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第5話 方針

 やたらと高価な美術品を飾りたがる人間はよっぽど目が悪いか美術商にカモられているかそのどちらかに違いない。でなければこんな悪趣味な部屋にはならないと思う。油絵はまだいい。が、額縁がそれをことごとく台無しにしている。東洋の陶器とクリスタルが同居しているのはご愛嬌。趣味の悪いペルシャ絨毯はずっと眺めていると目眩を起こしそうだ。統一性の無い家具は国際色豊かな傭兵部隊を連想させる。

(あまり長居はしたくない部屋だな)

それが正直な感想だ。リビングに居ながら海を見下ろせる造りは悪くない。だが自分のような貧乏人には落ち着かない。外の景色が一望できるということは即ち外から丸見えということを意味するからだ。

 ジイサンにミサイルの分析を依頼して2時間が経った。まだ日は高く夜までは時間がありそうだ。

 試しにジイサンを呼び出してみた。

「ジイサン。分析結果は出たかい?」

『ああ。とっくに出とるわい』

「だったら早く連絡してくれよ。で、どういう性能なんだ?」

『どうやらF国製のようだが……規格品とは随分と違うみたいだ』

「特注か。で、シミュレーションの結果は?」

『発射して12秒後に爆発。電波吸収剤を霧状にばら撒くってトコだな』

「範囲は?」

『900から1200フィートといったところかの』

「旅客機をすっぽり覆うには十分だな。それが4×6発、時間差でぶっ放したとすると……」

『お前さんの推理は良い線いっとる。はじめ聞いた時は馬鹿馬鹿しいと思っとったがな』

 突拍子も無い推理ではあるが、まんざら不可能ではないようだ。ジイサンが3Dライブラリ(※1)からダウンロードして作った映像を眺めているとそんな気がしてきた。

「ターゲットを囲むように飛ぶ戦闘機が前方にチャフをぶっ放す。ちょっとした雲のトンネルが出来るわけだ。そこにターゲットが突っ込む。それでレーダーから消えたように見えたってカラクリか」

『まったく漫画みたいな話だな。どんだけ金がかかることやら……』

「で、理論上、レーダーに捉えられない時間はどんなもんだ?」

『機体に付着した電磁波吸収素材が有効なのはせいぜい15分から20分だろうな。風で流されちまうだろうから』

「思ったより短いな。だがこれで範囲は絞れる」

 これは有力な手掛かりだ。チャフの洗礼を受けた旅客機がレーダーから逃れられるのは20分程度。であれば消えた場所から計算して…。

「何の相談?」

振り返るとナミの姿がそこにあった。

いつから居たのかは知らないが相変わらず愛想は無い。

「パートナーでしょ。新しい情報が入ったなら隠さないで教えてよね」

「分かってるさ。出し惜しみはしない」

『おいアンカー! このお嬢さんかい? ちょっと顔を拝ませてくれよ』

ジイサンの声を聞いてナミが意外そうな顔をする。

「あら。私のこと調べてたんじゃなかったの?」

「まさか。パートナーを疑ったりしないさ」

「どうだか」

「とにかく何か食わせてくれ。食いながら話す」

「ご自分でどうぞ。キッチンに冷凍室があるから」

「そりゃどうも」

 腹が減っていたので止む無くキッチンへ向かうことにした。



 ナミの言った通りキッチンの奥には冷凍室が備え付けられていた。

 金属製の扉を開くと肉がぶら下がっているのが目に付いた。それもひとつやふたつではない。

(……肉屋かよ。それともライオンでも飼うつもりか?)

 肉は嫌いではないが流石にこれを解体してまで食す気にはなれなかった。幸い手頃な大きさにカットされた塊が放置してあったのでその場にあった包丁で適当に切ってみた。

思ったより固かったせいで切り口がギザギザになってしまったが、塩コショウを振ってオーブンにぶち込めば何とかなるだろう。


 肉を焼いている間にナミの報告を聞く。

「この辺りの基地は全部調べたわ。転送するわね」

「思ったより早いな。どれ……」

 端末に送られてきたデータを確認する。

(……驚いたな。ここまで分かるものなのか)

「どう? 少しは役に立って?」

「十分だ。まあ、修理中のトイレまでは必要ない情報だが……」

 軍の施設がこれほど正確に把握できるとは恐れ入った。兵力や監視カメラの位置は勿論、配管・配線もネットワークのプロテクト構造まで、ありとあらゆる基地の詳細が記録されている。これは彼女の情報網が優れているのかB国軍のセキュリティがザルなのかは分からない。が、いずれにせよ侵入する際には重宝するだろう。

「それでそちらは何が分かったのかしら?」

「マジックの種明かしさ。こんな感じでな」

 説明の代わりに手元端末のシミュレーション映像を彼女に見せた。

すると端末を凝視していた彼女の目が輝いた、ように見えた。

「なるほどね。これならどの基地が怪しいか絞れるってことね」

「それに一時的かもしれんが100人以上の乗客を移すとなるとそれなりの施設は必要なはずだ」

「だとしたら……R基地かD基地ね」

「異論は無いよ」 

 旅客機が消えたポイントはS州の海岸線から北東におよそ700km。ジイサンのシミュレーションではレーダーから機体を隠せる時間は15分から20分。となると例え方向転換したとしても陸地には辿り着けない。ならば海上に強制着陸するしかない。

「恐らく海軍を待機させていたんだろう。そこから機体を曳航したか、乗客だけ船に移したかだな」

「なるほどね。でも機体はどうしたのかしら?」

「沈めたんだろう。それが一番手っ取り早い」

「R基地なら港も近いわね」

「見に行く価値はあるだろう」

 ちょうどその時、オーブンに呼び出された。どうやら肉が焼きあがったらしい。

「悪いが肉を見てくるよ」

「……どうぞ」

 考え込む彼女を残して再びキッチンへ。


 オーブンを開けてみたもののどこから手をつけて良いものやら悩んだ。

(適当な皿に移すか……)

 枕ぐらいの大きさの肉が丸ごと焼けるオーブンもたいしたものだが、3台並んだ食器棚もなかなかの迫力だ。

 一番手前の食器棚から大皿を1枚拝借してオーブンの前へ。問題はこの肉をどうやって皿に移すかだ。

(何か道具になるものはないか?)

 と、その時背後に気配を感じた。

 ゆっくり振り返る。

 キッチンの入り口にナミが立っている。

 冗談のひとつでもと思ったが止めた。

彼女はマネキンのようにぴくりとも動かない。真っ直ぐにこちらに向けられた腕。その手元に光る銃…。

「……何の真似だ?」

 無言の圧力。

 肉の表面で油が跳ねる音だけが時間を支配する。

 対峙すること数秒。その間、思考を巡らせるがまるで理由が分からない。準備だけはしているが…。

 やがて彼女の口元が微かに吊り上った。

 そして彼女の指先に不穏な動き。

(クッ!)



※1 3Dライブラリ… ウェブ上でフリー素材として提供される3D画像データ。異なるサイトから拾ってきた個々のデータを自由に加工することで誰でも簡単な3Dアニメが作成できる。


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