだ? 急に景色が変わった。ああ、気絶していたのか、それにしてもなかなか終わらない。全身がズキズキと痛む、凄く痛い、多分痣になっているんじゃないかと思う。
一番右にいる茶髪ピアスが足元のバケツを持ち、足を一歩踏み出す。
「ふひ、グズには便所の水がお似合いだよっ!」
風雅は水を思いっきりかけられる、続いて他の二人からも次々と水をかけられる。不思議な事に、水を何度かけられてもバケツからみずがなくならないのだ。
冷たい! なんで、なんでなんだよ……。なんで俺がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ。それにしてもまだ水が無くならないのか? 明らかにそのバケツからは出るはずのない量が出ているんですが?おかしいやん!
✦✦✦
真っ黒な部屋の中、蒼い炎と漆黒の炎が混ざり合いながらパチパチと音を立てて燃えている。そこに一つの黒い人影がある。それには、禍々しい角が二つ、耳の傍から上に向かって伸びていた。
「いやーそれにしても、異世界転移予定だった子を地獄に送るとかあいつは鬼畜なのかな? あいつならやりかねないとは思っていたが、本当にやるとは。まあ、もう肉体を作ってしまったから死なないぐらいに地獄を見せておいて、と言われるた時は驚いたなあ。これはこれでなかなか面白いから、いいけどね。」
暗い部屋に一人の男の声が響き渡る。
「そういえば、三ヶ月後ぐらいに異世界転移予定の子がいたクラスを転移させる、て言ってたからなあ。その子達がこっちに来るかはわかんないけど、引き続き頑張らなくちゃね! じゃっ!早速仕事仕っ事〜!」
その男から黒い霧が勢いよく噴出し、辺りを覆い、炎の光も見えなくさせる。その霧が晴れる頃にはその男はもういなかった。
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陽光が射し込む教室の中で、チョークが空中に浮かぶ。それが飛び、風雅のおでこにぶち当たる。
またチョークが浮かぶ。
おでこに当たる。
浮かぶ。
当たる。
浮かぶ。
当たる。
……痛い。本当に痛い。もう分かった。このままだとおでこがえぐれてしまう。ここは地獄だ。こんなチョークが延々とおでこに当たり続ける地獄なんてあってたまるか! 俺はこれから五十年間地獄にいることになるのだが、確か神は、帰ろうと思えば帰れると言っていた。
多分あれだろ。最初の頃は気付かなかったが、今は机の上に赤い色をしたボタンがある。屋上に行った時は、足元にあった。んで、そのそばに『終了』と書かれた紙が貼ってある。あのボタンを押せば、きっとこの地獄は終了するのだろうが、そうなるとチートが貰えないではないか!なので俺はこの地獄を終了させることが出来ないっ!
俺はてっきり地獄というと、舌を引き抜かれたり、串刺しにされたり、熱湯に入れさせられるのかと思っていた。実際は、思っていたより楽だった。さっき皆んなのヒロイン白波瀬さんに俺の裸を見られたのはかなり精神的にやられたが、ここは地獄だからきっと大丈夫なはずなのだ。そうだよね? まあ、とにかくこの調子なら、五十年は行けそうだということだ。
二十五年後
「フッフッフ……ハッハッハッハ……アーッハッハッハハーッ!俺は、もう痛みに慣れたぞー!」
「うっさいわね! 殺すわよ!? 殺してあげるわっ!フンッ! フンッ!」
俺、風雅は教室の天井からロープで吊るされながら、白波瀬の野郎に竹刀で思いっきりぶっ叩かれている。
そう、さっきの発言からもわかる通り、俺は慣れてしまったのだ。痛みに。これでやっと地獄もイージーモードになるのか……疲れたなあ、まだ地獄終わらないんか。まあいいやその時になるまで俺は待つだけだ。
「フンッ! もういいわ、半分経過したものね、そろそろ痛みに慣れてしまったから魔力を取り入れようかしら。そうしましょう。そうと決まれば即行動よ」
白波瀬が竹刀を放り出し、走って教室を出ていく。
「なっなんだ? 痛みに慣れてしまったとか何とか言ってなかったか? これは不味いぞ、せっかくイージーモードが到来していたのに。ていうか、魔力ってなんぞ? 魔法あんのか? 地獄に? まあいい、この先何があろうと俺は諦めんぞっ!」
この地獄でかなりの年月を過ごしてしまった手前、今更諦めることなどできないのである。こんなところで諦めてまったら、爺ちゃんになんて言えばいいんだ。
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魔法使うとかありかよっ!? 火で炙られるわ、強風で目が乾燥しまくるわ、光で目がやられるわでもう最悪だわ。心なしか普通に物理ダメージも上がっている気がするし。前までは殴られても痣なんてこんな簡単に出来なかったのに、今じゃ身体中が痣だらけよ。痛いし。多少は慣れたつもりだったのに。
やはり、魔力とやらが取り入れられたせいであるのだろう。多分、魔力を体内で循環させていたり、拳に魔力を纏っていたりするのだろう。いつもと感覚が違うのでよく分かる。
ならば、どうするか? そう、俺も魔力で対抗するまでだ。このいつもと違う感覚は何となくだが分かっている。だから、これに感覚を集中させて……って痛いわっ!
風雅は今、プールで浮かんでいる。いや、下半身だけ氷の魔法らしきもので凍らされている。そして、プールの周辺のみに小雨が降っている、これもきっと魔法だ。上半身は裸で、沢山のコバンザメに吸いつかれている。その上から坊主に野球のボールを投げられ、頭にぶつかる。
「こんなんじゃ集中出来ないわっ!」
「うるせえ! 黙って集中しろっ!」
「何にだよっ!」
「ボールをしっかり受け止めることにだよ、馬鹿野郎!」
「誰が馬鹿野郎だクソ野郎っ!」
っ危ねぇ魔力に集中するのを応援してくれてるのかと思いかけたじゃねえか。坊主がっ! まあいいさ俺は別に誰も応援してくれなくたってやってやるさ。ちょっとでも楽になるのなら。この寒さと痛さと恥ずかしさが楽になれるのならやってやるっ!