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第29話 告白

 ナミが身体を起こしてくれと言うので、枕を縦にしてそこにもたれかかるような姿勢にしてやった。が、そのままでは乳房が露出してしまうのでガウンを肩からかける。

「ありがとう。一度外してしまうと自分では何も出来ないの……」

そう言って頬を赤らめる彼女は普通の女の子といって何ら差し支えない。

 話を聞くのにベッドに腰掛けたままというのも何なので椅子をベッドの脇に引っ張ってきて彼女と向き合う。

「いいぞ。じゃあ聞こうか」

「うん」と、小さくひとつ頷いて彼女は自らの生い立ちから語り始めた。

「ジェーン・ギデオン……前に言ったかしら。本当の名前は」

「ああ。覚えてるよ。変わった名字だなと思った。ヨーロッパの出なのか?」

「そう。祖父が伯爵家の血を引いているそうよ。今となっては関係ないけど」

「家族は?」

「みんな亡くなったわ。私が11歳の時に。父、母、妹……交通事故よ」

「そうだったのか。ひょっとして君もその時一緒に?」

「そうよ。私だけ生き残ってしまったの」

「この時代に交通事故とは……」

すべての自動車にSCセフティ・コントロールを搭載することが義務化されて半世紀がたつというのに不幸な事故は無くならない。

「相手は違法車に乗っていたの。上院議員の息子だって。有り得ないスピードで突っ込んできたわ」

「酷い話だ」

「意識が戻った時はすべてを失ってたわ。家族も。手も足も。何もかも……」

 そう言って彼女は目を伏せた。その時のことを思い出してしまったのだろう。

枕元の薄明かりが淡々と彼女を照らす。

「孤独だったわ。親類は居なかったし、学校の友達も面会させてもらえなかったみたい。病室に来るのは弁護士だけだったわ」

「弁護士?」

「ええ。加害者の弁護士。というより弁護団ね。それから父の知人だっていう弁護士。両方とも最低だったわ」

「大体、想像は出来るな。被害者そっちのけで賠償金の相談というわけか」

「そうよ。父の知人は賠償金のほとんどを持ち逃げしちゃったんだけどね。でも私にはまるで興味が無かったわ。加害者は憎かったけれど」

「加害者は罰せられたんだろう?」

「それがどんな裁判をしたのか知らないけど数年で出てきちゃったわ」

「やれやれ。この国の裁判制度はどうなっているんだ」

「結局、私は病院を放り出された後、行くところがなくて施設に入れられたの。でも、どこの施設にも敬遠されたわ。たらい回しよ。仕方がないけれど」

 彼女は「仕方ない」と言うがあまりにも惨い話だ。手足を失った天涯孤独の少女に誰も手を差し伸べてやらないなんて…。

「一番酷かったのは『マスコミに紹介してもらえば誰かに助けてもらえるかもしれない』って言った教会系の施設ね。絶対に嫌だって断ったけど」

「何のための宗教だ。実に嘆かわしい」

「それで最終的に助けてくれたのが神父様だったの」

「黒神父か」

「黒?」

「いや。勝手にそう呼んでるだけだ」

彼女が怪訝そうな顔をする。

「どういう意味?」

「表向きは神父だが裏では秘密組織を牛耳っているから。気を悪くしたなら謝る」

「……別に怒りはしないけど」

そう言って彼女は少し考えるような表情をみせた。そしてポツリと漏らす。

「でも、私も時々分からなくなるわ。神父様の教えが本当に正しいのかって」

「……その迷いはいつから?」

「最近よ。それまでは何の疑問も持たなかったわ。神父様の言う通りのことを一生懸命こなしながら育ったから。毎日、必死だったし」

「あの『仕込み刀』も神父サマの希望か?」

「……そうね。神父様が用意してくださった手足はどれも最高級の物だったけど普通の物じゃなかったわ。人を傷つける道具が仕込まれてるなんて最初は変だなって感じてたけど、そのうち自分に求められている役割はそれしかないんだって考えるようにしてきたわ。今から思うと神父様は最初からそのつもりで私を拾って訓練してたのかもしれないけど……」

「訓練は厳しかったのか? 義手と義足を使いこなすだけでも大変なのに」

すると彼女は苦笑いを浮かべる。

「厳しいなんてものじゃなかったわよ。あれに比べれば軍隊の訓練なんて子供のお遊戯だわ」 

 訓練の厳しさがどれ程のものかは見当がつく。例えば、車の運転の件だ。B国ではじめて会った時、彼女は改造車を平気で運転していた。普通に考えれば、交通事故で生死を彷徨った経験のある人間なら誰でも恐怖心やトラウマを持つはずだ。しかし、彼女は平然と、いやむしろ命知らずともいえる無謀な運転を披露してくれた。今となって思うと、あの乱暴な運転は「いつ死んでも構わない」と覚悟した上でのものだったのか…。

「今でも神父に恩義を感じているのか?」

「多少はね。神父様は手や足を与えてくださった方だし、身寄りの無い私を実の娘のように可愛がってくれたから」

「おいおい。普通、実の娘に殺し屋まがいの真似はやらせないだろうに」

「それはちっとも気にしないわ。あの頃の私は神父様の期待に応えることが唯一の希望だった。それに事故の事とか人の冷たさとか色んな事に絶望してたから」

「すべて神父の言う通りか。確かにNYで会った時、神父の前では随分と神妙だったな」

「絶対服従なのよ。傍から見たらただの『操り人形』だけど……」

「そういえばチョビ髭大佐が君の事を『ドール』と呼んでいたな」

 彼女が黒神父の『人形』だということは妙な連想をさせる。それは裸同然の彼女を目の前にしているせいかもしれない。

(何だ? この厭な気分は……俺は嫉妬しているのか?)

 それはあまり歓迎すべき類の感覚ではない。そのような感情はこの身体の宿命に気付いた時に捨て去ったはずだ。それなのに彼女が黒神父に弄ばれている姿を想像して勝手にイラついている自分に心底、嫌気が差した…。

「え? ……何?」と、彼女が上目遣いでこちらの表情を伺おうとする。

「いや……何でもない」

「どうしたの?」

「気にするな」

「……もしかして大佐から何か聞いたの?」

「いや。確かに奴とはB国で会ったが……」

彼女は眉を顰めて微かに首を捻った。

「もしかして大佐と同じ誤解をしてるんじゃない? 私の身体が『おもちゃ』にされてるとか?」

「な……そ、そんなことは」

図星だ。情けないことに顔に出してしまった。

彼女はそれを見てやれやれといった風に軽くため息をついた。

「やっぱりね。でも、言っておくけど神父様は若い頃に去勢なさってるのよ。トップ・シークレットだけどね」

「去勢……だと?」

 それを聞いてほっとしている自分が情けない…。

「どうしてそんな風に考えるのかしら。男の人って。だいたい、こんな身体の女なんて……」

 彼女は、はじめ幾分、怒ったような表情で首を傾げ、続いて寂しそうに俯いた。その言葉の後に続く言葉は彼女に口からは発せられなかった。そのせいで「そんなことないさ」と、言えない自分の思いは行き場を無くしてしまう。

 駄目だ。話題を変えよう…。

「そもそも君らの組織の考え方というのはどういうものなんだ?」

「そうね。簡単に説明するなら」と、彼女は前置きして言葉を選んだ。「神に召される為に出来るだけの準備をしなければならないってとこかしら」

「出来るだけの準備……か。それは神父個人の教えなのか? それとも……」

「組織の考え方よ。正直、私には理解できないっていうか、ついていけないというか」

「君達のベースはキリスト教なんだろう? ただ、原理主義も行過ぎるとただのカルトだが……」

「カルトではないと思うわ。自信はないけど」

「問題は何を準備しようとしているかだな。具体的には何の準備をするつもりなんだ?」

「さあ。それは私には分からないわ。そもそも私なんて組織の末端の人間よ。神父様だって幹部には違いないけど『上のお方』は他にいるようだし、組織の規模とか実態とかはまったく知らされてないのよ」

「まあ、かなりデカいことだけは間違いないな。でなきゃ最新鋭の戦闘機をタクシー代わりに乗り回すなんて芸当は出来まい」

いったい、どんなスポンサーがついているのか教えて欲しいものだ。

(キリスト系の巨大秘密組織か……)

 チャンの話にヒントを得て、あれから『ヘヴンズ・エントランス』というカルト教団が『ヘーラー』のルーツではないかと思って少し調べてみたのだが、まず彼等の特徴を一言で表現するなら『神に選ばれる為に個を捨てよ』という教義を徹底的に実践した集団であるということだった。その実現の為に彼等は集団生活を営み、その果てには捨て去るべき『個』とは『器』すなわち肉体であると解釈して自ら命を絶った。彼等が好んで用いた『アセンション』という概念は、メンバー全員が同時に肉体を捨てることで肉体から解放された『精神』が一体化・進化し、神に召還されるに相応しい存在になれるというものであったらしい。恐らくその末路だけをクローズ・アップすれば、彼等は単なる過激な集団ということになろうが、その一方で「天に召される為に何かをする」という考え方そのものは宗教上、別に特異なものではない。要は程度の問題なのだ。

また、このカルト教団に関係した人間が『ヘーラー』を作ったのではないかという視点でも調べてみたのだが、結論として断定は出来なかった。確かにこの教団には彼等が2012年11月に集団自殺する直前に破門された残党が居た。その数少ない生き残りの中でもサイモン・スプリングフィールドという学生はその後も教団の教えを独自に改変しながら宗教活動を続け、それなりの信者を獲得したと記録されている。しかし、サイモン本人は40年前に亡くなっており、また彼の信者達がその後、表立って活動していたという記録も無い。それなので、サイモンの教えが『ヘーラー』という組織に何らかの思想的な影響を及ぼした可能性は否定できないものの、逆に彼の信者がヘーラーに関わっているという証拠もない。

(黒神父が去勢しているというのは、まさに『ヘヴンズ・エントランス』の考え方そのものなんだが……)

 カルト教団の思想がそれなりに浸透しているということは、やはりそれだけ世間は病んでいるのだろう。資本主義経済の終焉、もはや手遅れである環境問題、要因は幾つかある。しかし、最大の問題は個々人の中で『諦め』が『希望』を駆逐してしまうことだ。あと何年後に終わるのかは分からない。が、近い将来に駄目になるのは間違いない。その漠然とした不安が世界に蔓延しているのだ…。

 そういえば彼女はティンバーのカフェで「私たちは『ラスト・クロップ』なの」と言っていた。その辺りを彼女にぶつけてみる。

「前にラスト・クロップという言葉を使っただろう。それは種馬の最後の世代という意味じゃないかと指摘したら君はそれに近いと答えた。つまり、君達の組織は、もうすぐ世界が終わると信じているのか?」

 すると彼女は「ええ」と、力強く頷いた。

「じゃあ聞くが、それとサァラにどんな関係があるんだ? 君はサァラを『miracle crop』とも呼んでいたが、奇跡の作物とはどういう意味だ?」

 その質問に彼女は少し考えてから答える。

「さっきも言ったように私は末端の人間だから組織のすべてを知っているわけではないわ。でも組織の目的達成の為にはあの子の身体が必要なのよ。サァラ・タゴールはあなた以上に特別な遺伝子を持っているから」

「俺と同じ細胞を不死化するDNAか……」

「そうよ。あなたのDNAの特徴はテロメアが特殊なこと。簡単に言えば制限無く細胞分裂を可能にするスペックを持ってるってことよ。だから全身がいわゆる「不死化細胞」なのよね」

「よく調べたな。俺もその事実を知った時はピンとこなかったよ。医者に全身が『がん細胞』で出来ているようなものだと言われてもな」

「ただ決定的に違うのは、あなたのDNAは一代限りだけど、あの子のDNAに含まれるテロメアは他人のテロメアに影響を及ぼすことができるのよ。それも遺伝ではなくて、移植によってね」

「な、なんだと……」

 何という事だ! そんな事があり得るのか?

 そもそもテロメアというのはDNAの末端を保護する蓋のようなもので、DNAそのものが毀損したり不安定化することを防いだりする。また細胞の老化や不死化をコントロールするのもこのテロメアの役割だ。

「恐らくあの子のテロメアは他人の細胞に移植されるとその人のDNAに同化して細胞を不死化させるんだと思うわ」

「同化するだと? サァラのDNAは他人のDNAに寄生してその一部に成りすますとでも言うのか?」

「そうね。それに近いかも。そこがあなたのDNAと違うところよ」

「バカな。テロメアにそんな運動機能があるとは思えないが……」

「テロメアにはタンパク質をコントロールする力があるでしょ。だったらあの子のテロメアは移植された先で新しい環境に適応する為にDNAを書き換えていると解釈できるんじゃないかしら」

「DNA、それもその一部であるテロメアがまるで生物かウィルスみたいに自らの存在を守るような動きをとるだと? にわかには信じがたいが……」

「それだけ彼女のDNAは特殊なのよ。しかも相手を選ばない。万能なの」

「だとしてもそれが……待てよ!」

 読めた。なぜヘーラーがサァラを狙っているのかが。

「組織の目的はiPS細胞だな? サァラのテロメアをiPS細胞に移植してから再生治療の要領で培養するつもりなんだろう」

「そういうことでしょうね。あなたのような身体を欲しがる人間は沢山いるわ」

「まさか! ……まだ試した訳じゃないだろう。誰でも俺のような身体になるだと? そんな空想じみた話……」

 神話などにおいては特別な生き物の血を飲んだり肉を食べたりするとその者は不老不死となるというものがある。その生き物は人魚、ユニコーン、フェニックス、ドラゴンと、その時代その場所によって異なるが、それはあくまでもフィクションだ。

「だからあの子は奇跡のクロップなの。何百億分の一の確率で生まれる奇跡の遺伝子」

「そんなバカな……」

(不老不死を手に入れる為。それがサァラを必死で追う本当の理由だと……)

 彼女は神妙な顔で続ける。

「過去に一人だけ、あの子と同じ奇跡のDNAを持つ人物が存在したわ」

 その言葉に思わず目を見開いた。

「なに!? だ、誰だそれは?」

 すると彼女は誰もが知るその名を口にした。

「ジーザス・クライスト」

「な!? ……イエス・キリスト……だと?」

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