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第19話 漆黒の森

 走る。走る。ただ、ひたすら前へ。

 漆黒の闇を切り取る明かりに向かってひた走る。風を置き去りにして。

『バカな! また反応が……』

 突然、ジイサンのすっとんきょうな声が入った。

「どうしたジイサン。急に大きな声を出して」

『いやな。見間違いかと思ったんだが……間違いない。お前さん達が追ってるお譲ちゃんだがの。端末を使っておる!』

「何? この状況でか? それじゃ居場所が奴らに……」

『どうやら移動しながら通信しとるようじゃ』

「ジイサン。そっちで見てる映像をこっちにもくれ!」

『よしきた!』

 我々の会話にチャンが口を挟む。

「どういうことなんです? 敵はサァラ達の端末情報を拾って追跡してるんですよね?」

「ああ。しかし、なぜ自らの居場所を教えるような真似を……」

 マルチ・スコープの左側で位置を確認する。我々の現在地は青い三角で表示されている。その35キロ先に国境に最も近い町がある。その町から少しずつ離れていく緑の三角形が4つ。それに向かうように8時の方向から6つの赤い三角! 

赤の物体は衛星で拾ったエネルギー反応を表しているのだが、その移動速度からするとジイサンの報告通りヘリである可能性が高い。

 緑の三角形は国境に向かっている。だが……道を外れている?

「ジイサン! サァラ達はどこに向かってる? この先は国境ゲートじゃないぞ」

『川と……森じゃな。ぽつんと森が広がっておるわい』

 地図を拡大してみる。確かに荒地の中にぽつんと森がある。まるで大海原の無人島のような具合だ。その森の右側に沿うような形で川が流れている。

「森を突っ切って行くつもりか? ジイサン! 森の先から国境まではバイクで行けそうな地形か?」

『ちと待ってくれい。ウウム。山岳地帯には違いないが……直ぐには出んぞ。クロウリーなら簡単に高低差も出せるんだろうが』

 さすがのジイサンでもクロウリーに侵入する訳にはいかない。他の衛星ならちょくちょく映像を拝借することが出来てもクロウリーは別格だ。

『出たぞい! こりゃ車は厳しいが、バイクならなんとか行けるかもしれん』

やはり、サァラ達はこれを狙ってモトクロス用のバイクを購入したのだろう。しかしそのコースを取ることで車での追跡は逃れられてもヘリまではやり過ごせまい。だとしたらなぜ居場所を知られてしまう危険を冒して端末を使う?

(……いや! 逆だ!)

 これはサァラ達の狙い通りなのかもしれない。

「まさか! 誘い込んでいる?」

 その言葉にチャンが驚いて尋ねる。

「ど、どうしたんです? 誘いこむって? サァラ達は何を?」

「端末を使えばいずれ敵が追ってくることは計算済み。恐らく自分達が追跡されていることも気付いているはず。あとは国境に辿り着くまでにどう障害を取り除くか……」

「む、無茶ですよ! だ、だ、だって相手は武装ヘリなんでしょ?」

 サァラ達の端末機能は不明だがちょっとでも警戒していれば追っ手の存在に気付くだろう。ましてやこんな辺鄙な所で…。

「森に逃げ込めば直ぐには捕まらん。だが、そこで迎え撃つつもりだとしたら……危険すぎる!」

「早く行きましょう! サァラを助けなくちゃ!」

「バカを言え。俺達が行った所で何の助けになる? 相手は武装ヘリだぞ」

「そんなこと言ったってサァラが危ないんですよ! なんとかしてくださいよ!」

 もしも追っ手がナミの一味だとすればサァラの命を奪うような真似はしない……とは思う。少なくとも彼女はサァラのことを『大事なミラクル・クロップ』と言っていた。しかし相手があの残酷なチョビ髭大佐だとすると……その保証は無い。

「ジイサン! ヘリのスペックはまだ分からないのか?」

『これ以上は無理じゃ! 情報が少なすぎる。B国軍じゃないことは確かなんだが』

 武装ヘリの戦闘力を把握したところで何の対策にもならないことは分かっている。しかし…。

(いったいどうするつもりだ?)

 このままのスピードで行けばあと15分ほどでサァラ達には追いつく。が、その前にヘリの方が彼女達に追いついてしまう。

(それまでに森へ入れるのか? ギリギリだ)

「まだですか! もっとスピード上げてください!」

「これ以上は無理だ。どのみち奴らの方が先に追いつく」

「そんなのダメですっ!」

「お前が駄目と言っても……」

こんなスピードで舗装されていない道を爆走するのは自殺行為に近い。下手をすればどこが道なのかさえ判別できない。それでも集中しながら暗闇に突っ込んでいく。頼りはマルチ・スコープの表示だけだ。

(川!?)

辛うじて進路を調整して古い石橋へ誘導する。これを見過ごしていたら危うく川にドボンするところだった。とにかく川を越えれば森まではあとわずかだ。

「あ! 森が! 森が見えてきましたよ!」

 ここからでは目を凝らしても夜の森は黒山のようにしか見えない。

「ああっ! あの光は!」

 後ろでチャンが騒ぐ。

見れば分かる。複数のライトが低空で移動している。合わせて爆音が響いてきた。

ヘリの集団、と思われる光と音の群れは迷うことなく森の上空に侵入していく。

 スピードを維持したまま森へ向かう。足元は益々不安定になり、ハンドルを押さえつけるのも一苦労だ。

前方の黒い輪郭が視界に広がっていく。夜の森はまるで今にもこちらを飲み込まんとするクジラのように見えた。

 流石にこの速度では突入出来ない。急ブレーキをかけながら木と木の隙間にタイヤを差し込む。その途端に次の障害物が目に入る。

右へ左へ、ライトの前に次々と現れる木の幹を必死に避ける。

枝が次々と高速ハイタッチを求めてくる。

落ち葉が執拗にスリップを誘う。

根っこがしきりにタイヤを跳ね上げようとする。

(駄目だ!)

 このバイクでは限界だ。深く入れば入るほど前への推進力が奪われる。これではサァラ達に追いつくどころか離される一方だ。

 いったんバイクを止めてサァラ達の位置を確認する。

(……おかしいな)

マルチ・スコープの表示から緑が消えた。それに対して赤はいつの間にか分散して陣形を整えている。速度は落としているようだ。

(降下ポイントを探しているのか?)

もし、サァラを捕らえるのが目的なら奴らは必ず兵を投入してくるはず。その為には一度はヘリを降下させなくてはならない。

「アンカーさん! あれ!」

 チャンが指差す方向を見ると上空に一等星よりふた周りぐらい大きな赤い光。レーダーと比べて位置を把握する。

(意外と近いな。迂回するか)

 左前方に少し段差が厳しいが雑草が少な目の場所を発見した。

「よし。もうちょっと近付いてみるか。いくぞ!」

「お手柔らかに」

「あまり喋らない方がいい」

「何で?」

「舌を噛む」

 バイクを急発進させる。加速の力を借りて段差を越えようとしたが、勢い余って飛び石が水面を跳ねるように車体を持っていかれてしまう。バイクごと倒れないようにするには何度も足で地面を蹴飛ばさなくてはならない。そのうち靴底が磨り減ってしまうに違いない。とにかくバイクにしがみつきながら道を掻き分け、赤い光に近付いていく。

(もうすぐだ!)という所まで来て、またもや行き場に迷って足止めを食らってしまった。

(おや!?)

マルチ・スコープに再び緑の表示が出た。意外な事にここからそう遠くない場所に反応がひとつ。他の3台は北西へ移動している。

(二手に分かれたのか?)

 1台だけ止まったということはこの辺りでゲリラ戦を仕掛けて敵を足止めさせるつもりなのだろうか。しかし相手のヘリは6台。しかも既に先回りされている。

「ツーリングはここまでだ」

 バイクはここで諦めることにした。

慎重を期して周りの様子を伺いながらゆっくりと前進する。恐らく敵も地上に兵を降ろしているはずだ。いつ遭遇してもおかしくはない。

「少年。準備はしておけ」

「はい」と、頷いてチャンがスプレー缶を取り出す。そして軽くそれを振ってから顔をしかめる。

「もうあんまり残ってないや」

「またそれで眠らせる気か? イザという時は殺す気でやらんと殺やられるぞ」

「でも、ぼくには……」

「格闘技は習わなかったのか?」

 その問いにチャンは答えなかった。

 我々に武器は無い。基本はクロック・アップでの回避だ。

が、迷った。多分、この子には無理だ。B国軍基地を脱出した時とは訳が違う。あの時は油断している相手を不意打ちすることで何とかなったかもしれないが今回は違う。敵は殺したくない。でも守りたい。それはきれいごとに過ぎない。サァラを助けたい一心だけではどうにもならないだろう。

(チャンをここに残すか……)

 そう思って後ろを振り返らずに伝える。

「殺す覚悟が無いなら……ここで待ってろ」

 返事は無い。チャンがどういう表情をしているかは想像できた。彼が何を考え、どういう行動を取るのか、それは分からない。が、草を掻き分ける音は途絶えることなく自分の後について来る。

 その時、前方で怒号と光の点滅が! あの音は自動小銃…。が、それは数秒で収まった。

(近い!)

 ……が、その後の静寂が不気味だ。誰かが発砲したということは敵がサァラ達を発見したと思われるのだが。

 マルチ・スコープを暗視・赤外線モードに切り替えて音のした辺りをズームしてみる。しかし、木々が邪魔になって人影らしき物体はキャッチできない。

 ザッ、と背後で草が乱暴に踏み潰される音がした。

 驚いて振り返るとチャンではない何者かの姿が目に入った。

(しまった!)

 よく見るとチャンよりふた周りほど大きな体格の主がチャンの頭を片手で掴んで木の幹に押し付けている。

(3倍速掌底で頭を狙うか……)

 右手に力を貯め、ダッシュ体勢をとろうとした矢先だった。

「チャン? チャンじゃないか!」

「え? ダァシンシン!」

 という会話が聞こえた。その場違いで奇妙なやりとりを聞いて動きを止めた。

「チャン! なぜ君がここに?」

「僕しか残らなかったから……あの人に連れて来て貰ったんだ」

 チャンがこちらの方を見たのでダァシンシンと呼ばれた大柄な男もこちらに顔を向けた。やけに上半身の発達したいかつい少年だ。坊主頭に眉間の深いシワが特徴的だった。

彼はチャンに尋ねる。

「味方なのか?」

「うん。サァラを敵から守る為にここまで追って来てくれたんだ」

「そうか。君がそう言うなら信じるよ」

 マルチ・スコープの集音センサーが反応した。9時と2時の両方向からこちらに向かってくる物体あり、と出た。

「奴らが来るぞ。再会を喜び合うのはその後だ」

 二人に声を掛けて迎撃の体勢をとる。迎撃体勢といってもせいぜい心の準備をするぐらいなのだが。

「俺とチャンは2時からの敵を叩く。君は9時方向の敵を静かにさせてくれ」

 大柄な少年は自信ありげに手の甲で鼻の下を擦る。

「いいですよ」

 二手に分かれようとした時、先に9時方向の敵が我々に接近してきた。

そして叫んだ。

「投降しろ!」

 その距離、50m前後。

 少年は迷うことなく走り出した。そしてジクザグに跳ねながら標的に近付き、あっという間に一撃を加えたようだ。敵は発砲することなく静かになる。この少年も大柄ながら動きは中々のものだ。それに跳躍力が凄い。まるで3段飛びの陸上選手のようにジャンプする。しかも大して助走もせずに、だ。

(感心している場合じゃないな)

 右斜め数十メートル前方で別な連中の怒号が響く。

「そこに誰か居るのか! 撃つぞ! 出て来い!」

 その声はちょっと上ずっている。仲間がやられたという情報は彼らにも入っているのかもしれない。

 が、ここは敢えて心を鬼にしてチャンをいかせることにした。

「チャン。お前が行け。だがスプレー缶は置いていけ」

 そう言って代わりに、こぶし大の石をチャンの手に握らせた。

「……そ、そんな」

 チャンは情けない程にうろたえた。そして哀願する。

「許してください……僕には無理です」

 土壇場にきても駄目か。というより、この子には根本的に向いていないような気がした。

 チャンをけしかけるのは諦めて敵に向き直る。

(1、2、3人か。左から順番に……)

 イメージを浮かべる。あの木とその先の木を縦に左から回り込んで最初の敵を叩く。

 敵との距離が縮む。標的があのポイントに到達したらスタートだ。

(来た! 1……)

 1……6歩で手前の木の裏へ。

 2……さらにその左手の木へ。盛り上がった根っこはジャンプで越える。

 3……標的の右側から近付き、右の掌底を首とヘルメットの間に打ち付け!

「ぎっ!」と、首を曲げながら標的が呻く。

 そのままスピードを緩めずに右へ流れながら次をイメージする。

二番目の標的は仲間がやられたことに気付いた様子。その隙に畳み掛ける。

 1……標的の左側から接近。

 2……すれ違いザマに左の手刀を首筋に打ち込む。

 3……標的の横をすり抜け5歩先へ。すかざす反転。三番目を視界に捉える。

 三番目は状況が掴めずオロオロしている。仕上げは後ろからの急襲だ。

 1……姿勢を低くしながら反時計回りに標的の死角から背後へ。

2……方向修正、標的の背後に向けて直進。

 3……左ひざを突出し標的の腰にぶつける。吹っ飛ぶところに追いついて右腕で首をフック。体重をかけて地面に叩きつける。 

 ……終わった。

右腕に残るは骨を砕いた時の名残り。その感触は何度経験しても気持ちのいいものではない。

 この一部始終をチャンは目を逸らさずに見ることが出来ただろうか。残酷なようだが殺さなければ殺される。修羅場というものは冷酷に人を分類するものなのだ。

(銃声!?)

 振り返ると背中をこちらに向けた兵士らしき姿が2つ。

(あの方向には誰も居ないはずだが?)

 チャンと少年は後ろに居るはず。不思議に思ってダッシュする。

「ぎゃっ!」「ぐぎっ!」

 ほぼ同時に悲鳴が発せられた。

思わず足を止め、マルチ・スコープの暗視・赤外線モードを解除した。

目を閉じてゆっくりと数を数える。目を開けて暗闇に目を慣らす。

視界を支配していた漆黒が徐々に薄れ、草木の輪郭が黒く縁取られていく。

無の世界のように辺りは静まり返り、時は息を潜めた。

見られている、という気配。

……無言で互いの存在を探っている状態か。

(間違いない……)

 その落ち着き、殺気、雰囲気。冷たい感触が背筋に触れる。手探りの空間に居ながら確信した。今、目の前に対峙している人物。

「……サァラ・タゴール」

 自然とその名を口にしていた。


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