第9話 脱出ルート
(C国の雇われじゃないとすれば……結局、あの女は誰の意向で動いているんだ?)
それに彼女が最後に残した言葉が引っかかる。
『ミラクル・クロップ』
クロップが作物なのか収穫物なのかその真意は分からない。が、いずれにせよ彼女が特別な存在であるサァラを拘束しようとしているのは確かだ。
「さてと。ぐずぐずしている場合じゃないな」
気を取り直して脱出方法を考える。最初の予定通りいくか別な方法で出るか…。
「じゃあな少年。気をつけろよ。B国軍の増援が先に来たら厄介だからな。」
「あ、はい……」
「ま、君の能力なら逃げる分には問題ないとは思うが」
それを聞いて少年が何か思い出したように口を開く。
「そういえば……あなたは何者なんです?」
「言わなかったか? 通りすがりのジャンク屋だ」
少年は首を振る。
「あのスピードには驚きました。あんなに完璧に見切られるなんて。それに裏まで取られるとは……」
最初に接触した時のことか。こちらも少なからず驚いたのだが…。
「なに。大したことはない。せっかちなだけさ」
「いいえ。普通の人間にはあんな動きはできません」
「そういう自分は訓練か? あのスピード、常人の2.5倍は出ていたぞ」
「ええ。まあ。でも僕なんか大したことないです。うちのクラスにはもっと上が居ますから」
(やれやれ。そういうことか。どうりで軍隊相手にスプレー缶ひとつで立ち回れるわけだ)
催眠スプレーで眠らされた兵士達を見て改めて納得した。一流のスポーツ選手が見せる反応速度を凌ぐ速さで動き回る相手に銃を向けるなどナンセンスだ。しかもそんな子供が何人も居たとなると、この程度の基地が制圧されても不思議ではない。
少年がぽつりと口を開く。
「ところでさっきから気になってたんですが」
というや否や少年は目にも留まらぬ速さでこちらに急接近。すかさず手を伸ばしてきた。
ふいを突かれたがこれぐらいなら楽に交わせる。
ひょいと右に顔を傾けると空を切った少年の右手が何かを掴んで元の位置に戻った。
(なんだ?)
怪訝に思って少年の顔を見る。
すると彼はぐっと拳を握り締めた後、それを広げてしげしげと眺めた。
「こんな小さいの初めて見ましたよ」
そう言って差し出した手のひらには蝿のようなものが。ただし銀色の破片が少々。よく見るとナノマシーンの残骸っぽい。
「……スパイ・インセクトか。彼女の置き土産だな」
なるほど大した動体視力だ。この少年、スピードだけではないらしい。
「あの女の人は仲間じゃないんですか?」
「まさか。利害が一致したから協力し合っただけさ。お互いにな」
「ということはあなたもサァラを?」
「お察しの通り俺も彼女の顔を拝みに来たクチさ」
「サァラは……彼女は、やはり狙われているんですね?」
「そのようだな」
「あなたも誰かの指図でサァラを?」
「そいつは違うな。守秘義務があるんで詳しくは言えないが彼女に近い人物から正式な依頼を受けてる。彼女を見守るようにってな」
「……そうなんですか」
そう言って少年は思考を巡らせるような素振りをみせる。何か迷っているようだった。「それなら……いえ。その」
「言いたいことがあるなら早くしてくれ」
「それなら僕も連れて行ってくれませんか」
「断る」
少年の申し出を拒否して出口に向かう。ガキのお守りなんてまっぴらだ。
「彼女を守りたいんです!」
少年の言葉を背に受けて立ち止まる。
「それに考えがあります。彼女を捜すなら必ず役に立つはずです」
やれやれ。一応、話だけでも聞いてやるか。
「いいだろう。話せ」
「サァラ達は多分、空路は使わないと思います」
「どういうことだ?」
「サァラに付いている3人の中に飛行機嫌いがいるからです」
「飛行機嫌いだと? そいつも241便に乗ってたんじゃないのか」
「ええ。離陸前に催眠スプレーを嗅いで眠ってたんですよ。彼はいつもそうです」
「しかし同じ手を使えば飛行機でもヘリでも……」
そこまで言って少年が手にしたスプレー缶が目に入った。
「なるほど。そういうことか」
「ええ。だから彼が飛ぶ物に乗る可能性は低いはずです」
「そいつは良い情報だ。となるとルートは絞れるな。しかしさっきはそんなこと一言も……」
「知らないと言ったのはサァラのことだけですよ。連れのことまでは聞かれなかったから」
「フン。気に入った。少年、名前は?」
「チャン・バステンです」
「C国人らしからぬ名前だな」
「父が中東出身なんです」
なるほど。確かに中東系特有のホリの深い目鼻立ちをしている。肌の色は黄色人種のそれだが日本にも居そうな感じの美少年には違いない。
「俺のことはアンカーとでも呼んでくれ」
「分かりました。あ、それとですね。サァラは必ず米国を目指すと思います」
「なぜ分かる?」
「それは追い追い話します。さあ行きましょう」
妙な流れではあるが、サァラ捜索の為には止むを得ないだろう。
* * *
兵舎の玄関を出て来たルートを戻る。途中、ジイサンに通信する。
「ジイサン。飛べそうなのはどれだ?」
『3番倉庫に向かえ。そこに哨戒ヘリがあるはずじゃ』
「燃料は大丈夫なんだろうな?」
『今朝満タンにして午後に1回飛んだだけのようだから半分ぐらいは残っとるだろう』
「ところで俺の元パートナーはどこに向かった?」
『お前さんの目の前だよ』
目の前は滑走路だ。(どこに彼女が?)と思いきや滑走路の奥から高出力のエンジン音が聞こえてきた。ちょうど離陸体制に入るところのようだ。
「飛行機をかっぱらったのか」
『いいや。それはお前さんたちが突入してすぐに降りてきたやつじゃ』
「送迎用にしちゃ随分、ぶっそうな代物だな」
マルチ・スコープのスキャニングを見て感心した。こいつはバリバリの戦闘機じゃないか。しかも米国製の最新型。とてもB国軍が買えるものではない。
(どんだけ金を遣うつもりなんだか……)
半ば呆れながらさっそうと飛び立つ戦闘機を見送った。
ふと横を見ると少年も同じように空を見上げていた。
(やれやれ。参ったね)
ただでさえ厄介な捜索だというのに妙な邪魔者が入ってくるとなるとチンタラしている暇は無さそうだ。
久しぶりに忙しくなる予感がした。




