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第16話 自己再生

 医者の診察が終わったところで早速ジイサンに連絡する。

「ジイサン。またちょっと頼みたいことがある」

『急ぎか? 今日は孫の買い物に付き合わされて疲れているんだがのう』

「あまり手間はかけない」

『お? なんだ。お前さん今どこに……』

 ジイサンはこちら側の異変に気付いたらしい。そして画面に顔を近づけて顔をしかめた。

『病院にいるのか? 珍しいこともあったもんだな!』

「でかいのを喰らった。おかげでわき腹を抉られて自己再生中だ」

『な……』

 自己再生と聞いてジイサンは絶句した。驚くのも無理は無い。なぜならジイサンが八方手をつくしても無駄だったのだ。自己再生が出来ないことが判明した時、ジイサンは自分の為に必死に情報を集めてくれた。それこそ世界中のありとあらゆる研究機関のホスト・コンピューターを駆使しても解決方法は見つからなかった。

 ジイサンは呻いた。

『い、いったいどうやって? 信じられん』

「俺も信じられないことだが、ある男が情報を提供したらしい」

 自分のDNAデータをプリントしたiPS細胞は培養が不可能だった。必ず細胞分裂の段階で、まるで細胞自身に意思があってある一定以上の大きさになることを拒否しているかのように自滅してしまうのだ。

『お前さんの細胞は、まぁ、ちと特殊だからな。しかし……ある男とか言ったな。そいつはいったい何者じゃ?』

「それが分からないから困っている」

『是非会ってご教授願いたいもんじゃな』

「ところが謎の多い男でね。まあ無駄だとは思うが一応、正体を探って欲しい。後でこの病院の監視カメラにアクセスしてくれれば顔が拝めるだろう」

『ホイきた。で、それが急ぎの用かい?』

「いや。そっちは暇な時でいい。急いでいるのはターゲットの方だ。俺の予想では彼女は必ずこの町に現れる」

『それで?』

「ジイサン特製のスパイ・インセクトを町なかの監視カメラに忍ばせておいた。前に送った3DDデータで自動捕捉してくれ」

『了解。いつものでいいんじゃな?』

「いつもので頼む」 

 ジイサンにはチャンに仕掛けさせたスパイ・インセクトを媒体にして監視システムに侵入してもらう。それでうまくサァラを見つけられれば奴らより先に接触できるはずだ。しかし本当はまだ早いという思いも捨てきれずにいる。任務の性格上、直接サァラに接触するのが良いことなのかどうかはまだ分からない。とはいえ彼女を得体の知れぬ連中に連れ去られてしまうわけにはいかない。

(難しいところだな……)

 とりあえず用件は済んだので通信を切ろうとするとジイサンが尋ねてくる。

『ところでその傷はB国軍にやられたのか?』

「いいや。別な勢力だ。どうやらあの女の上司らしい」

『あのナミとかいうべっぴんさんの? やっぱりタダモノじゃなかったってことか!』

「よほど金が余ってる連中のようだ。素人相手に平気でミサイルをぶっ放してくるぐらいだからな。コスト意識が欠如している」

『なんとも! で、どういう経緯でそんな目にあったんじゃ?』

 いちいち説明するのは面倒なのだがジイサンがしつこく聞いてくるので簡単に昨夜のちょっとした冒険談を披露してやった。

話を聞き終えてジイサンがため息をつく。

『やれやれ。そいつは災難だったな』

「ああ。しかし、まさかあそこで『チョビ髭』がB国軍まで巻き添えにするとはな……」

 確か、あの時チョビ髭はB国軍兵士に『大佐』と敬礼されていた。ということは少なくともあの時点では連中はB国軍と繋がっていたことになる。しかしそうなると大佐がナミを部下だと言ったことと矛盾が生じる。なぜならナミはC国航空機を拉致したのは『バベル』という組織だと断言していたからだ。そして彼女はその陰謀を暴く為に行動しているのだという風に振舞っていた。

(B国軍を操っていたのは『バベル』ではないのか? そもそも本当に『バベル』なんて組織が実在するのか?)

 それはナミが自分の正体を隠すためにでっちあげた嘘に過ぎないのかもしれない。

(しかし、何の為に?) 

もし、ナミが本当に大佐の部下でB国軍と繋がっていたとするなら、わざわざB国軍基地に潜入する必要性は無いはずだ。果たしてあの時の彼女に何か怪しい行動は無かったか?

そんな具合で彼女の記憶を辿っていると病室にチャンが転がり込んできた。

「遅かったな、少年。観光でも楽しんできたか?」

 するとチャンは肩で息をしながらこちらを睨んだ。

「な、何のん気なこと言ってるんですか!」

「どうした。そんなに慌てて」

「慌てるも何も町で噂になってましたよ」

「……昨日のことか?」

 チャンは息を整えながら大きく頷く。

「ええ。この町の近くでB国軍兵士が殺られたって」

「報道されたのか?」

「いえ。そうではなさそうです。情報統制されてるようですから」

「だろうな。軍にとっては大失態だからな」

こんな田舎町で自国の軍人が何者かに惨殺されたなんて、とてもじゃないがニュースには出来ないだろう。恐らくレベル3ぐらいのフィルタがネットにもかけられているはずだ。

チャンが顔を曇らせる。

「じゃあ、いずれここにも軍が……」

「来るだろうな。遅かれ早かれ」

「マズいじゃないですか!」

「確かに。歓迎は出来ないな」

しかし、軍が本気で犯人を捜すつもりならとっくにこの町に兵士を派遣しているはず。だが今のところそんな様子は無い。もし、彼らがこの町に乗り込んで来たら、いの一番にここを訪れるだろう。何しろ爆風でボロボロにされた素性の怪しい人間がここに居るのだから…。

「で、どういう風に噂されているんだ?」

チャンが不安そうにこちらの顔を見る。

「詳しくは分かりませんが、兵士が5人殺されて車が爆破されたとか」

「5人だと?」

(まさか、あの大佐……口封じに残りの兵士も片付けてしまったということか?)

「僕らが逃げた後にみんな殺されちゃったんですね……」

 分からない。考えれば考えるほど混乱する。

(B国軍は大佐の仲間ではないのか? だったらなぜあの時、発砲させたんだ? いや……待てよ!)

 嫌なことに気付いてしまった。それを確かめる為に昨夜の軍用車から拝借してきた物を使ってみることにした。

「少年。そこにかけてある俺の上着を取ってくれ」

「え? はい……どうぞ」

「こういうこともあろうかと思って取っておいたんだ」

 奪った軍用車のSCを裏設定にする際にチップを抜いて上着の内ポケットにしまっておいたのだ。

「あった」

 チャンが不思議そうにそれを覗き込む。

「何ですか? それは」

「奴らの車をいじった時に失敬したパスワード・キーだ。これでB国軍の暗号通信を傍受する」

 B国軍の通信方法は信号にスクランブルをかけて送受信し、仲間内で共有するパスワードを使って解読するという至って単純なものだった。その際に使用するパスワードは時間ごとに変化する方式を採用しており、送受信者それぞれが持つチップがその時々のパスワードを決定する仕組みとなっている。この時、独立した各チップに共通のロジック、例えば演算等を同じタイミングで実行させることでパスワードの共有化を図っている。いわゆる『合言葉』だ。

「問題はこの合言葉をどう設定しているか……」

 ジイサンの解析プログラムは強烈だ。乱暴な言い方ではあるが、多くの解析プログラムが対象の外的要件を観察・分析して推測を重ねていくのに対して、ジイサンのそれは初めから対象の懐に手を突っ込んで自白させるというコンセプトが徹底されている。その証拠に今回もわずか5分ほどで彼らの合言葉を突き止めた。

「円周率か! なるほどな」

 独りで納得しているとチャンが申し訳無さそうに口を挟む。

「あの。さっきから何を? ちょっと理解できないんですけど」

「簡単に言うと彼らは円周率を時計代わりに使っているんだ。このチップの中ではずっと円周率が計算されている。つまりそれぞれが持つチップすべてに同じタイミングで円周率を計算させ続けることで他者を排除している訳さ。例えば、今この瞬間における5桁の数字は彼らにしか分からない」

 が、チャンは引きつった表情で首を傾げる。

「なんだか理解出来たような、出来ないような……」

「いいか。例えば、俺と君がお互いの時計を15時8分30秒にわざと設定する」

「はあ。わざと正確な時刻とずらすんですね」

「そうだ。それで我々の合言葉、つまり共有のパスワードは『今現在、自分の時計が指し示す時刻』というように取り決めておく」

「そうか! それなら他の人間には僕らのパスワードは分からないですね」

「そういうことだ。彼らはそれを円周率の演算でやってるってことだ。随分、古いやり方だがな」

 実際には彼らの場合、数列をらせん構造に並べ替えて縦軸に拾った5桁をパスワードにしている。

「とりあえず……これで傍受できるはずだ」

 若干の設定修正をして早速、端末から翻訳後の音声が出るようにした。

 チャンが興味深そうに端末から流れ出る音声に耳を傾けた。が、しばらく待っていたものの反応がまるで無い。

「本当にこれで合ってるんですかね? 何も聞こえませんけど?」

「仕方ないさ。奴らだって四六時中交信している訳じゃないからな」

そして、諦めかけていたチャンが大きな欠伸をした直後だった。端末から音声が発せられた。

『先ほど通報があった。犯人は○×町のファルカン病院に入院している模様!』

『こちらオルド隊。現場へは30分かかる見込み。どうぞ』

『よし。ジュニーニョ隊は真っ直ぐへ向かえ』

『了解。10分で到着します。どうぞ』

『遅い。5分で行け! そして到着後すみやかに病院を包囲せよ』

『了解! 仇はとってやりますよ!』

『焦るな。オルド隊の合流を待て』

『敵はたった2人じゃないですか! 俺達だけで十分ですよ』

『油断するな。一瞬で5人もやられたんだ。敵武装に注意せよ』

 B国軍の通信を聞いてチャンの顔色がみるみる青ざめていく。確かに知らないうちに噂されるのは気分が良いものではない。

「い、いつの間にか僕らが殺ったことにされちゃってますよ?」

「……仕方ないな。これもチョビ髭大佐のシナリオなんだろう」

「ど、どうするんですか? 早く逃げなきゃ……」

「もう遅い。今から町を飛び出したら出会い頭にやられるぞ」

「じゃあどうするんです? アンカーさんの傷だってまだ……」

「さっきより痛みはマシだ。それより脱出するから準備しろ」

「準備? 僕は何を?」

 パニック気味のチャンを落ち着かせる意味でもここは冷静に行動しなくてはならない。

「まずは着替えろ。話はそれからだ」

「は? き、着替え? 何に?」

 そこでチャンに耳打ちして作戦を指示する。

「非常にベタな方法ではあるがな」

 そう断っておいてから自分も準備に取り掛かることにした。



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