6.2
大粒の涙を溢していたKの状態が落ち着いた頃、自室に戻ったことで体に蓄積されていた疲れを思い出したのか、アヤは椅子へと腰を掛けた。
同じ行動をしていても、戦争にも身を置くことがある王は傍に立ったままで気に入っている顔を見つめ続けている。
それに気付かないふりをしつつ、アヤは息を長く吐き出すと気にしていた事を口にした。
「ジン。先程の街の様子だが」
普段自室では女性としての姿で生活している為、王の前でボロが出ないように気を配りつつ、アヤはイオに目で指示を出してから説明を続ける。
「ん?」
今日見てきた景色の美しさが気に入ったと話すのかと気を抜いている王に鋭い質問が向けられた。
「東北の川沿い。何も無いな」
連れて行かれた場所からは、国の全体が見渡せる。
ほぼ緑に覆われている土壌豊かな国にしては珍しく、一部緑が少ない寂しげな場所が存在していたのをアヤは思い出していた。
「ああ。あそこは土質が悪くてな」
まさか神殿で政治のような会話をすると思っていなかった王は目を大きく見開いてから、一目で土地のことを気にするアヤの聡明さに気付き、会話の先を促すように真剣な眼差しへと変えた。
「イオ」
すでに準備を指示していたイオは返事をして笑顔を女神に向ける。
「はい。アヤ」
過ごした時間が長いこともあり、アヤの指示は細かなものを聞かなくても伝わるのかと、王はジリジリとした思いで眉を寄せた。
「ユルシカさん。何か閃きですか?」
そんな部屋の空気に気付かないのか、背中の羽をピクリと揺らしてKはパンと手を打つ。
「くくっ。Kは鋭いな」
ふふっ。
女性的な笑いが溢れそうになるのを抑えつつ、できるだけ太い声色を使いながらアヤが言うと…
「褒められたっ」
今迄褒められたことが少ないのか、その場でKは嬉しそうに飛び跳ねる。
王族、貴族に囲まれることが多い王には目の前の笑顔が多い状況に慣れないのか、ポリポリと頬を太い指で引っ掻く。
「仲良いんだな」
三人の仲にあるモノに自分が含まれていないのが寂しいのか、無意識に愚痴のような…台詞を溢すと…
「えっと…王様も仲良しですよ?」
出会ってから数十分も経過していない立場で、いきなり仲良しと言い出す能天気とも言える自然体な台詞や、王の告げた言葉が不思議だと頭を傾げる姿を見て…アヤに対して湧き上がる欲望とは違い…王の立場とは別に、庇護したいような感情がKに対して生まれて、
「お前。可愛いな」
傾げている頭をグリグリと再度撫で始めた。
「くくっ。Kの無垢さは最高だぞ?」
肘置きに手を置き、機嫌良く微笑むアヤの姿を見て、王の頬も上がっていく。
「だな」
アヤとイオ二人の間にある絆とは違っていても、今日出掛けたことで、自身とアヤの間にも何かが生まれたのだと、王の機嫌は上昇し続ける。
「恥ずかしいですっ」
揶揄われているのかと、頬を膨らませつつ、慌てるKを二人が愛でている間に、部屋の片隅から、イオが布袋を手に取り傍へと戻り王に手渡した。
「これは?」
「マメ科の植物だ。土質が悪い場所程育つ。それに、保存にも適している。調理…と言うよりは、そのまま食べる方が良いかもしれない」
「どれ…」
「わっ。それっ。種ですよ?」
「ん。でもコレを食べるんだろ?」
普段、毒見係がいてもおかしくはない王の立場で差し出された物を迷わず口にする姿を見て、Kは大慌てで止めようとしたが…一歩遅く、もう口内へと消えてしまった。
「ふふっ。大丈夫です。ええ。種はこの部屋のモノですから毒ではありません」
ニヤリと整った顔で作られたような笑顔でイオが説明をすると、王は少しだけ困ったような表情になった。
「お前が言うと怖いんだよ。おっ。コレ旨いな」
「くくっ。イオ。お前の性格の悪さは、ばれている様だな」
「酷いですね」
王宮で行われている会議や謁見では感じない温かな空間で四人は微笑みながら、国の話をし続けた。
王佐と国の幹部達と話す形式ばかりの話とは違う時間は、ジンにとって、重要で…新しい国の道が多く広がっていくのを感じる。