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第10話 パーキング・エリア

 昔から飛行機の操縦は着陸の時が一番難しいという。おまけにヘリの操縦なんてそうしょっちゅうやるものではないからこの程度で済んだのは実に幸運だった。

「少年、怪我はないか?」

「……普通の人なら死んでたかも」

 うんざりしたような口調でそう言うとチャンは身をよじったまま安全ベルトを外した。見ると彼の座席には大きなガラス片が突き刺さっている。ちょうど彼のわき腹をかすめるような位置だ。確かに常人なら避けようがなかっただろう。

チャンは疲れ果てたような表情で抗議する。

「任せろっていうから信じてたのに」

「任せろとは言ったが『安全に』とは一言も言ってない」

「ついて行くって決めたのは僕ですから仕方ないですけど……」

 とにかくヘリを降りる。

改めてヘリを眺めて情けなくなった。

つんのめるような体勢で木に突っ込んでしまったせいで前面部分の損傷が激しい。ひしゃげたプロペラは大木の幹にめり込んでいる。辛うじて原型を留めているものの使い物にならないことは一目で分かる。

「やれやれ。これでは着陸とは言えないな」

「……どちらかと言えば『墜落』ですよね」

「まあ気にするな。大した差はない。どうせもう乗らないんだから」

 予定通りここでヘリを乗り捨て西へ進む。

五分ほど歩けば目的地に辿り着けるだろう。


  *  *  *


 目的のパーキング・エリアはすぐ見つかった。

目印は看板がひとつ。黄色い矢印の隣に『P』の文字が赤く光るだけのシンプルなものだ。その看板を過ぎると今度はやたらと明るい公衆トイレのような建物が目に入った。その周りには車のライトらしき明かりが寄り添うように幾つか。恐らくあれがパーキング・エリアの中心なのだろう。時刻は夜中の2時を少し回ったところだ。ここは幹線道路の分岐点に近いのでこんな時間でもトラックが十数台止まっていた。勿論、駐車スペースなど無く、皆が好き勝手に乗り捨てているような具合だ。

 砂利を踏みながら先を急ぐ。中央の建物に近付くにつれドライバーの姿をちらほら見かけるようになった。

それを眺めながらチャンが声を潜める。

「良いんですかね……みんなお酒を飲んでいるのでは?」

 確かに例外なく皆、酔っているように見える。飲酒運転など誰も気にしている風ではない。恐らくここの連中にとってはシラフでこんな時間まで働くことは法律を理解するより困難なのだろう。

「きっと皆『寂しがりや』なんだろうよ」

「でも飲酒運転なんて……」

「気にするな。俺が操縦するヘリに乗るよりは安全だろう」

 それを聞いてチャンが首を竦める。

「乗るって……冗談でしょう? まさかここの人たちの誰かに……」

「そうだ。足代わりになって貰う。一杯奢ると言えば喜んで相乗りさせてくれるだろう」

「ああ」と、ため息をついてチャンは首を振る。 

どこからか深夜ラジオの音楽が流れてきて、それに合わせて『飲んだくれ』が陽気に音程を外している。

「中の売店で着替えと食い物を買って来い。自分の分だけでいいぞ」

 そういって現金を手渡すとチャンが礼を言う。

「助かります。端末は当分使えないですから」

「だろうな。あの女は君らの端末番号を把握しているからな」

「没収されていた端末は何とか取り返したんですが、安全な所に避難するまでは使うなという指示がありましたので」

「それもサァラの指示か」

「はい。そうです」

 電子決済は便利だがその分アシがつき易い。本人しか使えないということは裏返せばどこでそれを使ったかを探られると居場所が限定されてしまう。これがあるからいつまで経っても現金が無くならないのだ。

 チャンが買い物をしている間にこちらのリクエストに合うドライバーを探す。

 通常、待合室や休憩スペースというものは、空港・駅・港の順にお粗末になっていくものだがここは文句なしに最下位だ。ゴミ捨て場で拾ってきたような不揃いなイスやテーブルが集まった部屋に時間潰しをしたい人間がぽつりぽつり。

(ひとりやふたりは居るはずなんだが……)

 探すのは日系人。この先にある日本人街のあるK町に向かうであろうドライバーを見つけなくてはならない。 

 何人か顔つきを見て回ったところ手頃なのを発見。端末の翻訳機能をオンにして声を掛ける。

「よお。大将」

「んあ? 何だオメェ?」

「見たところ同胞のようだがK町に向かうのかい?」

「フィーッ……まあな」

「良かったら一杯おごるぜ。同じのでいいか?」

「いいのか。悪ぃな」

 大して警戒もせずに男はこちらの申し出を受けた。酔っている人間との交渉は楽で良い。

 休憩スペースに隣接するバーのカウンターでビールとつまみを買ってテーブルに戻る。

「遠慮なくやってくれ。大将」

「へへ。悪ぃな」

男はそう言ってジョッキを豪快に傾けた。そして半分以上それを飲み干したところでトロンとした目を向けてくる。

「で、K町まででいいんだな。たぶん明け方になるぜ」

「助かる。弟も一緒なんだが良いかい?」

「いいぜ」

 商談成立。出発するまで小1時間ほど仮眠を取りたいというのでいったんテーブルを離れる。 

チャンを探しに売店の方に移動しようとしたらジイサンから通信が入った。

『兄弟だって? 随分あつかましいじゃねえか!』

「ちゃかすなよ。そう言っておいた方が無難だろう」

『それもそうじゃな。正直に実年齢を言っちまったら兄弟どころか祖父と孫になっちまうからな』

「いちいち事情を説明するのは面倒だ」

 正直に話したところで信じてもらえないのはいつものことだ。年齢を誤魔化すのは本意ではないが自分の場合は止むを得ない。歳をとる事とは無縁なまま四十数年…。

『同級生の立場から言わせてもらうと肉体だけは二十歳の頃と変わらないなんて羨ましい限りじゃぞい』

やれやれ。嫌なことを思い出させてくれる。ジイサンとは長い付き合いだというのに。

「……下らんな」

『そ、そうじゃったな……済まんかった。ワシも飲みすぎたようじゃ』

「いいよ。慣れてるさ。それよりあまり夜更かしするな。明日は明日で忙しくなるぞ」

『お前さんも気をつけな。そろそろ検問が始まるようだぞ』

「それは想定内さ。大した問題じゃない。幸い相棒も俺と同じ特技を持っているしな」

B国軍は今頃大騒ぎしているらしい。随分のんびりしているように思えるが、奴らが本気で動き出したらそれはそれで厄介だ。

 油断は出来ない…。


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