第26話 狙われた男
翌朝、早速ジイサンから情報がもたらされた。条件に合致した男が居るというのだ。
その男が現れるはずだということで朝の7時から二十四時間営業のスーパーで待機している。店の片隅に設けられた赤と黄色でおなじみのバーガー・チェーンは何時間でも居座ることが可能だが、子供番組のスタジオみたいな雰囲気は自分のような年配者にはやや居心地が悪かった。
待ち伏せする相手の名は『ヘンリー・ホイットマン』43歳。システムエンジニア。郊外の住宅街に一人暮らしをしているという。勿論、本人は経歴を隠しているので彼がクロウリーに関わっていたかどうかは定かではない。
(この30%というのは当たりの確率か……)
辛抱強く待つこと二時間半、幹線道路に面した駐車場にお目当ての車が侵入してくるのが目に入った。ジイサンが指定した車種だ。
時計を見ると9時半を少し過ぎていた。
「遅いぞ。待たせやがって……」
別に待ち合わせをしているわけではないので文句を言う筋合いではないが。
「ジイサンよ。やっこさん来なすったぞ」
ジイサンは寝起き丸出しの様子でのん気に答える。
『おう。やっと来たようじゃな』
目的の車が駐車場に停止。しばらくして男が降りてきた。
端末の映像と見比べてみる。
「……間違いないようだな」
ヘンリー・ホイットマンは実年齢より若く見えた。小太りであまり背は高くない。膝下まですっぽり隠れるモスグリーンのロングコートに旧型のマルチ・スコープらしきゴーグルを装着している。
彼はしきりに周囲を警戒しながらゆっくり店の入り口方面に向かった。
それを見届けてから自分も席を立ち、店の出入口に向かう。
「随分、落ち着きの無い奴だな。挙動不審だぞ」
『人付き合いは苦手らしい。外に出るのはスーパーでまとめ買いする時ぐらいだと』
「そうなのか? だとしたらよく調べたな。なんで今朝ここに来ると分かったんだ?」
『いや、まあ、たまたま……ちょっとな』
「随分歯切れが悪いな」
珍しくジイサンが言葉を濁す。しかしその理由は程なく分かった。なぜなら駐車場に停まっているワンボックスから降りてきた男達が目に入ったのだ。明らかに場違いな3人組の構成はアラブ系2名に東洋系が1名。皆、それなりに目つきが悪くそれなりに服装のセンスが悪かった。とても仲良く食料を買出しに来た雰囲気ではない。
自分が店の外に出た時、ヘンリー・ホイットマンはまだ200メートルほど先に居た。さらにその後方100メートルに怪しい3人組が続く。
それを見てピンときた。
「ひょっとしてあいつらの情報をそのまま拝借してきたんじゃないのか?」
『まあ、そういうこともある』
「おいおい。これじゃ奴等の計画と被ってしまうだろう」
『実は奴ら前回も前々回も拉致に失敗しているようなんじゃ。で、今回は念入りに下調べしておったみたいでの』
「奴等、何者だ?」
『そこまでは分からん。だが、成功すれば大金が入るとは言っておったが……』
「少なくともプロではないな。あんなに殺気を丸出しにしていたら動物園の象にだって警戒されてしまうだろうよ」
標的にされたヘンリー・ホイットマンはキョロキョロしながらゆっくりと歩いている。それを追うように3人組が標的までの距離を詰め、二手に分かれる。たぶん挟み撃ちにするつもりなのだろうが、まずい攻め方だ。というよりマルチ・スコープを着けている標的にはとっくに察知されていることが分かっていないのだろうか。
突如、標的は入口とは違う方向に向かってダッシュした。
標的の後方につけていたアラブ人が慌ててそれを追う。
東洋人はどう動いて良いのか分からずに慌てふためいている。
もう一方のアラブ人が先回りを試みるが、標的は途中で直角に曲がり、駐車してある車の間を巧みにすり抜ける。そしてその先には彼の車が待機している。来た時は違う場所に停めてあったはずなのに…。
(うまい! 駐車位置をオート運転で変更していたのか!)
少し距離を取りながら彼等の追いかけっこに付き合ってみたのだが、ここまでは標的の方が上手だ。
が、敵も諦めない。別な方のアラブ人がタッチの差で標的の前に立ち塞がった。
対峙する2人。どちらかといえば銃を手にしているアラブ人の方がオタオタしている。単に余裕が無いのか経験が浅いのか…。一方の標的はコートのポケットをまさぐっている。
(ここで撃ち合いはマズいな。仕方ない……)
2人の位置までは車3台分…。
1……停車中の車を避けて前へ5歩。
2……4歩進んで左肘をアラブ人の側頭部に当てる。
3……右手でアラブ人の銃を払い、残りの敵の位置を確認。
4……近付いてくる東洋人に向かって5歩、カウンターで右膝をわき腹に食らわせる。
5……右の手刀で首筋に追い討ち。振り返ってもうひとりのアラブ人の動きを見る。
(危ない!)
7……ヘンリーの襟首を掴んで引き倒す。と同時に立ち上がりながら距離を測る。
8……手前のボンネットに飛び乗り、隣、そのまた隣の車を踏み台にして距離を詰める。
9……最後のジャンプで腰を捻り、貯めた力で半回転の蹴り。敵の頭を刈る。
これで完了。一発だけ撃たせてしまったが標的は無事だ。
見ると標的が腰を抜かした状態で目を丸くしている。
「す、凄いな……でも助かった」
標的の手を取って立たせてやる。
「取り敢えずここを離れるぞ。車に乗せてくれ」
* * *
運転しながらヘンリーが尋ねてきた。
「アンタもパスワード狙いかい?」
「……パスワード?」
「いや。違ったのなら済まない。昨日の子たちと同じかと思って」
「昨日の子達? それはC国人の女の子か?」
「……そうだよ。ひょっとして知り合いかい?」
「まあ、そんなところだ」
(遅かったか……)
昨日の時点でサァラはこの男に接触していたのだ。
ヘンリーは指先で鼻を擦って呟く。
「凄い子だったな……あんなの初めて見た。アンタの動きも凄かったけど」
「どういう状況で彼女達と知り合ったんだ?」
「さっきと同じさ。実は昨日も買出しを邪魔されてね。さっきの連中に。それを助けてくれたんだ」
「ほう。で、今日も買い損なったと」
「そうだね」
「狙われているのが分かっているなら配達を使えば良いのに」
「だね。だけど配送は怖いから。爆発物やら毒やらが仕込まれてるかもしれないし」
「信用できる人間に頼めないのか?」
「そんな友達とか家族とかが居ればいいんだけど」
「しかし、一般人の君がなぜそこまで危険に晒されてるんだ。一体、何をしたんだ?」
「別に。二ヶ月前に会社をクビになるまでは只の勤め人だったさ」
そう言ってヘンリーは鼻水をすすり、指で鼻を擦った。
ずばり核心を突いてみる。
「クロウリーだな? 君が前の会社をクビになった理由は」
「……お察しの通りさ。後悔してるよ。余計なことに首を突っ込んでしまったって」
彼が勤めていたエドモンド・シナプス社はクロウリーの運用に間接的に関わっていたらしい。どうやらクロウリーは完全分業で運用されているらしく、何百もの会社または団体がそれぞれの役割を担っているという。よって、ひとつひとつのユニットは完全な下請けか孫請けで単体では何を行っているのかがまるで分からない。それら全体がひとつにまとまって初めて意味を成す仕組みだというのだ。
「中には自分達がクロウリーに関わっていることを知らされていない人間も多いんだ」
ヘンリーはそう言って首を振った。
それは意外だった。国家機密に等しいクロウリーの運用を幾ら分業とはいえ民間会社に委託するとは…。逆転の発想といえば聞こえは良いが大胆な策に違いない。
「けどね、本体のスペックは桁違いだと思うよ。うちの会社がやってた演算だけでも相当に複雑だったから」
「その本体はやはり軍の施設内にあるのか?」
「たぶんね。ただ、普通の基地ではないと思うよ。恐らく公表されてない中継基地がどこかに存在してるんだと思う」
「で、君の予想は?」
「ロッキー山脈のどこかだと思う」
「その根拠は?」
「アンテナが必要だろ? だってクロウリーは空の上にあるんだぜ」
「なるほど。ダイレクトで受けるにしても他所から割り込まれないようにするには、なるべく高いところの方が望ましいということか」
「あの子も同じことを言ってたな。大した子だよ。まだ十代に見えたけどね」
「十四歳だと聞いている」
「へえ! そうなんだ。けど何でそんな子がクロウリーの基地を探っているんだろ?」
「さあな。確かめたいことがあるらしい。恐らく、校長先生の頭の『てっぺん』でも確認したい年頃なんだろう」
するとヘンリーは「は?」と、こちらの顔をアホ面で眺めた。
(ここは笑うところだろう。やれやれ。冗談の分からない奴だ)
気を取り直して尋ねてみる。
「それで大体の見当はついたのか?」
「いいや。とてもじゃないけど無理。はじめは挑戦してやろうと思ったんだ。エンジニアの端くれとしてね。けど甘かった」
「具体的には何を?」
「自分のパートをこなしながらこっそりスパイウェア(スパイ・プログラム)を送り込んだ。組み立て式でね。少しずつ少しずつパーツを送ったんだ」
「なるほど。スパイウェアを送り込んで本体から情報を発信させようとしたわけか。ただし、一時に送ると弾かれる可能性が高いから組み立て方式で工夫したと」
「そう。それでも何度も失敗したさ。で、やっとひとつだけ送り込むことに成功したんだ。でも、肝心な本体情報がまるで流れて来なかった。というよりボクの技術じゃそれを拾えなかったんだ」
「そうこうしてるうちにクビになったというわけか。そういえばさっきパスワードがどうとか言っていたな」
「ああ。それね。スパイウェアのパスワードだよ。あの子たちが挑戦したいから教えてくれって言ってきたんだ」
「で、教えたのか」
「教えたよ。ストレートに聞いてきたから、かえって清々しい感じだったし」
何が『清々しい』だ。こいつは単にサァラが気に入っただけじゃないのか?
「そうか。なら案内してもらおうか。君の元勤め先に」
「え? 今からかい? 嫌だよ」
「面倒なことになってもいいのか?」
「ど、どういう意味?」
「さっきの奴等は下っ端だ。だがコテンパンにやってやったから敵も本腰を入れざるを得ない。つまり、このままじゃ済まないってことだ」
「い、嫌なこと言うなよ。そんなこと……」
「いいや。流石に下っ端が殺られたら敵も本気になるだろうよ。なんなら今から戻って試しに止めを刺してみようか?」
「ダメ! ダメだって! 止してくれよ!」
「なら黙って俺に付き合え。エドモンド・シナプス社までな」
「酷いな……それじゃ脅迫じゃないか」
「いいや。これはれっきとした交渉だよ。なぜなら選択肢を与えたじゃないか。命がけで戦うという選択肢を」
それを聞いてヘンリーは観念したのかそれ以上は文句を言わなかった。
(何だ。話せば分かる奴じゃないか)
* * *
年始ということもあって人の気配はまるで無い。当然のようにエドモンド・シナプス社も閉まっていた。周りには個性的なビルが点在している。中には明らかに狙いすぎのものも混じっているがそれらの建物は、まるで程々に距離を取りながらおのれの個性を見せ付け合っているような印象を受ける。所々に配置されている植木にはまんべんなく雪が被さっていて、頭を押さえつけられた緑達は一様にうんざりしているように見えた。
ヘンリーの案内でシナプス社の社員出入口に向かう。
当たり前のことだがここも開いていない。ヘンリーがシャッター脇の装置と監視カメラを見比べて(ほらね)といった風に首を竦める。
「ご覧の通りさ。ボクはクビになった人間だからね。当然、中には入れない」
「そっちはそうかもしれんがこっちは違う。俺はクビになっちゃいない」
「はい? 何を言って……」
シャッター脇の認証システムに端末をかざすこと数秒。シャッターが舞台の幕のようにスルスルと開いた。これぐらいのセキュリティなら楽に騙せる。
「え? 嘘だろ!」と、ヘンリーが目を丸くする。そして怪訝な顔をする。
「アンタ何者だい?」
「通りすがりのジャンク……」と言いかけて「怪盗だ」と訂正した。
それを聞いてヘンリーは首を捻る。
(ここは笑うところだろう。やれやれ。やっぱり冗談の分からない奴だ)
* * *
誰に咎められる訳でも無く堂々と中に入る。
無人の廊下には非常灯しか点いておらず、窓から入る明かりが無ければ昼なのか夜なのか判別が出来ないだろう。
「で、ホスト・コンピューターはどこだ?」
「え? ああ、そこを左に曲がるとエレベーターがあるんだ。それで地下2階に」
ヘンリーの案内でB2に下りる。
エレベーターの扉が開くと一段と殺風景な廊下とのっぺりとした壁が現れた。
次のルートを促すとヘンリーが自信無さそうに答える。
「たぶん、奥の扉がそうだと思う」
「たぶん?」
少し咎めるように言うとヘンリーが言い訳する。
「こ、ここには一回しか来たことが無いから……」
暗い廊下を道なりに進む。他に部屋は無さそうだ。
(ここで行き止まりか?)と、思った場所がどうやら最深部のようだ。
「これはまた金庫の扉みたいだな」
呆れるほど大げさな扉が行く手を妨げている。その脇には当然のように認証システムのモニターがこちらを睨み付けている。試しに先程と同じように端末をかざしてみた。すると突然、警告音が発せられた。
「や、や、ヤバイって!」と、ヘンリーが後ずさりする。
「問題ない。外には伝わらないから」
「な、なんでそんなに冷静なんだ? 直ぐにガードマンがすっ飛んでくるぜ!」
「大丈夫だ。監視システムはお休み中だ」
「はあ? どういうこと……」
「入口で一杯飲ませただろ? 強烈なのを」
ようやくそれでヘンリーも理解したらしい。入口の認証システムが読み込んだのはジイサン特製の幻覚剤だったのだ。これを喰らうと大抵のシステムはまるで夢遊病患者のように表面だけ活動している状態に陥るのだ。
「しかし、流石にここのは簡単にはいかないようだな」
「そりゃそうだよ。ここは企業秘密の宝庫だもの」
「所詮、民間レベルのセキュリティだ」
その気になればこの端末ひとつで銀行の金庫ぐらいなら開けられる。仮に軍などの特別仕様のシステムが相手だったとしても、ジイサンに遠隔操作して貰えばそれも恐らく突破できるだろう。ジイサン曰く「現代のセキュリティは電子化に頼りすぎている」よほど昔ながらの『鍵』みたいに物理的な物の方が厄介だというのだ。それは同感だ。
「これでどうだ」
もう一度、端末をかざしてみる。が、またしてもこちらを威嚇するような警告音が発せられた。
「意外に手強いな。ならこれで……」
今度のはかなり強力だ。今までのが『目くらまし』だとすれば、こちらは直接メイン・システムに侵入して積極的に操るタイプなのだ。
「ほら開いた」
所要時間25秒。
ヘンリーがしげしげと端末を眺めながら感心する。
「マジで凄いね。そんなのどこで売ってるんだ?」
「AKIHABARA(秋葉原)」
「ええっ! 本当かい?」
「冗談だ」
分厚い自動扉を経て室内に入る。
即座に照明が点き、空調が動き出した。どうやら我々をゲストと勘違いしているらしい。さっきまでの拒否反応とはえらい違いだ。まるで他人を寄せ付けない番犬が人懐っこい犬ころに生まれ変わったようだ。
「この調子だとケーキとコーヒーが出てくるんじゃないかな」
冗談はさておきホスト・コンピューターの中心部に向かう。
高層ビルのような箱型が立ち並ぶ中で一箇所だけスペースが開いていて、そこに戦国武将の兜のような黒い塊が鎮座していた。その正面には8つのモニターが、それと向かい合うような格好でイスが配置されていた。おそらくこの席で作業を行うのだろう。
(これは……)
見るとコントロール席の足元にお菓子の袋が散乱している。
「どうやら先客が居たようだな」
それを聞いてヘンリーが振り返る。
「え? それってもしかして昨日の子たちが?」
「ああ。遠足に来たらしい」
そう言ってゴミの山を示す。チョコレートやらマシュマロやら甘いものばかりだ。
ヘンリーがカップ麺の食べ残しを見つけた。
「ねえ。ひょっとしてこれも……」
「どれ。……まだ乾燥しきっていない。昨日の夜に侵入したか」
恐らくサァラ達は昨夜のうちに目的を達成したに違いない。ヘンリーが仕込んだスパイウェアを使ってクロウリーの基地がある場所を特定することに成功したのだろう。そうなるとこちらもグズグズしていられない。
「ジイサン。こいつが見えるか? どこに端末を繋げばいい?」
しばらくしてジイサンが返事をする。
『そうじゃの。まずは向かって右の真ん中あたり……そう、そのRJK3のところに1番を繋いでくれ。で、2番は……』
ジイサンの指示に従って自分の端末と予め用意していたサブユニットをセットしていく。
『さてと。そんじゃ始めるとするか』
ここからはジイサンの独壇場だ。我々は待つしかない。
「ジイサン。いけそうか?」
『当たり前じゃ! ガキどもには負けられんワイ』
ジイサンが作業に集中している間、ヘンリーは物珍しそうにモニターを覗き込んではため息をついた。30分ぐらいはジイサンの仕事ぶりを観察していた彼は、とうとう諦めたように首を振った。
「参ったね。レベルが違う。とてもじゃないけどついていけないよ」
ヘンリーの説明によると、クロウリーの基地にある本体から大量に放出された命令はランダムに振り分けられダミーを織り交ぜながら一方通行で下請け会社に送られてくるという。この一方通行というのがミソなのだそうだ。下請け会社はその時に流されてきた命令だけを淡々とこなす。そしてその結果を来た時とはまったく別なルートで送り返す。これも一方通行で、送る先もその都度異なる。そしてそれらの結果は幾つかの会社を経由して基地の本体に流されてくるのだが、これも本体側の入口に特殊なフィルターがかけられていて余計な情報はカットされる。最終的にはこれらの結果が本体に集約・再構築されてクロウリーは制御されているというのだ。
その解説を聞いて思った。
「なんだか血液の流れみたいだな……」
本体の心臓から出た血液が動脈を通って体中を巡り、最後には静脈を通って戻ってくるのを連想したのだ。
「そうだね。もしかしたら人間の身体をモデルにしてるのかもね。セキュリティーも人間の免疫システムを参考にしたっていう噂だし」
「それにしても何でわざわざこんな手間のかかる仕組みにしているんだ? 自前で処理すれば良いものを」
「確かにね。けど、たぶん攻撃された時のことを考えてるんじゃないかな」
「一箇所に集中しているとリスクが大きいということか? だが、リスクを分散したとしても下請けが多いということは、どこかひとつが欠けてしまったら……」
「それは当然考えてるみたいだよ。ひとつの命令に対して最低でも5回以上は色んなところに同時に演算させて、最後に戻ってきた答えを照合してるようだから」
「ひとつやふたつ欠けたところで問題は無いと。それに間違った解答、例えば悪意のあるものなども排除できるというわけか」
なるほど良く出来たシステムだ。各国のスパイがこぞってクロウリーの秘密を暴き、あわよくば自国の為に利用しようとしてことごとく失敗するわけだ。
ジイサンが作業に取り掛かって4時間が経った。時計を見ると15時を回っている。ジイサンがこれだけ苦労するのも珍しいことだ。
「どうだいジイサン。今日中に終わりそうか?」
そう声を掛けてから10分後『お! やったぞい!』と、いうジイサンの声。
「やったなジイサン。ごくろうさん」
『しかしなあ……ちょっと悔しいのう』
「何が? 中継基地の場所は特定できたんじゃないのか?」
『いや。あの子らの中にはとんでもない天才がおるんじゃな』
「サァラ達のことか。どういうことだ?」
『あの子らの痕跡が無ければこうはいかなかったろうよ。ワシ独りでゼロからやろうとしたら恐らく一週間は徹夜だったろうな』
「……そんなに大変なのか」
ヘンリーも隣で口をぽかんと開けている。
「あの子たちそんなに凄いの? いったい何者……」
「我々とは住む世界が違うんだろうよ」
サァラ達の場合は単なるエリートではない。C国が極秘裏に推進する国家プロジェクト、さしずめ『超人計画』とでもいおうか…。
『ま、何とか中継基地のポイントを掴んだんで表示するぞい』
地図に表示された場所はまさにロッキー山脈の中央だ。こんな険しい山岳に基地があるとはにわかには信じられない。
『ロシアのスパイ衛星『スミヤノフ』の映像を拝借したのがこれじゃ』
映像を見た瞬間、憂鬱になった。解像度はいまひとつながらその場所が絶壁にあることが一目で分かったからだ。
「やれやれ。山登りの趣味は無いんだがな」
『この時期に登山するのはあまりに危険じゃぞ』
「しかしこれで分かった。なんであんなまどろっこしいシステムを採用しているのかが」
それを聞いてヘンリーが興味を持つ。
「そ、それってどういうこと?」
「中継基地は断崖絶壁にある。ということは大規模な設備は望めないということだ。つまり本体を極力、身軽にするためなのさ」
「ああ、なるほど……」
どうりで誰も手出しできないわけだ。だが、サァラ達はここを目指している。
(やれやれ。お守りする人間の身になって欲しいものだ……)
「さてと。そろそろ引き上げるか……ん?」
油断した!
何者かがこの会社に侵入していることに気付いた。この会社のセキュリティ・システムは完全に掌握していたので外への警戒を怠ってしまったようだ…。
「また、あなたなの?」
聞き覚えのある女の声にゆっくり振り返る。
「お互いに一足遅かったようだな」
「そのようね。まったくあの子たちはいつもこちらの想像を超えてくるわね」
「同感だ」
「ところでそちらの方は? 新しい相棒なの?」
「いや。ここの元社員さ」
「そう。本当はここで何をしてたのかゆっくり聞きたいところだけど……そうもいかないみたいよ」
そう言ってナミはやれやれといった風に首を振ってみせた。