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第14話 病室にて

 うっすらと目を開けるとその隙間をこじ開けるように白が視界に押し入ってきた。

 自らの輪郭が呼び起こされ、外界との境界を知覚する。どうやらここは病院らしい。

(……まだ生きている)

正直、安堵感は無かった。あるのは違和感だけだ。これと似たような状況は商売柄、一度や二度ではない。なのでやることは決まっている。まずは途切れた記憶を辿る。次にその後どうなったのか想像する。最後にどこが痛むのかを確認する。そしていつもため息をつくのだ。

(まだ、生きている……)

『歳をとらない』という事と『死なない』という事はまるで意味が違う。自分の場合、切られれば血が出るし撃たれれば酷く痛む。それに限界を超えた損傷を受ければ恐らく死ぬだろう。つまり不老ではあるが不死身ではない。そういう意味で実に中途半端なのだ。

最も不老不死を望む人々は少なくない。しかし自分は時々思う。永遠にこの世に存在し続けるということは死んでいるのと大して差はないんじゃないかと。

 そんな風に考え事をしていると病室に誰かが入ってくる気配がした。

「具合はどうですか?」

 そう言うチャンは元気そうだ。

「そっちは無事だったようだな。ところでここは?」

「K町の病院です」

「……どうやって運んだ?」

「手伝ってくれた人がいるんです。多分、日系人だと思いますよ」

「あんな時間にあんな場所でうろついていた人間がいるとは驚きだな」

「旅行者のようにもみえましたけどね。スーツケースを持っていたから。なんでもレンタカーで移動中だったみたいですよ。で、あの爆発を見て事故かと思って近付いてきたって言ってました」

 そうだった。奴らはいきなりミサイルを撃ってきた。あれほど明確な殺意を持った連中がそうやすやすと我々を見逃すはずがない。 

「それにしても奴らよくあれで引き下がったな」

「それなんですが……」

チャンが顔を曇らせた。

「どうした? あの後何があったんだ?」

「それが……僕にもよく分からないんです。ただ、突然、戦闘機が西の方から接近してきたんですよ。それでヘリが逃げていったように見えました」

「戦闘機? 間違いないのか?」

「ええ。それも二機です。暗くて形とか種類とかは分かりませんけど凄いスピードでしたから」

 西の方角から……。ベッド脇に置かれていた自分の端末で地図を表示してみる。

あの辺りから最も近いB軍基地はN基地だ。そこから飛んできたのか? しかしそれでは早すぎる。チョビ髭の大佐がB国軍兵士を射殺してからは数分しか経っていない。あるいはB国軍は既に奴らの怪しいヘリをキャッチしていて戦闘機に警戒させていたとか…。

「結果的にはそれに助けられたというわけか」

「やっぱりあれはB国軍の戦闘機だったんですかねぇ」

それは後で調べてみれば分かるだろう。B国空軍の航行記録ならジイサンに頼めば何度でも入手できる。しかし、チョビ髭大佐にしても戦闘機にしてもそれぞれがどういう思惑で動いているのがまるで掴めない。であれば、なおさらこんなところでのんびりしている訳にはいかないのだ。時計を見るともう夕方の4時を回っている。

「少年。すぐ出発するぞ」

「ちょっと! 何言ってるんですか。2、3日は安静にしないと。幾ら『自己再生(※1)』でも定着しませんよ!」

「自己再生だと?」

 驚いた。そんなはずはない。この左手の甲に埋められた個体識別情報では『再生膜(※2)』は作れないはず…。なぜなら自分の細胞は専門の研究施設でもサジを投げられたほど特殊な型なのだ。こんな田舎の病院でDNA解析ができるはずがない。

「無理ですってば! 医者が許してくれませんよ。第一、動けるんですか?」

「歩ければなんとかなるさ」

 そう強がってはみたものの実際にベッドから下りようとするとわき腹に激痛が走った。

 それを見てチャンが顔をしかめる。

「痛むんでしょ? まだ動かない方が……」

「いつ追っ手がここに乗り込んでくるか分からないんだぞ」

「でも、駄目ですよ。今から行くなんて無茶です」

 反対するチャンを制して立ち上がろうとするが下半身に力が入らない。無理やり左脚を伸ばしてわき腹の痛みをやり過ごす。

 すると別な誰かが口を開いた。

「止めた方がいい」

 いつの間にか見知らぬ男が病室に入ってきていた。その声の主に見覚えは無い。

(誰だ?)と、不審に思っていると、なんとチャンが軽く会釈をするではないか。

「今朝はお世話になりました。まだこの町にいらしたんですね」

 長身の男は挨拶を返す代わりに口元を歪めて微かに笑った。細身の黒スーツに赤いシャツ、ネクタイは銀色。まるでマフィアのアジトでダーツでもやってそうな出で立ちだ。それに何より目を引くのがその顔の小ささだ。真ん中で分けた髪を後ろに撫で付けた頭は『イタチ』のシルエットを連想させる。

(この男のどこが旅行者だ?)

 どう見ても普通の商売を営んでいるようには見えない。その足元のスーツケースにしたって中に何が入っていることやら…。

 が、チャンは特に怪しむ風でも無く笑顔で男を紹介しようとする。

「この方が病院まで乗せてきてくださったんですよ」

「……そりゃどうも」

「この病院も手配してくださったんですよ。アンカーさんは本当にツイてましたね」

「そうか。そういうことなら礼を言わないとな」

 そう言ってチラ見したがイタチのような男は無言でこちらの顔を眺めている。

「旅行者だとチャンから聞いているが?」

 すると当たり前だという風にイタチ男は頷いた。

「いかにも」

「世話になったようだから何か礼をしたいんだが」

「その必要はない。ただくれぐれも自愛したまえ」

「……自愛?」

 妙に違和感があった。この怪しい男、てっきりサァラ捜索の絡みで接触してきたのではないかと思ったのだが…。

 イタチ男は神経質そうな目つきでじっとこちらを見つめた。まるでこちらの思惑をすべて見透かしているかのような表情だ。

 沈黙を破ったのはイタチ男だった。

「言っておくが、我々はどちら側でもない」

(どういう意味だ?)

 その言葉の真意を測りかねているとイタチ男は淡々と話を続けた。

「君達を襲った『ヘーラー』。それからB国軍を操っている『バベル』。我々はそのどちらにも属していない。むしろ中立と言って良い」

「『ヘーラー』……はじめて聞く名前だな。ギリシャ神話からとったのか?」

「恐らくは。そもそも彼らが表立って行動することは皆無。よって詳細は不明。だが何を目的にしているのかは分かる」

「目的、ね。まさか物騒なヘリを使ってまで若い女の子のケツを追い回すことじゃないだろうな」

「彼らは『バベル』と同じ秘密組織。恐らく規模も同等、若しくはそれ以上。一度、調べておいた方がいい」

だが、あいにくその手の話には興味が無い。自分は秘密組織の存在などハナから信じていないからだ。そんなものは「カッパ」だとか「幽霊」だとかと同じぐらいの信憑性しかないと思っている。

「ご忠告、感謝するよ」

「とにかく深入りはしないように。あまり手間をかけないで欲しい」

(何だと? その口ぶりだと俺の保護者気取りじゃないか……)

 ストレートな質問だが仕方が無い。

「あんた何者だ?」

「……強いて言えば『バベル』に近い。もし、君が我々を理解したいと願うなら「クロード・F・アーシェンジャー」の『輪廻』を読むといい。恐らく絶版になっているだろうが」

聞いたことが無い名前だ。それは小説なのか?

「さて。我々はここで失礼する。いずれまた会うだろう」

 そう言ってイタチ男は足元のスーツケースを手に取りクルリと背を向けた。

「あ、待って」と、それまで黙っていたチャンが声を掛けようとする。しかし、イタチ男はそれには耳を貸さずそのまま病室から出て行った。

 それを見送ってからチャンが大きく息をついた。

「ふぅ。やはりあの人も関係者なんでしょうか。サァラはどうして色んな連中に狙われるんでしょう。僕にはさっぱり……」

「少なくとも『ヘーラー』とか『バベル』とか妙な組織がサァラ争奪戦を繰り広げようとしているわけだ」

「あの人は中立って言ってましたよね?」

「あの男が何者なのかは分からん。第三勢力なのかどうかも」

 思ったよりもややこしいことになりつつあるようだ。

まず我々を始末しようとした『ヘーラー』という連中。恐らくナミは連中の仲間だ。それはあのチョビ髭大佐も仄めかしていた。となると連中の装備を見る限りかなりの資金力がある集団とみていい。それが本当に巨大な秘密組織なのかどうかはともかく、敵に回すと厄介であることは容易に想像できる。

 一方の『バベル』。こちらも資金力や政治力という点ではただの犯罪組織ではない。何しろB国軍を意のままに動かしているぐらいだ。その規模や実力は計り知れない。ただ、分からないのは飛行機ごと誘拐しておきながらなぜサァラ達をみすみす逃してしまったのかだ。いったい何が目的なのか? まったく不可解な奴らだ。

そして今のイタチ男…。こいつは第三勢力なのだろうか。それになぜ自分を助けたのか? 

(これ以上、登場人物を増やしてもらっては困るんだがな……)

 とにかくモタモタしている暇はなさそうだ。


【用語】

※1「自己再生」…再生医療の一種。本人のDNAと同じiPS細胞を使って損傷部分を治療する方法。


※2「再生膜」…移植することで身体と同化して損傷部分を補うもの。通常はDNA解析情報をプリントしたiPS細胞を培養して作られる。温冷加圧ドラム方式の設備があれば数時間で10センチ四方の膜を作ることが可能。


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