6.1
短時間でも自分が守る人と国を見ることができて、帰りの馬上では行きよりもアヤの表情は柔らかくなっていた。
漠然と…
『国の為』
にと言われて閉じ籠っていた時よりも、自分自身の役目、そして未来への思いが強いモノへと変化したのをアヤは感じていた。
___つい…その幸せな時間で、大事なモノを忘れていたと神殿に戻り気付くことになった…
「アヤっ」
「ユルシカさんっ」
自室へと続く扉近くまで来た時、イオとKの二人が飛び出して来る。
脱出までのスピードと、誘拐犯が王の立場で神殿に使用していた警報魔法が効かなかった為、女神不在に気付くのが遅れたのだった。
向かい入れた表情で二人にとって自分がどれ程大切な存在だったのかを改めて感じたユルシカは頭を下げた。
「すまない」
「アヤ…無事なら…でも心配でした」
「私も…」
イオは安堵の息を溢し、Kは戻って来た喜びで涙を大きな瞳から溢れさせる。
無事を知って涙を流すKを見ながら…一人の男は首を傾げた。
「おい…誰だ?」
神殿内の奥深く。
女神付以外の人間が出入りできるとは聞いてはいなかった。
アヤ・イオの慌てた様子が無い状況では、不審者として扱うべき人間でないのは簡単に分かっても…
神殿勤務のメンバーが頭に入っている王としては、自分が今日抜け出した時に、名簿が増えていたのかと予想して腕を組み始めた。
「あ…私。あのっ。そのっ」
次第に眉を寄せ、険しい表情になりつつある王に気付いたKは…怯えるようにイオの背中に自分の身を隠す。
神殿の深い部分への通行許可証は、二人分。
女神と女神付だけだった。再度、脳裏で書類を思い返す。
ユルシカがそっと、自分より背の低く幼い見知らぬ少女の頭を撫でている事から、女神付とは違う立場の者で、危険な相手でないと感じ、手に込めた力を抜く。
その様子を見て、美しいアヤの唇は柔らかく微笑み、少女の紹介をジンにし始めた。
「Kだ。イオの召喚した妖精の様な存在だ。私にとっても大切な友人だ。許してやって欲しい」
「あの…私。Kです。悪いことは何もしません。王様に対しても。ただ…ユルシカさんの傍に居たくて」
ペコリ。
短めの茶色…跳ね髪の頭を下げる姿は、兄弟妹のいない王にとって、妹が居れば、この少女の様な存在なのかもしれない…の感情を湧き上がらせる可愛さが詰まった存在だった。
ユルシカと同じように無意識にその頭をそっと撫でる。
そして…Kの横で最敬礼をしながら、イオが謝罪を王にした。
「…すみません」
「そうか。二人とも心配させて、すまねぇな。K。お詫びにならないかもしれないが、お前の居住証明書は俺が出してやる」
通常、人以外に居住証明書が発行されることは滅多に無く、更にKがこの国に来た経緯は確実に取得するのが困難だった為、イオとアヤは存在を隠し続けていたのだった。
政治に触れない女神が発行権利が無い立ち場となれば、国のトップである王の証明書は何よりも力のある物になる。
「えっと、ご迷惑かけてしまうかも…」
自分の立場を分かっているKはビクリと体を震わせたが…ジンの大きな手がガシガシと強く頭を撫でることで、次第に笑みの表情になっていく。
「お手間お掛けします」
今迄、王に対して冷たい…反抗にも近い態度をとってきたイオが二人の姿を見て表情を緩めながら感謝の気持ちを伝えると、
「…お前…」
ジンの目は驚きで大きく見開かれたまませきかしてしまった。
「彼女は僕の大切な人ですから」
「そうか」
女神が気に入っている存在なのだから保護した…に近い行動でも、この感謝の気持ちで溢れている場所に居る王は擽ったいような気分になる。
そして、慣れてくると前までの敵意を隠しながらの応対が柔らかくなった事を喜び、王は大きく笑った。
その笑い声は全てを明るく包む。