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「ジンより早いモノがある…」
「ん?」
「別に…」
女神は馬上、王の腕の中で呟いた。
聞きやすい声量にならないのは、馬の駆ける速さで、唇を大きく開く事が出来ないだけではなく…自分を惹き寄せる存在に、内容を聞かれるのが何故か羞恥に感じてしまったからだった。
「アヤ。痛くないか?」
「ああ」
「もう少しだから。我慢してくれ」
「分かった」
言葉を短くしなければ、舌先を噛んでしまいそうな衝撃を体に感じながらも、痛みよりもアヤの体と心には新たなリズムが生まれていた。
___コレは…何?
繰り返し心に尋ねても、多くの先読みをしている女神にも答えが掴めなかった。
月夜の晩。
窓から見る景色とは違う木々。花々。地面。そして空。
全て、目を配りたくなる程美しかった。
それでも、最後に視線を向けてしまうのは、不本意に自分を振り回す王だった。
「おしっ。此処だ」
「…此処は…」
「国が一望出来る場所だ。そして。月も見える。勿論。アヤの居た神殿もな」
「…本当だな」
高い丘。
決して小さくはない国が一望出来る場所で、反対側の山の上には自分がいた神殿。
外側から見るのは数回でも、分かる独特な造りだった。
「綺麗だな」
「ああ。俺は、この国が好きだ」
「そうだろうな」
「分かるか?」
「お前の様な者が王に留まっている位だ。魅力的と感じているのだろう」
「棘があるなぁ」
「くすっ。分かったか?」
「酷いな」
女神のクスクスと言う笑いに大きな笑いが被さり、普段の女神なら確実に『煩い』と眉間に皺を作る所。
今は、自然にその笑いを体に受け止めていた。
「ジンは、不思議だ」
「ん?」
「私を女神として扱わない」
「扱ってるつもりだぞ?女神も王も民も皆。人だ。ただ…この場所に連れて来た特別な人はアヤだけだ」
「…っっ。補佐も居るだろう」
「違う。あいつは親友だ。俺は、アヤを見た時。天から降りて来たと思った」
「…」
馬から降りると、ジンは大きめの岩にアヤを座らせた。
そして、横に立ち街に視線を戻す。
「女神も人だと今、言ったが…。アヤは、存在しているだけで凄い力を感じる。魅力も。今まで、他の人に対して、此処まで思ったことは無い」
「…私は男だぞ?」
「関係ねぇよ」
「告白されているみたいだな」
「………そうかもしれない」
「ジ……ジンっっ」
「すぐに飲み込まなくて良い。ただ。俺にとってアヤは特別だって、分かってもらいたかっただけなんだよ」
「……ああ」
その言葉が嘘でない事は、ピンと立った姿勢や声色で分かり…アヤの心は軋む程に早く動き始めた。
___もしかしたら。私も…なのかもしれない。
女神が思ってはいけないモノをアヤは抱え始めていた。
「私が護ろう。この国も。ジンも」
「アヤ?」
「私はこの国の女神だ。腕と足はお前には適わない。だが、知識。先読みでは私に適う者はいないだろう」
「アヤは俺が護る。この国も。女神も。全部。それが出来ないなら、俺は俺で無くなるからな」
「…そう…か。ありがとう」
女神はふわりと微笑んだ。
その微笑みは、王が生まれてから、今までの間見たモノの中で一番…差を確かめる事も無い程、美しいものだった。
___時は。満ちる。
祭りの重要な時が来る。
その時。
今過ごした時間が二人の運命を決める…。