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第3話 目的

 小1時間も二人きりで居ながら聴き出せたのは『ナミ』という呼び名だけだった。

 それも本名かどうか怪しいものだ。

 最も仮に彼女にその気があったとしても殆ど会話は成り立たなかっただろう。何しろ後ろでは4つのエンジンが怒鳴り合い、船底はゴツゴツと波を蹴飛し、風はずっと耳元にまとわりついて下手糞な口笛を吹き続けてくれたからだ。

 この1時間の間に彼女の容姿とその内に潜む企みについて思いを巡らせてみた。

(容姿は申し分ない……)

 年齢は20歳前後。軽くウェーブした黒髪は肩まで伸びている。顔立ちはややロシア系。鼻筋は通っているが決して大きすぎず、何より意思の強そうなとび色の瞳が印象的だ。それに体操選手のような体つきながら付くべきところには柔らかな膨らみが付いている。

(さて、どこまで情報を晒して良いものか……) 

 あのタイミングでの登場は映画なら誰も疑問は持たないだろう。が、出来すぎの感は否めない。この女が軍にタレこんだと考える方が自然だ。だとすればなぜこいつは俺の事を知っていたのか? 何時からマークされていたんだろう?

 それになぜ旅客機消失事件を追う? 

 好意的に考えればスクープをモノにしたい女記者という線も有り得なくは無いが、さっきの小型閃光弾といい、この改造ボートといい、どうもその背後に大掛かりな何かが潜んでそうな気がしてならない。

(しばらくは様子見だな……)

 それが世界で一番無難な選択だ。



 港に到着した。今度の港はヨット・ハーバーといった趣だ。

港から陸地にかけては人の気配が無い。明らかに一部の人間がたまにしか訪れないような雰囲気だ。この辺りは海と山の距離が随分と近い。恐らく山肌を削り取ったんだろう。白壁の建物が山の斜面に植えられていて、まるで緑の斜面に歯が生えているようだ。

「ここからは歩きよ」

 彼女に促されて内地へと続く一本道を歩き出す。どこのリゾート地を参考にしたのかは知らないが町の造り自体が完全に成金趣味だ。


*  *  *


 五分ばかり歩いて案内されたのはこれまた無駄遣いの見本みたいな大層な豪邸だった。

「遠慮しなくていいわよ」

「アタシの家じゃないから、か?」

「そうね。何時までも居るわけじゃないし」

「持ち主は?」

「二階でお楽しみよ。違法データのトレース(※1)でラリってるみたいね」

「なるほど」

 彼女はリビングから出て行くとしばらくして缶ビールを2本手にして戻ってきた。

「ビールでいい?」

 そう言う彼女はビールしか持っていない。それでは選択の余地など無い。

 ビールで喉を潤してから尋ねた。

「で、商談というのは? 日本製の中古品は割高だぜ?」

 すると彼女は一瞬だけニッと笑みを見せ、すぐさま表情を引き締めた。

「一緒に探して欲しいの。出来る限りのことはするわ」

「……結論は同じって訳か。そもそも何で俺に目を付けた?」

「事件発覚から四時間後にはパイロットの情報を集めてたから」

 そうか。そういうことか。やはり口止め料をケチるのは止めた方がよさそうだ。

「たまたまこの国に来てたんでね。興味が湧いたのさ」

「そんなこと信じると思う? 貴方ほどの調査員が偶然この国に居たなんて」

「買いかぶるなよ。俺はしがないジャンク屋さ」

 それを聞いて彼女は疑るような目つきで呟く。

瞬身しゅんしんのアンカー」

 その名を知っているとなると……ますます厄介だ。 

「確かに。お察しの通り俺は別件であの旅客機にちょいと用があった。だが、まさかあんな事になるとはな」

「でも、すぐに気づいたんでしょ? 旅客機は墜落していないって」

「そう言うお前さんはなぜアレを追っている?」

「それはお互い聞かないことにしましょう。見つけるまで協力するってことでどう?」

 確かにこちらの目的を晒す必要は無さそうだ。とはいえそれでは彼女の目的も分からない。しばらくは手探りだな…。

「いいだろう。で、そちらの情報は?」

「旅客機の乗客名簿。ただし所有端末の識別コード付きよ。ほぼ全員分の」

「ほお。確かにそれは使えそうだ」

「それより貴方の見解を聞かせて欲しいものだわ。もしかしたらそれで犯人の目星が付くかも」

「犯人……ということはお前さんの見立てではテロってことかい?」

「テロではないわ。陰謀よ。それも恐らくは『バベル』の仕業……」

「バベル?! ……初耳だな」

 今現在、世界には巨大な秘密組織が二つあると言われている。が、個人的にはそんなものは信じていない。少なくとも今までのキャリアの中でその存在に触れたことは無い。

「この国の軍を手足のように動かせる連中よ。連中なら旅客機を消すことが出来るはず」

「分かった。そういうことなら俺の情報と照らし合わせる必要があるな……」

 ここからは駆け引きだ。


【用語】

※1トレース 被験者の脳に直接電気信号を送ることで他人の記憶を体感できる装置。海馬やA10神経細胞等に刺激を与えてドーパミンを過度に分泌させる為、国によっては麻薬と同様の扱いとなり法律によって規制される。

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