第13話 逃走
チャンに向かって怒鳴る。
「左に飛べ!」
同時に自らも右へ跳ねる。
それと同時に銃口がストロボの連続発光みたいに弾けるのが見えた。
眼前で銃声と火花と血しぶきがゴタ混ぜになる。
転がりながら騒乱の中心部から距離を取る。
起き上がってチャンの様子を伺う。チャンも何とか避けられたようだ。
「車に乗れ! 全速だ!」
B国軍車両に向かうよう手で合図する。
チャンはこちらの意図に気付いたらしい。上手い具合にこちらの真似をして素早く起き上がると反転して車両にダッシュする。路面を削るような音が背後に迫ってくる。
振り返る余裕は無い。クロック・アップ全開で回避行動を取る。
(まさか本当に撃ってくるとは!)
大佐の部下達が一瞬、躊躇したおかげで何とか避けられた。が、盾にされたB国軍兵士は銃弾を浴びるほど喰ったようだ。
間一髪、車両に飛び乗り、取りあえず銃弾の嵐からは逃れられた。
ワンテンポ遅れて助手席にチャンが転がり込んで来る。
B国軍車両は屋根つきの四人乗りだった。ある程度の装甲は施されているようだ。が、銃弾に打たれ続けている防弾ガラスは既に白く濁り始めている。この様子ではあと数秒しかもたないだろう。
(しめた! すぐ出せる!)
ハンドルを握り、ギアをバックへ、アクセルをベタ踏みする。軍仕様の車両なので乱暴な運転もOKだ。
「頭を下げろ!」
前につんのめりながら車を急発進させる。
加速にものをいわせて十数秒間やみくもにバックする。が、真っ直ぐ下がったつもりが道路から大きくはみ出してしまう。そこで今度はギアを前方にチェンジ。進路を右に。
「行ける所まで突っ走るぞ!」
迷わず葦の茂みに突っ込む。
スピードは緩めない。足場が悪いので車体は跳ねる。次から次へと葦が体当りを食らわせてくる。視界は最悪。ヘッドライトは気休め程度。
先がまったく見えない中での暴走は自殺行為かもしれない。が、銃で蜂の巣にされるよりはマシだ。それにイザという時は飛び降りればいい。
「ドアは開けとけ。いつでも飛び降りられるようにな」
「ま、またですか? けど、こんなスピードで……」
「一応、SCはオンにしてある。致命的な衝突は避けられるだろう」
SCのレーダー機能はコウモリが超音波で障害物を避ける仕組みから作られたという。最もこの障害物だらけの中でどれくらい役に立つかは怪しいものだが。
その矢先にモニターが警告音を発する。
「ちょっ! 赤ですって!」と、チャンが動揺する。
ハンドルが勝手に右に回避しようと動く。逆らわずにハンドルを右へ。
(木!)
視界に朽木が映った、と同時にガツンと左を擦った。尻が浮くほどの反動。スピードを出しているので避けるのもギリギリだ。
チャンが懇願する。
「や、やっぱり危ないですって。もうちょっとスピード落としましょうよ」
「情けない声を出すなよ。もうすぐ降ろしてやるから」
奴らはヘリで追ってくるはずだ。このままでは確実に追いつかれる。
(ここいらでチャンを降ろして目的地に徒歩で向かわせるか)
少しスピードを落としてチャンに指示を与える。
「そろそろ下りていいぞ。歩いて西へ向かえ。町までは2時間程度だ」
「ちょ、ちょっと待ってください! ここで降ろされたって……」
「俺は囮になって奴らを反対方向へ引き付ける」
「でもそれじゃ……後で合流するんですよね?」
「出来ればそうしたいところだが奴らがそれを許してくれるかどうか」
そう言っている間にもレーダーに反応あり。後方の上空に機影が現れた。
目一杯ブレーキを踏んで車を止める。
「早く降りろ! すぐに追いつかれる」
チャンを助手席から追い立てて再び車を発進させる。進路は南東に変更だ。
(出来るだけ奴らを引き付けておかないと……)
1秒でも長くチャンとの距離を広げなくてはならない。
見たところ奴らのヘリは『ストライク・ホーク(※1)』だ。武装は定かではないが、もし30ミリのガトリング砲を積んでいたらとても太刀打ちはできない。こちらも装甲車とはいえ直撃したら2秒で火だるまにされてしまうだろう。それまでに飛び降りないと…。
(クソッ……もう少しなんだが)
SCの設定変更がうまくいかない。SC付きの車は無人だと自動操縦が出来ずに止まってしまう。裏設定にするには手元端末と連動させてウィルスで錯覚させるしかない。
レーダー上ではみるみるうちに敵が接近してくる。奴らの射程圏内まではあと数秒…。
(駄目だ! もう間に合わん!)
堪らず車外に身体を投げ出した。
置き去りにされる感覚よりも先に強い慣性に自由を奪われ、弄ばれ、同時に葦の激しい洗礼を浴びる。と、同時に信じられない光景が視界を過ぎった!
(ミサイル!?)
去り行く車両の後部に何かが突っ込む。そして大爆発!
(近すぎだ!)
クロック・アップしていてもさすがに爆風は避けられない。
(熱っ!)
なすすべも無く熱風に身体ごと持っていかれる。
その勢いで背を地面に叩き付けられ息が詰まる。葦のクッションなどクソの役にも立たない。左わき腹に激しい痛みが走る。
爆炎と轟音を茫然と眺めながらわき腹に手をやる。手のひらに受ける圧力で只ならぬ出血を知る。
(この出血はまずい。破片でも喰らったか……)
痛みで気が遠くなりそうになる。この場から高速で離れなくてはならない。が、身体がまるでいうことをきかない。
(ここで気を失う訳には……)
奴らがこのまま諦めるはずが無い。なにしろ予想に反していきなりミサイルをぶっ放してきたぐらいだ。はじめから我々を消すつもりだったに違いない。恐らく各種センサーを駆使してこちらの居所を必ずつきとめ、止めを刺しにくるだろう。
(時間稼ぎをするつもりが……このままではチャンも危ない)
薄れ行く意識の奥底で焦りばかりが虚しい抵抗を続けていた…。
【用語】
※1「ストライク・ホーク」…21世紀半ばまで活躍したブラック・ホークの後継機。ふた周りほど小型化された機体は定員6名と少なめであるが各種センサー・高機能レーダーを搭載し、また武装ヘリ並みにロケット砲や対戦車ミサイルを装備することができる。