第32話 雪山の攻防
ダァシンシンに続いてサァラが部屋を飛び出す。
その背中を追いながらジイサンに事実を確認する。
「聞いたかジイサン。詳細は?」
『今調べておるわい。ドイツの衛星をちょいと借りてな……お! 確かに来ておるわい』
サァラ達に続いて薄暗い通路を駆け上がる。冷え切ったトンネル内にバラバラと足音が響く。
『4機が真っ直ぐそっちに向かっておるぞ! 到着予定は……7、8分といったとこかの』
「スペックは?」
『恐らくは「ストライク・ホーク」軍のお出ましかもな』
「随分と大げさだな。しかし、奴等どうやってこの穴倉に潜り込むつもりだ」
『さあな。そのまま突っ込んでくるんじゃないかい?』
「強制着陸か? 幾ら小回りが利くとはいえ無茶だろう」
『分からんぞ。そういう訓練を受けておるのかもな』
「いや。奴等にとってここは重要施設だ。アンテナをぶっ壊すような真似はしないだろうよ」
そうこうしているうちに最初に自分が到達したアンテナ台のある場所に戻ってきた。
穴の縁では既にダァシンシンがしゃがんで何かを準備している。その隣にもう一人。見知らぬ少年の姿が…。
(あの子は見覚えがないな。B国で囮をやっていた少年か?)
恐らくは彼がB国を脱出する時にバイクで森の中を逃げ回っていた少年なのだろう。
サァラが少年達に指示をする。
「2人はここで待機ね。シャッターを半分閉めるから。それを盾にして応戦して」
「了解!」と、少年達が声を揃える。
見たところ2人が手にしているのは『スティンガー・ミサイル』だ。20世紀生まれのスティンガーは形を変え改良が加えられつつ未だに世界中で愛用されている。彼等が手にしているのはミサイルを大幅に小型化したバージョンだ。南ア解放戦争でゲリラ兵が使用したことで有名だが…。
「そんな物をどこで手に入れた?」
ダァシンシンに尋ねてみた。すると彼は真面目に答える。
「ショップで買いました。けど、ちょっと割高だったかも」
さすがUSA。敵と同等もしくはそれ以上の武器を持たなければ己の生命を守れないと言い張るお国柄だ。
「やれやれ。その武器屋は年齢確認もしなかったのか」
一発目の準備を終えたダァシンシンがスティンガーを肩に乗せ、肩膝をついて構える。それを見てもうひとつ質問をする。
「ところで、そいつを撃ったことはあるのか?」
「ええ。訓練で何度か。それにこれは軽くて良いです。僕らが授業で作ってたのは古いタイプでしたから」
そう言って彼は笑顔をみせた。
(何だ。ゴリラ、ゴリラと呼ばれてはいるがそうやって笑った顔は愛嬌があるじゃないか。オランウータンそっくりだ)
B国で会った時は坊主頭に眉間の深いシワが印象的だったが今は少し髪が伸びている。あの時はまだその巨体と少年らしい顔つきにギャップが感じられたが、こうしてスティンガーを担ぐ姿はなかなか様になっている。この数ヶ月の間に成長したということなのだろう。一方、もう一人の少年はさっきから一言も発しない。彼は棒付キャンディを口に含んで黙々とスティンガーを点検している。切れ長の目と鼻筋が通った顔立ちが印象的だが少し神経質そうにも見える。チャンの話では確か名前は『リュウ』ということだったが…。
無言で自分の端末を操作していたサァラが顔をあげる。
「さあ。閉めるわよ」
しばらくして穴の入口の左右から扉がスルスルと出てきた。それが穴の入口を半分ほど覆ったところでサァラが告げる。
「これぐらいでいいかしら。それじゃ頼んだわよ」
彼女がそう言い残してこの場を離れようとするので呼び止める。
「君はどこへ?」
「コントロール室のワンを守るわ。それと下からのエレベーターを見てくる」
「エレベーターは破壊したんじゃなかったのか?」
「一応は。でも、他に隠し通路があるかもしれない」
「そうか。しばらくしたら俺もそっちにお邪魔するよ」
「協力してくれるの?」
「行きがかり上、止む無く」
「そう。でも私の方は間にあってるから彼等のフォローをお願いするわ」
(やれやれ。軽くいなされたな)
仕方がないのでサァラの好きにさせることにした。
サァラがアンテナ部屋を出たところでダァシンシンが声を張り上げる。
「見えたよ!」
確かに肉眼で豆粒ぐらいの大きさの黒い物体が3つ確認できた。
「おかしいな。ジイサンの情報では4機のはずだが……」
それを受けてリュウが呟く。
「端末の反応は4つ。1台は別行動で上か裏に回ってるんだろうな」
「フン。定石通りだな」
偵察や警戒の為にヘリを飛ばす際は大抵、見張り役のヘリが本体と距離を取って行動する。万が一、本体が奇襲を受けて壊滅した場合にはこの見張り役が応援を要請したり反撃したりすることでフォロー体制を構築しているわけだ。
ダァシンシンが「左端のを狙う」と、宣言した。
「じゃあボクは右端のを」と、リュウが続く。
「なら俺は真ん中のを見てるよ。手ぶらなんでな」
緊張を和らげるつもりでそう言ってみたのだがまったく相手にされなかった。少年達は一瞥をくれただけで穴の外にスティンガーを向けた。
そしてダァシンシンが「お先に!」と、間髪を入れずにミサイルを発射する。
引き金を引く金属音。爆発的に溢れ出る甲高い破裂音。
先端から放たれた物体は、フッと沈んだかと思うとクッと加速し、鎌首をもたげると白く長い尾を引きながら標的へと向かっていった。ミサイルは炎をまといながらヘリまでの道程を細い雲でひたすらに繋ぐ。
ヘリが一瞬、回避行動を取ったように見えた。が、無情にも白の航跡はそこで途絶え、唐突に黒煙の広がりを宙に生み出した。
「当たった!」と、ダァシンシンは思わずガッツポーズをとる。
残された2機のヘリが余韻を残しつつ落下していく黒煙と炎から離れようと分散する。
「させないよ」と、今度はリュウが狙いを定めるような仕草を見せる。
そして2発目が発射…。
今度もまた同じように白い筋が一発目の軌跡と並行するように伸びて行き、急上昇するヘリを下から突き上げた。快晴に恵まれた雪山での撃墜シーン……それはまるで青と白の世界で繰り広げられた黒い花火のように見えた。
(残るは2つ……もう1機はどこを飛んでいる?)
端末表示をアップにしてみる。残念ながら正確な高低差は分からない。が、サポート役のヘリは既にこの真後ろ近辺に回っているようだ。
ダァシンシンが次を用意する為にミサイル・ポッド(筒状の先端部)を交換しようとする。スティンガー・ミサイルは一回発射するごとにミサイルを収めたポッドを全交換しなければならないのだ。が、耐熱手袋をしているせいか作業に手間取っている。
リュウが苛立った口調で彼を急かす。
「早くしろ。ダァシンシン」
「だってこれ、やりにくいんだよ」
「遅いよ。お前」
ダァシンシンがもたもたしている間に撃墜を逃れた目前の敵が向かって左手の山頂に向かって前進していく。もうヘリ特有のプロペラ音がはっきりここまで聞こえてくる。
リュウの方が先に2発目の準備を終えた。しかし、間に合わなかった。
リュウが顔を歪める。
「クソ! 距離が足りない!」
見たところ角度も厳しそうだ。生き残ったヘリは既にこの穴から数百メートル先の山肌すれすれに達していて山頂まで高度を上げようとしているところだった。そうなるとこの穴からは死角に入ってしまう。
ダァシンシンもようやく2発目の準備が出来たらしい。しかし、標的の姿は捉えられない。
(奴等、これからどうするつもりだ?)
1分、2分と厭な感じで待たされる。姿は見えない。が、ヘリの音だけはまとわりついてくる。端末表示ではこの真上に1機…。
少年達はスティンガーでの迎撃を諦めてマシンガンを持ち出した。
「おいおい。君らは戦争しに来たのか?」
それに対してリュウが冷めた目つきでちらりとこちらを見た。それが何か? とでも言いたげな顔つきだ。
「やれやれ。篭城かい」
大げさに首を竦めてみせると今度はダァシンシンが反応する。
「ワンの作業次第です」
「あとどれぐらいかかる見込みなんだ?」
「……分かりません。けど、それまでの辛抱ですから」
「仮に作業を終えたとしてもどうやってここから脱出するつもりだ? こんな山奥で」
「それはサァラが考えているはずです」
ダァシンシンはそう言って笑顔をみせる。だが、常識的に考えればこんな所で包囲網を敷かれたら逃げ場が無いように思えるが…。
その時、リュウが我々の会話を遮った。
「静かに! ……動き出した!」
(何!?)
リュウが叫んでから数秒後、まさに目の前に上からヘリが下りてきた。
「真正面からだと?」
その距離約200メートル。まるで悪魔が降臨するかのようにストライク・ホークはすっと我々の死角から舞い降りた。
そして間髪を入れず、その本体脇で細かな光が発生した。
「伏せろ!」
火の玉が数十発、あっという間に飛来したかと思うと左手のシャッターを破壊した。
……いきなりの機銃掃射。だが、本気でこの辺りを吹き飛ばそうという撃ち方ではない。威嚇射撃なのかもしれない。それでもリュウが居た側の右側シャッターは大穴が開いていた。
続いてヘリは何かを発射した。弾速からして機銃攻撃ではない。
(ミサイル!? いや、これは!)
半壊した右側シャッターの大穴から何かが飛び込んできた。そして激しく煙を撒き散らしながら着弾する。
「催涙弾だ!」
煙の広がり方からそう判断した。クロロホルム特有の甘い香りも混じっている。
(しまった! ここでは逃げ場が無い!)
クロロホルムを嗅いだだけでは直ぐには気絶はしないが吸い込みすぎると致命的だ。慌てて携帯用酸素ボンベを取り出す。高山病対策で用意していた装備がこんな所で役に立つとは思わなかった。目はマルチ・スコープで保護される。だが、酸素ボンベを持つ左手は塞がれている。恐らく敵は正面突破で来るはずだ。
(少年達は……ダメか)
右シャッターの所ではリュウがうつ伏せに、左シャッター付近ではダァシンシンが激しく咳き込んでいる。その足取りは重く今にも倒れそうだ。幸い外気に触れる場所に近いので直ぐに死ぬことは無いと思われる。なので、今は敵の侵入に備えることを優先する。
(全速でやるには狭いな……)
クロック・アップは万能ではない。この状況で銃撃を受けるとなると、どうしても流れ弾や跳弾が出てくる。それなので乱戦は出来るだけ避けたい。穴の入口から入ってくる敵を確実に叩いていかなければ…。
が、甘かった。敵は一斉に穴の入口から侵入してきたのだ。
(バカな!)
マシンガンを持ったガスマスクの兵士が6人。次々と穴に飛び込んでくる。
(ランドセル!)
敵はヘリからこの穴までの空白を「ランドセル(※1)」で埋めてきた。ランドセルを背負った兵士はロケットの力を借りて突入を図ってきたのだ。
一人目がこちらの存在に気付いた!
敵が着地しながら銃を向けてくる。
ダッシュで横に回避、と同時に間合いを詰め、ナイフを敵の喉に突き立てる。
と、その時、背後で低い爆発音がした。奥からだ。
(通路の方か? まさか隠し出入り口があったのか?)
恐らくこれは両面作戦だ。サポート役だと思われたヘリはいつの間にかこの基地の裏手に回り別なルートで基地内への侵入を図ったのだろう。その一方で、正面のヘリは我々の注意をアンテナ部屋に引き付ける。
(クソッ! こっちが手一杯でサァラの方までは……)
気をとられている場合ではない。二人目、三人目に発見されてしまった。止む無くクロック・アップする。
1……左の空きスペースに5歩流れる。
2……そこから斜めに6歩、標的へ向かう。レールを飛び越え残りの距離を詰める。
3……標的の真横に到達。ナイフの先端を標的の喉に当て、ぐっと力を入れる。
(視界が悪すぎる!)
次の標的を見失ってしまった。クロック・アップ中はマルチ・スコープの映像には頼れない。思わぬ障害物に躓いてしまうからだ。
敵が闇雲に撃ってきた。こちらの速さについてこられないようだ。が、下手に乱射されると厄介だ。それに片手だと攻撃し辛い。
(左……いや右から攻めるか)
視界がクリアではないので攻撃までのプロセスをイメージするのに余計な時間を要する。完璧ではないイメージでも場当たり的にやらざるを得ない。
右に6歩、その先に5歩、敵の裏に回って後頭部に刃先を突き出す。
ようやく二人目を片付けた。が、こんな調子で敵を見つけては個別に撃破しなければならないので時間がかかりそうだ。連続で倒すことが出来れば6人ぐらい何ともないのだが…。
結局、6人すべてを片付けるのに3分ぐらい要した。外のヘリの動向と少年達の安否は気がかりだがサァラを援護しなければならない。最後に倒した兵士からマシンガンと通信機、ガスマスクを奪う。そして通路へ。
『おいアンカー! 増援じゃぞ!』
「何だと? 思ったより早いな」
通路に出ると非常灯が消えていた。敵が電源を落としたのだろう。この施設には自家発電設備が整っているようだが…。
『ヘリが12機そっちに向かっておるぞい!』
「参ったな。キリが無いじゃないか」
通路の真ん中あたりに岩が崩れたような跡がある。近付いてみると壁に穴が開いている。
(ここが隠し出入り口だったのか……)
中を覗き込んでみたが同じような通路がどこかに続いているようだ。だが今は先を急がなくてはならない。この穴から侵入した敵がサァラに迫っているはずなのだ。
(銃声か!?)
通路の先の方でマシンガンの銃声が響く。
奥に向かって走る。そしてコントロール室に辿り着いた。入口付近の死体は4つに増えていた。
(残りは中で交戦中か?)
室内に入り様子を伺う。案の定、この部屋は優先的に電気が供給されているようだ。機器の発する細かな光と必要最小限の明かりがキープされている。
部屋を入ってすぐ左手にも死体らしきものがひとつ。その先にもうひとつ。銃声はその先からだ。
「サァラ!」
わざと大声を出して敵の注意を引く。
「サァラ! 無事か?」
コックピットのような巨大装置が、そして兵士の背中が目に入った。
その兵士が対峙しているのはサァラだ。
兵士が何かを突き出すような行動を取った。するとサァラはしなやかな連続バク転でそれを軽く交わす。と、思った瞬間、今度は爆発的な加速で兵士に突進し、勝敗はあっさり決した。
(なんだ。結局、独りで片付けてしまったようだな……)
息を切らすことなくサァラは尋ねた。
「そっちはどう?」
そこで少年達がヘリを2機落としたこと、6人の兵士が突入してきたこと等を簡単に説明してやる。
「リュウとダァシンシンは?」
「穴のところで『お寝んね』してる」
「そう。仕方ないわね」
「それより早速、増援が向かってるそうだ。ここからどうやって脱出するつもりだ?」
「それはワンの作業が終わってから話すわ」
「作業……か」
コックピットに座ってメイン・コンピューターとダイレクトに繋がれる少年は本当に生きているのか怪しいものだ。
「少年達を叩き起こしてこようか?」
「……そうね。時間稼ぎをしないと」
「あとどれぐらいかかる?」
「多分、30分もかからないと思う。あともう少しなんだけど」
この戦力で30分持つかどうか…。
「おいジイサン。敵の到達予定時刻は?」
『約5分、じゃな』
「なんだ。それじゃカップラーメンも食えやしない」
サァラが怪訝そうにこちらの顔を見ている。
「ああ。これか。通信しているんだ。相棒とな」
「増援はどの程度なの?」
「聞かない方がいい。まあ両手の指では足りないぐらいだ」
「そう。頼りにしてるわ」
サァラはそう言って笑った。
(……そんな風に、笑うのか……)
その笑顔はまさに少女のそれだった。見ているこっちが表情を緩めてしまうような屈託の無い笑顔だ。
「頼りにしているだと? 嘘をつけ」
照れ隠しに素っ気なくそう言って横を向く。
その一方で、この後どうしたものか思案した。倒した兵士達の武器があるのでしばらくは抵抗できる。しかし、アンテナ部屋は守り辛い。ステインガーの爆薬を使って通路を塞ぐという手もあるが逆に逃げ場を無くすリスクがある。それに先ほどは催涙弾で済んだが、敵がこの基地そのものを廃棄することになったら次は何を打ち込んでくるか分からない。
(やれやれ。どうしたものか……)
とりあえず少年達を残してきたアンテナ部屋へ戻ることにした。
『マズイぞ! アンカー!』
「……どうしたジイサン?」
『今度は……戦闘機じゃぞい!』
「何だと?」
『ひぃふぅ……5機じゃ。それにヘリが追加で8機』
「まるでバーゲンセールだな。どれだけ戦力を投入するつもりなんだ?」
これは本格的にまずい事になってきた…。
※1「ランドセル」…日本のH工業が開発した携帯型ロケットブースター。基本原理は固体燃料ロケットと同じであるがレーザー技術の発展で制御能力が格段に進歩している。非常に高価なため限られた国の軍でしか利用されていないが、その性能は100キロの人間が使用した場合、最高速度が時速120キロ、最大飛行時間18分を誇る。