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第27話 共同戦線

 ナミは入口のところで腕組みしながらこちらの様子を伺っている。

 ゆっくりしていられないという彼女の言葉に疑問を持った。

「どういうことだ?」

「何者か知らないけど攻撃を受けてるのよ。ワタシの部下が上でドンパチやってるわ」

「攻撃? なぜ君等が攻撃されるんだ?」

「こっちが教えて欲しいわよ。目撃情報を辿ってここまで来たらこのザマよ」

 我々がクロウリーに接触していたのがバレたのか? それなら相手は軍かCIAだ。

「ねえ。どういうこと? この会社は何なの?」

「さあな。会社概要を調べてみればどうだ?」

「ケチね」と、口を尖らせると同時に彼女が振り向きザマに発砲する。

 それに呼応するかのように銃声と銃弾が跳ねる音が飛び込んでくる。

 彼女は扉の陰に隠れて応戦した。

 様子を見るために入口まで移動したものの、このままでは援護できそうにない。

「予備の銃は無いのか?」

「無いわ。でも意外ね。あなたでも銃を使うの?」

「時と場合による」

「それよりいつもので片付けてくれないかしら」

「無茶言うな。こんな狭い廊下で出来るわけ……」

「うンっ!」

 敵の弾道が彼女をかすめたように見えた。

 端末でジイサンに依頼する。

「ジイサン! 部屋の入口を閉めてくれ!」

 それを受けて分厚い扉がゆっくり閉じられる。その間にも2、3発流れ弾が飛び込んできたが、敵が廊下を突っ切ってくる気配は無い。

「扉を閉めたところで一時凌ぎだが……」と、話しかけようとしてギョッとした。彼女が左腕を押さえて険しい顔をしていたのだ。

「当たったのか?」

「みたいね」

 血は出ていない。

 右手をあてがっている箇所は左の二の腕付近だ。彼女の両腕が義手か機械手だということは気付いていたが…。

(肩から下が義手ということか……) 

 彼女は軽く息をつくと閉まった扉を眺めながらボヤいた。

「……敵は続々と集まってるみたいね。どこから湧いてくるのかしら」

「奴等がこれだけ張り切っているのは多分、クロウリーのせいだ」

「クロウリー!? それって……」

「この会社はクロウリーに関係しているんだ」

「嘘でしょ? あの子たちはそれを知っててここに現れたとでも言うの?」

「他に何がある? 健全な青少年が興味を持ちそうなものがこの会社にあるとは思えんが」

「……信じられない」 

 そう言ったきり彼女は絶句した。クロウリーがどういうものなのかはそれだけ十分に理解しているのだろう。

「どうりで……ね。とんだ『とばっちり』だわ」

「タイミングが悪かったようだな」

「参ったわ。完全に囲まれたようね」

「だが、ここに篭城したところで何の解決にもならんな」

「さっき応援は要請したけど……遅いわね」

 そう言って彼女は端末を取り出してどこかに連絡する素振りをみせた。

「大佐。応援はまだなの?」

(大佐? 大佐というのはひょっとしてB国で遭遇したあのチョビ髭の……)

 彼女は少し苛立ったような表情でまくしたてる。

「早くして! このままじゃ全滅よ。完全に囲まれてるわ。敵も素人じゃないし。え? ワタシの居る所? 目標地点の地下よ。足止めされてるの。え? ……いいわよ」

 彼女はしぶしぶ端末をシナプス社のホスト・コンピューターに向けた。するとしばらくして8つあるモニターのうちの一つが反応して画像が切り替わった。

 そこに現れた顔は、やはりB国軍兵士ごと自分を蜂の巣にしようとした男だった。ついでに言うとミサイル一発分の借りがある相手でもある。

 モニターに写るチョビ髭は相変わらず趣味の悪いベレー帽を被っていた。

『ほほぅ。なんだ。箱だらけの部屋じゃないか。妙な所に逃げ込んだものだな。で、標的はどうした?』

「一足遅かったわ。情報が古かったみたいね」

『フン。標的は見逃すわ敵に囲まれるわで散々だな。ん?』

「言い訳はしないわ」

『おや? 後ろのお前……』

 チョビ髭が自分の存在に気付いたらしい。

「その節は世話になったな」と、社交辞令で挨拶する。

 それに対してチョビ髭大佐はニヤリと笑う。

『そうか。そいつは好都合だ!』

 それを聞いて彼女が眉を顰める。

「大佐は今どの辺りに……」

『あと9分でそっちの上空に到達する。フム。アレを持ってきて正解だな』

 大佐の言葉に彼女は一瞬、首を捻ってから何か思い出したようだ。

「まさか!」

『掃討作戦は豪快でないとならん。オレはチマチマした作戦が嫌いでね。分かるだろう?』

(おいおい。B国でのやり方を見てれば想像できなくもないが……)

 彼女がモニターを睨む。

「建物ごと吹き飛ばすつもりね」

『フフン。すぐ楽にしてやる。幾ら神父のお気に入りでも……もうお前は用済みだ。それにそっちの厄介者も消せるとなれば一石二鳥だ』

「そう。大したお手柄ね。後始末が大変だろうけど」

『何とでもほざけ。さらばだ。ドール!』 

 その台詞と同時にモニターが消えた。

 試しに尋ねてみる。

「つまりあのオッサンは敵を片付けるついでに我々の墓穴も掘ってやると言いたかった訳だな? 見かけによらず随分、サービスが良いんだな」

 彼女は首を竦める。

「みたいね。バンカー・バスター(地下貫通爆弾)でも積んでるんじゃないかしら」

 手元端末でバンカー・バスターを検索すると『GBU-70F』と出てきた。何でも10m前後のコンクリートを貫通して地下施設を破壊する為の爆弾だそうだ。

「あのオッサン、とんだ浪費家だな。早くクビにした方がいいぞ」

「前からそうなのよ。今度、上司に進言しておくわ」

「それがいい」

 するとそれまで黙っていたヘンリーが「ちょっと待ってよ!」と、立ち上がった。

「な、何で2人ともそんなに冷静なんだよ! 死ぬかもしれないんだぜ。怖くないの?」

「……別に」

 その台詞が重なった。

 思わず顔を見合わせる。

 彼女の目を見る。まるで澄んだ泉の水面のような、ゆらぎの無い瞳だ。

 その潔さ、諦めの良さに妙な笑いが込み上げてきた。

 それが彼女にも伝染する。

 意味も無く笑い合う我々に蚊帳の外だったヘンリーが訴える。

「ちょっ、何、笑ってんのさ! 諦めちゃったのかい? 何とか脱出方法を考えようよ!」

「いやスマン。何も考えてない訳じゃないんだ」

そう断っておいてから部屋の奥を指し示す。 

「ジイサンが作業している間にこの部屋の中を回っていて気付いたことがある。この部屋の奥にでかいケーブルがあった。おそらく壁の外に繋がっているんだろう」

 部屋の奥へ移動して改めて問題の箇所を検証する。

 奥の壁には穴が開いていて、そこからケーブルが何十本も吐き出されている。

「何よこれ。全然スマートじゃないわね」

「表に見える部分は小綺麗にしていても裏を返せばこんなもんだ」

 熱心にケーブルを観察していたヘンリーが何かを思い出したようだ。

「もしかしたら……これって外部に繋がってるかも! 確かこのビルから300ヤード離れた所に太陽光発電があるんだ。この会社もそこから電気を引いてるはず!」

「それにしては太すぎない?」 

 確かにナミの言う通り壁から出ているケーブルの束は全部合わせると直径30cm近くにもなる。

「いや。他のケーブルも混じっているんだろう。例えばクロウリーの中継基地にデータを送る専用回線とか」

「うん。その可能性は大だね。でも、これをどうしようっていうんだい?」

「こいつを引っこ抜いて壁の向こう側に行く」

「このケーブルを? 無理っぽいよ」

「いいわ。下がってて」

 そう言って彼女が右腕を振り上げた。そしてそれをケーブルに向かって振り下ろし、稲でも刈るような動作をみせた。時折、火花が跳ねる音が混じる。

「お見事」

 そうとしか言いようの無い手際だ。もし、今のをまともに食らっていたら自分はB国でカラスの餌になっていただろう。

 壁から出ていたケーブルはナミのブレードですべて切断された。

 ヘンリーが彼女の腕を見て悲鳴をあげる。

「ひょっ! そ、そ、それは?」

 彼女が右手の甲から伸びたブレードをチラリと見て澄ました顔をする。

「どう? 便利でしょ?」

「ど、どうなってるんだい……」

 ナミの義手に仕込まれたカラクリを見たら誰でもはじめは驚くだろう。

 彼女は刃を納めながら次の作業を促す。

「さ、行くわよ。早くこのケーブルをどけて頂戴」

 言われるままに、まずは切断されたケーブルをヘンリーと手分けして次々と穴の向こう側に押し込む。これで丁度、壁に穴が開いた形となる。

 穴に首を突っ込んで光を当ててみる。思ったよりは隙間が大きい。

「何とかいけそうだ。少し前進していったん下がる形になるな」

穴から顔を出して二人に尋ねる。

「誰から行く? ここはひとつレディ・ファーストということで」

 この期に及んで後ろからブスリということは無いとは思うが、あのブレードを見せられた後で無防備に尻を晒すほどの勇気は自分には無い。

「いいわ。それじゃ遠慮なくワタシから」

「俺が続く。君は最後でいいな? この中では君が一番太っているからな。途中で詰まったら困る」

「ああ……そりゃ、しょうがないけど、あと時間はどれぐらい残ってるんだい?」

「あと2分ぐらいかしら」

 そんな彼女の冷静な答えにヘンリーが慌てふためく。

「だ、だ、だったら急がないと! 早く行ってよ!」

 あまり勿体ぶってヘンリーをパニックにしてもいけないのでナミを促す。

「さ、奥へどうぞ」

 彼女に続いて狭い穴をくぐる。

 匍匐前進の要領でナミはケーブルを押しやって隙間を広げながら前進していく。自分もそれを真似して前へ進む。

 前方で彼女が声をあげる。

「ねえ、ケーブルが下に向かってるんだけど?」

「下りられそうか? 多分、そこがメンテ用の通路に繋がっているはずだ」

 丁度その時、ジイサンから朗報がもたらされた。

『アンカー、設計図があったぞ! うまくいけばその部屋の奥から外に出られるかもしれんぞい』

「……貴重な情報、ありがとよ」

『ん? なんじゃ。その冷めたリアクションは』

「遅かったな。たった今、モグラの真似事をしているところだ」

『ああ、そうか。そりゃスマンかった』

 しかし、ジイサンから転送されてきたデータには、この辺りは計画的に作られた区画でケーブルや水道を地下で集約していることがはっきり示されていた。そして期待していた通り、彼女が降りた縦穴がまさにその地下ネットワークに通じていたのだ。

 先に縦穴に降り立ったナミが横穴を照らしながら安堵する。

「何とか助かったみたいね」

 自分も降りてみると高さ2メートル、幅は1メートルぐらいの細長い横穴が左右に伸びているのが分かった。壁はコンクリで出来ている。

 ワンテンポ遅れてヘンリーが尻から落ちてきた。

 と、同時に猛烈な爆音と地響きが近くで起こった。立っていられない程の揺れ。

「走れ!」

 彼女の背中を押しながら、足元を踏ん張って前へ進む。

 背後では何かが落下してくる音がする。熱気を帯びた空気を背中に受ける。

 一瞬、炎が迫ってくるかと思ったが熱気はすぐ収まった。

 ……どれぐらい走ったろうか?

 明かりで照らす余裕も無く、とにかく横穴をいけるところまで進んだ。

 もういいだろうと思って走るのを止めた。

「……本当に落としてきやがったな」

 ナミはすっかり息が上がっていた。

「……そういう……奴よ。……前から、大嫌いだったわ」

「自分の上官が好きな人間が世の中に居るのか?」

 すると彼女が息を弾ませながらもたれかかってきた。

(……ん?)

 様子が変だ。ライトで彼女の顔を照らす。

(真っ青じゃないか!)

 彼女の身体を支える左手に粘性を帯びた触感が伝わる。

「血!?」

 手探りでその出所を探す。いつの間に怪我を負ったんだ? 恐らくこれは衣類から染み出しているのだろうが、この状況では確認できない。

(まさか今の爆発ではないだろう。だとしたらさっきの銃撃戦か?)

「歩けるか?」

「……何とかね」

 そう言う彼女は辛うじて自力走行が可能な状態のようだが足元は覚束無い。

「背負ってやろうか?」

「……よしてよ。歩けるわ」

 ナミに肩を貸してやる。狭い通路なのでほとんど後ろから彼女を抱きかかえるような格好になる。

 丁度、後方からヘンリーが追いかけてくる。

「おうい! 待ってくれよう……」

「なんだ。無事だったのか」

「酷いよ。置いていくなんてさ。天井が崩れてきて大変だったんだから」

 彼はナミの状態を見て目を丸くした。

「え? 彼女どうしたの? まさかさっきの爆発で?」

「いや。撃たれていたのを我慢していたらしい」

 とにかくここでほっとしている場合ではない。


  *  *  *


 横穴を抜け、地上に出ると爆発の影響で辺りは大騒ぎになっていた。

 粉塵が酷くて視界は良くない。怒号とサイレンが鳴り響き、警察や消防、報道の車が現場を取り囲んでいる。

 ヘンリーは車が気になるので現場に残ると言うが、この様子では恐らく彼の車は巻き添えを食ってバラバラになっているだろう。

 この混乱に乗じてタクシーを拾ってホテルに戻ることにした。

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