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第7話 潜入

 暗視スコープでR基地を見下ろしながら考える。

同じ潜入するのでもその目的によって計画は大きく異なる。もし乗客全員の救出が目的だとしたら我々2人でというのは無理がある。なので、彼らの居場所を特定したら仲間を呼び、自らはかく乱行動に徹するのが定石だ。

しかし未だ彼女の真意がつかめない。であれば潜入した後は別行動が望ましい。

「念のために聞いておくが……」

「何?」と、潜入用のスーツを着た彼女は気だるそうに答える。ぴったりとしたスーツだが身体のラインはちっとも色っぽくない。

それはさておき提案してみる。

「協力するのはどの時点までか決めておかないか?」

 彼女は返事の代わりに疑い深そうな目でこちらを見た。

「いや。正直言ってこっちは乗客全員に用があるわけじゃない。会いたいのは一人だけだ。だからそいつに面会したら目的は果たせる」

「……いいわ。じゃあ基地に降り立ったら別行動ってことで」

「降りるまで、だな」

 R基地上空まではあと5分程度。ということは彼女との付き合いもあと数分ということになる。 

電磁波吸収剤をたっぷり塗った黒気球は予定通りのルートを進んでいる。このルートには基地が発するサーチライトも絶対に届かない。なぜならジイサンが基地の防空システムをハッキングして改ざんしてあるからだ。大抵の場合、基地のレーダーは中長距離の探知に重きを置いている。なので意外と頭上がおろそかになっているケースは少なくない。

「風が出てきたわ」

 彼女の言葉通り先ほどから急に海風が強くなってきた。

「降下訓練は受けたことはあるか?」

「たしなむ程度にはね」

 高度100メートルの気球からロープを伝って降下するのは並大抵ではない。しかし、そこまでして基地に侵入するからには彼女にもそれなりの事情があるのだろう。証拠集めだけなら何もそんなリスクを冒す必要は無い。スパイ・インセクト(※1)を数個忍ばせれば十分だ。

(何かあるんだろうな。乗客に接触しなくてはならない理由が……)

 彼女が下を覗き込みながら言った。

「そろそろね。準備はいい?」

準備なら整っている。彼女が用意してくれたマルチ・スコープ(※2)は上々だ。見た目はサングラスと変わらない。なのにおよそ必要な機能はすべて備わっている。基地のレイアウトデータと熱反応は左眼で捉える。音声は集音マイクを左耳で、ジイサンとの通信を骨伝導(※3)で受ける。いつもの通り右耳はフリーだ。微妙な音や空気のゆらぎはどうしてもナマでないと調子が狂ってしまう。たまに両目・両耳でフルに情報を受けようとするバカがいるが、それはバケツを被って綱渡りをするようなものだ。 

「ひとつ相談なんだが、このスコープ、貰ってもいいか?」

「いいわよ。謝礼代わりにでもして」

「そいつは助かる」

 闇に紛れて黒い気球で上空から侵入する。実に単純な作戦だが中途半端に機械化された警戒システムには案外有効だったりするから面白い。それもジイサンのサポートあってこそだが。

「ジイサン。これから下に降りる。そっちはどうだ?」

『あいよ。こっちも準備は出来てる』

「酒とつまみもか?」

『勿論!』

「まあ、宜しく頼むぜ」

 ジイサンと会話している間に彼女が降下体勢に入った。

「おいおい。もう降りるのか?」

 レディ・ファーストだからそれは仕方が無い。しかし「先に降りる」と一言ぐらいあって然るべきだ。

「下で……」

 そう言いかけて止めた。協力するのは下に降りるまでという約束だ。その後は自由行動。とはいえ目的地は同じ。先を越されなければ問題は無いだろう。

『ちょっと待てアンカー!』

「なんだい。降りてからにしてくれ」

『何か様子が変だ。む? こりゃどういうことだ?』 

「まさか敵に気付かれたとでも?」

『いいや。そうじゃない。むしろ逆だ』

「逆? 意味が分からんな」

『これは……『幻覚(※4)』じゃないか!』

 幻覚? ジイサン以外に何者かが基地のシステムに介入しているのか?

「どういうことだ? 発信元は?」

『……内部からじゃな』

「バカな! なんで内部の人間がシステムに幻覚を?」

 ちょうど西側の滑走路では小型輸送機が離陸しようとしている。南ゲート方面ではトラックらしき車両が数台出て行くのが目に入った。基地は普通に機能しているように見えるが…。

『理由は分からんが外部との接触を次々にシャットアウトしとるわい! こりゃシステム障害なんかじゃないぞい』

「分かった。とにかく降りてみる」

 すぐさまカーボンナノチューブ製のロープにフックを引っ掛け、飛び降りる。

スピードは手元で調整する。

(とにかく急がなくては)

 一瞬、これも彼女の仕業かと思った。彼女が潜入すると同時に基地のシステムを孤立させ、仲間に襲撃させる作戦なのかもしれないと。

(しかし最初からそれが出来るならわざわざこんな方法に付き合うこともないか……) 

 予定のポイントに降り立った。場所は整備倉庫の裏手だ。ここから左に200メートル行けば目的の第二兵舎がある。恐らく彼女はそこに向かっているはずだ。

(なんだこの違和感は?)

妙に静かだ。夜だから人が少ないのかもしれない。が、ついさっき輸送機が飛び立っていったではないか。その割には人の気配が無さ過ぎる。

『おいアンカー! 中の様子はどうだい?』

「静かだな。読書をするにはぴったりの環境だ」

『監視カメラは寝ぼけてる。そのまま真っ直ぐ向かっていいぞ』

「分かった」

第二兵舎に向かう間も人の姿は目に入らなかった。

不気味な静けさ、とでも言おうか。深夜とはいえこんなに閑散としていて大丈夫なのかと他人事ながら首を捻った。


  *  *  *


 一階トイレ窓から建物内に侵入する。ここまでは予定通りだ。

 ジイサンの調べではこの第二兵舎は新入りの研修にしか使われていない。なので、この時期はほぼ空っぽのはずだ。それにも拘らず建物の周辺を兵士が巡回していることが確認できた。そのくせこの場所だけ監視カメラの映像が一切無い。ということは、ここが一番怪しいはずなのだ。

「本当にここなのか? あまりに人気が無さすぎるぞ」

『多分、上の階で軟禁されておるんじゃないか。その辺りは見張りしかおらんだろう』

「こうも静かだと逆に人恋しくなるな。見張りを見つけたら抱きしめてやりたい気分だ」

『お前さんの相棒はもう三階に上がっておるぞい』

「ふん。せっかちな女だ」

 そう言いながら廊下を曲がった瞬間だった。異様な光景が目に飛び込んできた。

(こ、これは……)

 うす暗い廊下に転がる不自然なシルエットが幾つか。良く見るとそれは人間だった。恐らくはここの兵士…。

(1、2……6人。死んでるのか?)

 一番手前に転がるそれに近寄って脈をとってみた。

(眠らされているようだな)

 微かに香るのは催眠スプレー特有の匂い。

「ジイサン。周りの様子はどうだ?」

『いいや特に変わったことは……』

「どういうわけか寝相の悪い兵士が廊下に何体も転がってる」

『相棒がやったんじゃないのか?』

 確かに催眠弾を使えばこいつらをお寝んねさせることは出来るだろう。

(しかし、何か引っかかる。嫌な予感がするな)

そう思った矢先。背後に人の気配。振り返って身構える。

(子供?)

 一瞬、状況が飲み込めない。なぜこんな所に十四・五歳ぐらいのガキがいる?

 突如現れた相手は、こちらが戸惑っているスキを突くかのように突進してきた。

(!?)

 速い!

 



※1 スパイ・インセクト …… 探索目的に特化したナノマシン。虫サイズのマシンが自動的に飛行しながら撮影・映像送信をする。

※2 マルチ・スコープ …… ゴーグル型の端末。肉眼で見る映像に端末画像を重ねて見ることができるだけでなくズーム・暗視・赤外線画像などの機能を併せ持つ。また音声・通信も自在に行える。

※3 骨伝導 …… 頬骨に振動を与えることで音声を認識する仕組み。

※4 幻覚 …… コンピュータウィルスの一種。監視カメラ等に偽の映像を認識させる。


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