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第2話 ハード・ドライブ

 苦手な奴に『借り』を作るのは気分が悪いものだ。が、相手が美女なら話は別だ。貸しでも借りでも悪い気はしない。なので取り敢えず礼を言っておく。

「助かったよ。まるで図ったようなタイミングだ」

「……」

 一言多かったような気もするが楽しいドライブを続ける為には、はっきりさせておかなければならない。

「なぜ俺を助けた? どういう魂胆だ?」

「……商談のためよ」

「商談……ねぇ。で、こちらのメリットは?」

「あなたが持っていない情報を持ってるわ」

 なぜこの女が消えた旅客機の情報を欲しがっているのかは分からない。

 もう少し探りを入れる必要がありそうだ。

「まあ、いいだろう。だがその前にアレを何とかしないと」

 いつの間にかバックミラーに映る車両の数が増えている。仲間を呼んだか。

 彼女はチラリとそれを見て「わかってるわ」と、景気良くハンドルを右に切った。

 次の瞬間、床下でガコッとつんのめるような音と同時に強い遠心力に尻が持っていかれそうになる。

 結構なスピードを維持したまま住宅街の細い路地に突っ込む。彼女に迷いは無いようだ。

 見たところSC(※1)は付いてない。もし、SCが付いていたらとてもこんなスリリングな運転は出来ないはずだ。ということは改造車か。

 路地を抜け、車は急速に左折する。

 少し進んでまたわき道へ右折。そして左折。

 右に左に忙しい。彼女はまるで発見したわき道を片端から試そうとしているようにも思える。

 追っ手をまくために我々の車は右に左に迷走した。

 そしてようやくまいたと思いきや…。

 彼女がミラーをチラ見して呟く。

「やはり簡単にはいかないわね」

 その言葉通りに追跡してくる車両が増えていた。いつの間にか警察の車両まで混じっている。

「アウェイでは分が悪いわ」 

 やはり連中には地元の利がある。これでヘリまで出てきたら逃げ切れる可能性は限りなくゼロになる。

「どうやら今さら下ろしてくれとは言えない雰囲気になってきたな」

「悪いけどもう少し付き合って。今片付けるから」

 そう言いながら彼女は胸ポケットからペンを取り出した。右手にハンドル、左手にペン。

 彼女はペンの先端をくわえてキャップを引き抜くと左手でカチカチとどこかをいじって、それを運転席の窓から後方へ放り投げた。

(何だ?)と思ったのも束の間。次の瞬間、まばゆい光が炸裂した。

(閃光弾?!)

 あんな物でこれほど強烈な光を出せるとは! 

 おかげでこっちも少し光を食らってしまった。

「ちょっと眩しいわよ」

「すまんが先に言ってからやってくれ」

「それは失礼」

 その顔つきにはちっとも悪気が無い。

「やれやれ。で、連中は……」

 振り返ると追跡者達の足並みがまるでカーレースのスタート時のようにバラバラになっていた。

 しかし閃光弾の効果は確実にあったようで目をやられた運転者が続出したせいか、敵の追跡は緩んだように思える。

「さて。問題はどこで何に乗り換えるか、だな」

「問題ないわ。手配済みよ。ただしちょっと近道するけど」

 なるほど。逃走ルートと手段は確保済みということか。それだけ用意周到となると、やはりこの女…。

 進行方向にやたらと低いトンネルが目に入った。

(こんなトンネル何に使うんだか……)

 てっきり右か左に避けるものとばかり思った。が、彼女がハンドルを切る気配はない。それどころか逆にアクセルを吹かせる始末だ。

「このまま行くわ。頭下げて!」

「な! 無理だ!」 

 慌てて身を屈める。と同時に轟音と共に暗闇に放り込まれ、フロントガラスの破片が降ってきた。火花と悲鳴のような金属音の競演が頭上で繰り広げられる。

 時間にすればほんの10秒ぐらい。だが、とても正気ではいられない。

 次に明かりに包まれた時には流石にほっとした。

 車が停止するのを待って恐る恐る顔を上げる。

 トンネルを抜けるとそこは小さな港だった。

 潮の香り、穏やかな波の音。牧歌的な光景とは対照的に嵐の止んだ車の助手席で命の存在をかみ締める。なかなか出来ない体験だ。

「まさかオープンカーに改造する為にわざと突っ込んだんじゃなかろうな」 

 何のトンネルかは知らないが高さ制限が厳しすぎる。おかげで車の上半分が見事に吹き飛んでしまった。

「さ、ここで乗り換えよ」

「車はここで乗り捨てか? フン。屋根をすっ飛ばしたのが無駄になったな」

「別にいいわ。アタシの車じゃないし」

「なるほど」

 彼女の導きで桟橋に停泊中のボートに乗り込む。他に小さな漁船が八つばかり停泊中だが人の気配は無い。

「これも改造か」 

 我々が乗り込んだ二人乗りボートにはエンジンが四機付いていた。これも事前に用意していたようだ。

 彼女がエンジンを回している時に丁度、ジイサンから連絡が入った。

『よお! 無事か? アンカー』

「……なんとかね。危うくカツラの世話になるところだったよ」

『随分派手に逃げ回ってたようだが? 上から見ると消毒液を浴びたゴキブリがのた打ち回っているみたいだったぞ』

「酷い言われようだな。俺が運転してた訳じゃないぜ」

『連れがいるのか?!』

「ああ、次はクルージングに案内してくれるそうだ」

『……そうか。まあせいぜい気をつけるこったな』

 相変わらず他人事だと思ってのん気なジイサンだ。そんな事は言われなくても分かっている。B国軍に目をつけられてしまったのは想定外だが、どのみち近いうちにやり合わなくてはならない相手だ。これはさほど問題ではない。

(むしろ問題はこっちだな……)

 この女の正体。もう少し様子をみるつもりだが一体…。


【用語】

※1 SCセフティ・コントロールの略。2024年以降生産の自動車に搭載することが義務付けられた安全運転の機能。運転者の居眠りやよそ見、速度超過などを機械的に制御する。


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