第12話 待ち伏せ
他にも色々と聞きたいことはあったがチャンの様子を見る限り休ませた方が良いと判断した。目的地まではあと4時間ほどだから睡眠時間としては不足かもしれない。が、この後どういう敵に遭遇するか分からない中では休息も必要だ。
かくいう自分も座ったまま目を閉じる。例え眠らなくとも脳を休めるだけでも大分違う。目を閉じて楽な体勢をとるだけでも睡眠をとった時とほぼ同じ効果が得られるからだ。
* * *
うとうとしているとふいに端末から声が流れ出た。
『おい! この先で検問だってよ!』
そんなドライバーの呼びかけで目が覚めた。
「……軍か?」
『わからねえ。けど仲間からの警告だ。間違いはねえ』
「検問まではあと何分ほどで到達する?」
『10分後ぐらいだな』
「分かった。5分後に飛び降りる。少し速度を緩めてくれ」
『おいおいマジかよ。こんな所で降りたって何もねえぞ』
「心配無用。それより我々のことは……」
『分かってるって! 同胞を売る真似はしねえ』
この男、ああ見えて義理堅いところがある。一杯奢った後に「家族に美味いものでも」と握らせた礼金が効いているようだ。
「少年! 起きろ」
揺り動かすとチェンはC国語で何やら呻いた。そして目をこすりながら周りの様子を伺う。どうやら自らが置かれた状況を把握しようとしているようだ。
「こ、ここは……あれ?」
「5分後に飛び降りるぞ。準備しろ。この先で検問がある」
「え、あ……はい」
お互いに大して荷物は無い。チャンは買い込んだお菓子の残りを眺めながらちょっと迷う素振りを見せた。
「これはどうしましょう?」
「そんな物はそのへんの箱に突っ込んどけ。また買えばいいだろう」
「すみません」
検問なら当然ここも調べられるだろう。そこでサーモグラフィーを使われると厄介だ。なのでドライバーに指示をする。
「冷風を強くしてくれ。熱源が残っていると余計な詮索をされる可能性があるからな」
『了解! けどホントに止めなくていいのかい?』
「ああ。下手に停車したりするとかえって怪しまれる」
『気をつけなよ同胞! それじゃスピード落とすぜ』
「色々とすまんな。それじゃ後は頼む」
ドライバーに礼を言って荷台の扉を開く。そしてスピードが緩むのを待つ。後方に流れ行く夜の路面を見てチャンが不安そうな顔をする。
「ほ、本当にここから飛び降りるんですか?」
「ああ。お前さんの能力なら楽勝だろ?」
「……そ、それはそうですけど」
そこで遠慮なくチャンの背中を突き飛ばす。
「ほれ」
「あっ!」
短い叫び声を残してチャンが転がり落ちる。
すかさず自分も飛び降りる。
(おっと!)
慣性に引きずられて思わず尻餅をつきそうになる。それをなんとか堪えて振り返ると荷台の自動扉を閉めながら加速するトラックが目に入った。遠ざかっていくテールランプを見送ってからチャンの様子を確かめることにした。
彼は数十メートル手前で路面に転がっている。どうやら着地に失敗したらしい。やれやれと思ってゆっくり歩み寄る。
「ケガは無いか少年。C国人は体操が得意なんじゃなかったか?」
するとチャンは真顔で抗議した。
「それは偏見です! ていうかいきなり突き落とされたら誰だって転びますってば!」
「それは失敬。次からは事前に断りを入れることにするよ。『これから突き飛ばしますよ』ってな」
「まったくもう……で、これからどうするんですか?」
「少し遠回りになるが迂回する」
しばらく夜道を歩き、わき道が無いかを探す。しかしどうやら進行方向は真っ直ぐな一本道のようだ。道幅は車2台がすれ違える程度。路肩は左右それぞれ2m程ジャリが敷いてあってその先は大人の背丈ほどの葦がびっちり茂っていた。これを掻き分けて進むとなると骨だが止むを得ない。
「あまり気は乗らないがこの中を進むしかないようだな」
「本気ですか? うええ。嫌だな。大丈夫ですかね? 暗いし、寂しいし……」
確かに月明かりがなければ辺りは真っ暗に違いない。それに夜風が葦を微かに揺らせる以外に音をたてるものは何も無い。
「なに。歩いているうちに夜は明けるさ」
「いえ。虫とか蛇とかが居そうで気味が悪いんです。アンカーさんは平気なんですか?」
「毒が無ければ問題はなかろう。行くぞ」
適当な場所を選び、葦の茂みに半身を差し込んだ時だった。
(チッ!)
目が眩む。いきなり強い光を当てられた。マルチ・スコープに警告が出る。
『手を上げろ! そっちは道じゃないぜ!』
光源の方から怒鳴り声が聞こえた。ポルトガル語だ。
『こんな所で何をしている?』
(検問はもっと先のはずだが……そうか。手前で待ち伏せか)
大々的な検問はフェイクでその手前で網を張っていたということなのだろう。
『どうした? 外国人のようだが?』
質問の主は銃を構えたB国軍らしき兵士だ。他に兵士は……ライトの所に1人。
この場から逃げるだけなら簡単だ。が、問題はその後だ。こんな何も無い場所ではアシが無いと話にならない。
やがて前方から軍用車がやってきて兵士は5人に増えた。
チャンはそわそわしている。落ち着かせる為に小声で指示する。
「まだ動くな。車はいつでも奪える。ここは奴らの言いなりに……」
『何を話している! おとなしくしてろ!』
「いや。別に」
『本部から指示があるまで待て。動くと為にならんぞ!』
「どうぞお構いなく」
そんな具合で15分程度待たされた。幸い武器は持っていなかったので手を下ろすことは許されたものの、銃口は突きつけられたままだ。
(この音は……ヘリか)
やがてヘリコプターの爆音が上空に達し、1台の中型ヘリがライトで地上を照らしながら降下してきた。
ヘリは道路の真ん中に着陸する。
「ふん。通行の邪魔だな」
嫌味でそう言ってみた。するとB国軍兵士がご丁寧に答える。
『心配するな。通行止めにしてある』
「ほう。随分と手回しが良いことで……」
中型ヘリからは4人の軍服姿が現れた。そのいでたちは張り込んでいた連中とは明らかに違う。
(こいつらは……B国軍じゃない)
新手の出現に妙な胸騒ぎがした。
『大佐。お待ちしておりました!』
と、B国軍兵士の1人が敬礼をする。するとヘリから降りてきた中で最後に降り立った人物が「ン」と頷いた。そしてアゴをしゃくる。
「おい。そこのガキ! サァラ・タゴールはどこに向かっている?」
(英語だと? しかもこいつはサァラの名を……)
改めて大佐と呼ばれた男を眺めてみる。その軍服。どこの国の軍隊でもない。アズキ色のベレー帽に付いたエンブレムは見たことが無い形だ。
「俺の要件はそれだけだ。質問に答えろ」
そう言ってベレー帽の大佐は鼻下の髭先を撫でた。
趣味の悪い『チョビ髭』だ。カタカナの『ハ』みたいに見える。
「知りません」
チャンがはっきりとそう答える。こいつらがサァラの行方を尋ねてくるということは裏を返せば彼女達はまだ捕まっていないということ。しかし、この大佐はどういう勢力の輩なのか?
「正直に言え。さもなくば隣の若造にも死んでもらわねばならん」
大佐の脅しにチャンがちらりとこちらを見た。
(やるなら今のうちだな)
そう決心してチャンに軽く頷いてみせる。チャンが息を飲むのが分かった。
恐らく勝負は一瞬。B国軍兵士の背後を取ってうまく盾にすることが出来れば…。
敵の配置を確認する。まず正面には大佐を含めて4人が一列。後ろにはB国軍兵士が5人。我々は丁度両軍に挟まれた形になる。
(……うまく合わせてくれよ)
目標設定・反転・ダッシュと予め動きをイメージする。チャンの言うところの『クロック・アップ』だ。
(よし!)
1……右足を軸に反転、銃口を避けるようにダッシュ、距離を詰める。
2……兵士の背後に回り、左手で首を、右手で銃身を押さえる。
『グッ!』
兵士がうめき声を出した時には予定通り。後ろから兵士を羽交い絞めにして大佐たちに対峙するポジションを確保した。見るとチャンも同じように別な兵士を捕まえている。
(よし。いいぞ)
人質にした兵士を盾に大佐に迫る。
「このままお引取り願おうか。こちらとしてもこのまま殺られる訳にはいかないんでな」
いきなりの形勢逆転と我々の俊敏な動きに敵は動揺を隠せない。大佐の部下は銃口を向けたまま、あんぐりと口を開け、目を丸くしている。ただし大佐だけは別なようだ。
彼はまたしてもチョビ髭を撫でながら感心した。
「ほほう。なかなかの動きだ」
その口ぶりに驚いた様子は無い。むしろ嬉しそうに見える。
「なるほど今の動き、報告通りだな」
(報告? こいつ何を知ってる?)
こちらが不審そうな顔をしたからかもしれない。大佐はニヤリと笑って説明を始めた。
「ドールの報告で聞いている。瞬身の男だな貴様。フフ。その節は部下が世話になったそうだな。一応、礼は言っておくぞ。」
(ドール? ナミのコードネームか? だとするとこいつ……あの女の一味か)
「しかし、なぜ貴様がC国の小僧と行動しておるんだ?」
「こっちはこの少年を連れて出国したいだけさ。だからあんたらが望むような情報は持ち合わせていない」
「ほお……」
大佐はじっとこちらの表情を観察している。明らかに疑っているようだ。
「なるほどな。しかし、どのみち黙って見過ごすわけにはいかんな。第一、B国軍が許さんだろう。なんせ基地をあんな風にしてしまったんだからな」
それを聞いてチャンの表情が少し強張った。それと同時に大佐がすっと右手を挙げた。
「撃て!」
(何?!)
大佐の横で兵士が声を上ずらせる。
「し、しかし大佐!」
「構わん。俺が許可する」
それを受けて大佐の部下達が一斉に銃を構えた。
(しまった! こいつらB国軍兵士ごと……)