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第17話 陽動作戦

 準備が整ったところで作戦を決行する。

「少年、なかなか似合うじゃないか」

「ちょっと止めてくださいよ。何で僕がこんな格好を……」

「そうボヤくなよ。サマになっているぞ」

「だって恥ずかしいですよ。女装なんて」

「心配するな。知人に会わなければ大丈夫だ」

「そりゃそうですけど……何でアンカーさんが白衣で僕はスカートなんですか!」

 お世辞抜きにチャンの女性看護士姿は板についている。元々華奢な体つきのせいかピンクの制服を着ているととても男には見えない。ちょっと目の悪い患者なら間違って恋心を抱いてしまうかもしれないレベルだ。

しかし本人はあまり乗り気ではなさそうなので少し言い聞かせる。

「いいか。この作戦の成否はお前さんの演技力にかかってる。とにかく役になりきることだ」

「分かりましたよ。その代わりヤケクソでやらせてもらいますからね!」

「いいだろう。熱演を期待してるよ」

 そろそろB国軍の体制も慌しくなってくる頃だ。この5分あまり彼らの通信をチェックしたところジュニーニョ隊はすでにこの建物の出入口すべてを抑えていて応援部隊を待っているようだ。また、突入予定時刻はイチ・マル・ニ・マル時、つまり10:20ということも分かった。それに兵士達のだいたいの配置も把握している。正面玄関に3人。裏の非常口、職員出入口、中庭への出口にそれぞれ2名。肝心の急患口には2人。あとはトラックに隊長込みで3人といったところだ。が、作戦中は端末が使えないので通信を傍受するのはここまでだ。

「さてと。我々も始めるとするか」

 ここで一旦、チャンとは別れて4階の給湯室を目指す。

消灯された院内の廊下を早足で進む。ところどころから音が漏れてくるのはまだ起きている人間が少なくないことを意味する。

階段を下りて4階へ。


*  *  *


予め下見した際に目をつけておいた古新聞を拾って給湯室に入る。そこで迷わず加熱機の上に古新聞を広げる。別に放火犯になるつもりはないので量的にはこれぐらいで十分だ。換気扇はオフにして加熱器は強に。その間に余った新聞紙を燃えやすいように丸めて適当に散らす。直ぐに焦げ臭い匂いが漂ってくる。そこから煙が出るまでにそう時間はかからなかった。

(少し調整するか……)

 煙探知機にうまく煙が触れるように広げた新聞紙を左右に揺すってみたが、どうもうまくいかない。止む無く丸めた新聞紙に火を移して直接、天井に近づけてみる。

(反応が悪いな。ちゃんとメンテナンスしてるのか?)

 そう思った矢先に廊下の方でけたたましい警告音が発せられた。

しかし、いざ火災報知機が作動しても人間の動きは往々にして鈍いものだ。恐らくそれは、非日常的な場面に遭遇してしまった場合に人間にはそれを疑ってしまう心理が働くからだ。そこでチャンと手分けして「火事だ!」と、触れて回る。かといって2階の重症患者達までパニックにしてしまうのは気の毒なので比較的傷の浅いと思われる4階5階の患者だけを煽る。が、この場合「逃げろ!」という叫び方ではダメだ。「中庭に逃げろ!」というように具体的な場所を示してやらないと人は動かない。なにせ冷静になれば誰でも気付くレベルのボヤ騒ぎで比較的元気な患者を外に誘導することが狙いなのだ。

とにかく努力の甲斐あって、何事かと廊下に顔を出した患者達が動き出した。はじめは半信半疑でも彼らも実際に避難する人間を目の当たりにするとそれに同調せざるを得ない。その結果、はじめはパラパラとやがてドタドタと、うまい具合に数十人の入院患者を中庭に誘導することに成功した。

患者達を中庭に送り出してからチャンは不満を口にした。

「なんだか真面目にやるほどアホみたいですね。こんな格好のせいだろうけど」

 確かにくだらない行為ではあるが取り敢えず第一段階はクリアした。が、ほっとしている時間は無い。次のステップに向けてチャンを急かす。

「ボヤボヤするな。次は急患口だ!」


*  *  *


 ストレッチャーの上でもがき苦しむ医者を見てチャンが顔を強張らせる。

「幾ら何でもやりすぎでは……」

「気にするな。単なる『お仕置き』だ」

 自らの担当医をこんな目に合わせるのは自分の趣味ではないが、こいつを締め上げた結果、軍の照会に対して我々を売ったことを認めたので止む無くこういう措置となってしまった。憐れ密告者は拘束具に自由を奪われ、あまりの痛みに身もだえしている。まあ痛みとはいっても乳首に『辛子』をたっぷり塗ってやっただけなのだが。

 その時丁度良い具合に救急車が急患口に到着した。予め搬送を依頼しておいたのだ。す巻きにする前の担当医を脅して。

「さて。ここからが本番だぞ」

「はい。分かってますよ」

「さておいでなすったな」

 救急車の後部が開いて緊急隊員2人が降りてくる。

「搬送する患者はそれですか?」

そこで間髪入れずに救急隊員にストレッチャーを押し付ける。そしてわざと切羽詰ったような声で訴える。

「頼む! さっき連絡した通りこの医院ではもう手に負えない。一刻を争う。すぐ出してくれ! さあ急いで!」

 こちらの迫力に押されたのか救急隊員は後ずさり気味に了承する。

「わ、わ、分かった! 急いでK町の総合病院に搬送する!」

 その時もう一方の救急隊員が『す巻き』状態の患者に触ろうとしたので注意する。

「触るな! 下手に拘束を解くと舌を噛み切ってしまうぞ。口の部分は向こうの病院に着くまで絶対に外すな!」

「は、はい。了解しました!」

 そんな会話が聞こえているのかどうかは分からないがストレッチャー上の密告者は恨めしそうな目で我々を見上げた。救急隊員が慌しくストレッチャーを車に乗せるのを手伝っているとそこで予定通りB国軍兵士が割り込んできた。

「おい! 何をしている?」

 それにチャンが応える。

「重体の患者を移送するんです」

「なんだと? それはダメだ。勝手に出るな!」

 兵士の命令にチャンが反抗する。

「何を言ってるの? 命がかかっているのよ! 今すぐ運ばないと患者が死んでしまうわ!」

 チャンの熱演に兵士がたじろぐ。

「し、しかし……今はちょっと」

 そこで後ろから近付いて兵士の首筋に2倍速のチョップをくれてやった。

「ぐ……」と、手刀を喰らった兵士が崩れ落ちる。

 すかさず現れた別な兵士が状況を見て絶句する。そして我々の顔を見て何かに気付いたような素振りを見せる。

「お、お前ら……」

(よく見ておけ。後でしっかり報告しろよ)

 兵士は驚いた表情を一変させて銃を構えようとする。無論、そんな猶予は与えずにクロックアップで間を詰めて手刀をお見舞いする。

「ムッ……」と、こちらの兵士も同じようなリアクションで戦線離脱。

 兵士2人を片付けたところで落ち着いて救急車の扉を外から閉める。そして運転席に回って運転手に声を掛ける。

「全速で頼む! とにかく飛ばせ!」

「りょ、了解!」

「よし。行け!」

 それを合図に救急車はとても人の命を預かる車とは思えないようなハンドル捌きで急発進、急カーブで病院を出て行った。

 猛スピードで走り去る救急車を見送りながらチャンが息をつく。

「ふう。うまくいきましたね」

「ああ。中々の演技だったぞ」

「やめてくださいよ。それよりこの人たちが目を覚ます前に僕たちも移動しなくちゃ」

「そうだな。このまま町外れに向かおう」

「え? 着替えちゃダメですか?」

「そんな余裕はない。歩きながら脱げ」

「……ホント勘弁してくださいよ」

 そんなチャンの情けない抗議は無視してさっさと病院をあとにすることにした。


*  *  *


 人目を避けながら病院を離れ、町中を東へと移動する。万が一、誰かに見られたとしても元々荷物は無いに等しいから夜の散歩を装える。病院を出るまで文句の絶えなかったチャンは着替えだけはしっかり持ってきたらしく、道端で脱ぎ捨てた看護士の制服をどこかの家のゴミ箱の中に叩き付けていた。よっぽど女装が気に食わなかったのだろう。記念に取っておけば良いのに。

 30分ほど歩いたところで一息つく。コンビニがあったので飲み物とタバコを補給する。チャンは相変わらず甘い物を買い込んでいる。

 時計を見ると11時を少し回ったところ。B国軍の通信を傍受する限り、今のところ我々の動きは掴まれていない。しかもこちらの狙い通り、彼らはダミーの救急車を追跡することと院内で情報提供者を捜し回ることに熱中しているようだ。さっきなど隊長が「これは陽動作戦だ。奴らは救急車で逃げたに違いない」と、ほざいていたので噴出しそうになった。この調子では救急車に追いついた時にがっかりすることになるだろう。

(さてと。問題はアシをどう調達するかだな)

 そう思って店外を見た。すると駐車場の一角にバイクが数台、その傍らに柄の悪そうな連中がワンセット。

(お! こいつはツイてるぞ)

彼らなら少々強引なお願いをしても問題はない。あの手のタイプは話が早くまとまるから嫌いではない。それに違法なバイクを乗り回しているということは警察に通報される可能性も低い。実に好都合だ。

 早速、チャンを連れて店外に出る。

 駐車場を横切り、騒いでいる連中のところに向かう。

 我々の姿に気付いた男が怪訝そうな表情を浮かべる。そこで挨拶代わりに声を掛ける。

「今時ガソリン車に乗っているとはな」

 なるべく気さくな感じで話し掛けたつもりだったのだが彼らには歓迎するつもりは無いようだ。

「何だ? あっち行けよ!」

 バイクにまたがっていた男がアクセルを回して一際大きな音を出した。威嚇のつもりか? 動物みたいな奴だ。

 その爆音を聞いてチャンがバイクに興味を持ったらしい。

「へえ。バイクって凄い音が出るんですね。僕、初めて生で見ました」

「今では骨董品だからな。しかし高価なガソリンを無駄遣いするとはよっぽどのおぼっちゃんか只の物好きだな」

「は? オレらは心底好きだから乗ってるんだぜ!」

 そう言いながらこの中で一番『イカレポンチ』……もとい、一番多く頭に付属品をごちゃごちゃぶら下げた男がズイッと前に出てきた。そしてしきりに身体を揺する。かなりカッカきているらしい。しかし男があまりに貧乏ゆすりをするものだから趣味の悪い耳飾りがぶつかり合う音がマヌケに響く。

「ジャラジャラうるさいな。お前は歩く鍵束か?」

「何だお前! 喧嘩売ってんのか?」

「お前さん達じゃ無理だ。まるで相手にならない」

「な! てめぇ……ブッ殺す!」

 と同時に右拳が飛んできたので軽くいなす。避けるだけというのも何なので2倍速のビンタを返してやる。

 心地よい乾いた音が響く。

 何が起こったか理解できないのか男は一寸、間を置いて今度は左拳を突き出してくる。これもスルーして同じくビンタでお返し。

 またしても皮を張る明快な音。

 普通の人間ならこのへんで異変に気付くはずだ。が、このジャラジャラ男はよっぽど理解力が無いらしい。

「このヤロー!」と、性懲りも無く頭から全力で突っ込んでくる。

 止む無く次の瞬間に左手で頭を抑えると同時に右の手のひらと甲でまんべんなく頬を3往復してやった。すると流石にジャラジャラ男も動きを止めた。

そしてきょとんとした表情で尋ねる。

「てめぇ……。な、何しやがった?」

「……ジェット・ビンタ」

 と、適当に思いついた技の名前を口にしてみた。だがそれが火に油を注いだらしい。男は物凄く顔を歪めたかと思うと先程より大きく振りかぶり右のパンチを繰り出してきた。学習能力の無い奴はこれだから苦手だ。

(遅い)

呆れると同時に、つい掌底(手のひらの下半分を当てる打撃技)を放ってしまった。

(まずい。今のは3倍速……)

 打撃の威力は速さの二乗に比例するのでクロックアップを使う時は加減をしないと自分の拳を痛めてしまうだけでなく相手に致命傷を与えてしまう。案の定、今の一撃でジャラジャラ男は白目を剥いて仰向けに倒れてしまった。

「すまん。やりすぎた」

 直ぐに謝意を示したのだがジャラジャラ男の仲間は固まったままだ。

「1台貸して貰いたかっただけなんだが。悪かったな」

 ジャラジャラ男の仲間達はまるでバケモノを見るような目でこっちの動作を見守っている。随分と失礼な奴らだ。

「何。用が済んだら乗り捨てておくから適当に回収してくれ。ただし、念のために断っておくが警察に言ったら……殺す」

 それを聞いた途端に彼らは首をカクカクと縦に振った。何だ。皆、素直で良い子じゃないか。

 バイクにまたがり、チャンを呼び寄せて後ろに座らせる。

「バイクなんて久しぶりだからな。少々、荒っぽいかもしれん。しっかり捕まってろ」

「安全運転なんか期待していませんよ。もう諦めてます。とっくにね」

「フン。良い答えだ」

 早速、アクセルを回してみた。が、加減が分からずいきなり急発進してしまった。

(なるほど。チャンの言い分も一理あるな……)

「で、次はどこに向かうんですか?」

「そうだな。やはり国境に近い町を目指すべきだろう」

であれば進路は東に。そしてB国軍の注意が正反対の方向に向かう救急車に注がれているうちに少しでもこの町を離れておこう。


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