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第八十四話 三拍子

 行進(パレード)の夜は、ラウラと祭りを回る約束をしていた。


 足取りは重かった。


 だけど約束だから、守らなくちゃいけない。


 目立たないとはいえ俺の風貌はある程度知られてしまったし、ラウラは何分亜人族(アウスレンダー)なので二人でいるとよく目立つ。

 せめてマシにということで、二人して深くフードを被って出かけていた。


 まあ、これはこれで目立つ。

 あくまでマシってくらいだ。


 来たのは中央広場横の屋台群。

 一番混むところではあるけど、踏破祭(ディヒブライナヘン)では一度は見て回るべき場所だそうだ。


 訪れてみて納得する。


 他の雑多な屋台群と違ってここは全店が木目を出した骨組みで統一感が出されており、その上で各々目立つように少しの色を交えてある。

 祭りの中にあって祭りに呑まれていない個性があるというか、屋台というより開いた店舗のような完成度だ。


 何より香りがたまらない。

 ここに屋台を出せるのは料理人ギルド推薦の、フィールブロンを代表する有名店のみらしい。

 それぞれが香辛料や魚醤の香りで特徴を出し、気に入った香りを辿ればその料理に辿り着くくらいには差別化もできている。


「ラウラちゃん、その、はぐれないようにね」


「……はい!」


 ラウラは元気の良い顔で強く頷いた。


 よしよし、運動もできる子だし、注意さえしてくれれば大丈夫かな。

 狙われているとは言わないけど、闇地図の被害者ということである程度は記者を警戒しておいた方が良い。


「あの……、ヴィムさま?」


 ん?


 ラウラは何やら恥ずかしそうに手を出している。


「うん? どうしたの?」


「……あれ?」


 遅れて理解する。


 え? 手を繋げってこと?


 いやいや、妙齢の女性にそういうのは……普通に子供だな、うん。


 意を決して手を握る。

 人の手を握った経験がほとんどないので、妙な気分。

 まあ子供だし変に意識することもないだろう。


「行こっか」


「……はい!」


 人ごみの中を目まぐるしくすり抜けていく。

 俺が引っ張るというよりはラウラが引っ張っている時間の方が長い。


 そうやって人々の熱気に当てられ、三拍子の音楽に耳を傾けていると、やはり感情の振れ幅が大きくなっていく気がする。

 ラウラがこうやって力強く手を引いてくれていることに、一つの安心感を覚える。


 しかし男としてそこそこ情けないのが、俺は背があまり高くはないので、男連中が多いような場所では埋もれて前が見えなくなってしまうことだ。


 そこで取られたのが肩車の陣形。

 ラウラが少し体を縮めて俺が担ぐことで、疑似的に身長を嵩増しする。


 何をしているんだこれは。


「ヴィムさまヴィムさま!」


 ラウラがお気に召す屋台を見つけた。


 特殊な牛串のようなものを売っている屋台だった。

 看板には「七種串」と書いてある。

 四種類の肉の部位と、三種の野菜を組み合わせ、唐辛子の利いたタレで味付けしているらしい。


「これはきっと美味しいです!」


 串を手に、ラウラは目をキラキラさせていた。

 嗅覚に優れた異人種(アウスレンダー)のお眼鏡に適うだけあって、確かに美味しそうだ。


 しかしまあ、ちょっと勇気が要るんだよなこういうの。

 全然食べられないわけじゃないけど、いろいろな味を組み合わせて複雑にするのはあまり得意じゃない。


 つべこべ思うことをやめ、齧ってみる。


「あれ」


「美味しいですね! ヴィムさま!」


「……うん。美味しい」


「よかったです!」


 あんまり賛否を感じるような味じゃなかった。

 普通に肉って感じ。

 これならいくらでも食べられる。


 小腹を満たすと、今度はそのまま広場に連れてこられた。


 飲み、食い、買いの次の祭りの重大要素、踊りである。

 ラウラは躊躇することなくスイスイと踊る人々の中を抜けていき、丁度良いスペース立ち止まってこっちを振り返った。


 そして、ちょんとスカートの端を摘まんで頭を下げた。



「ヴィムさま、お相手、お願いします」



 ……もしかして俺、リードされてる?


 見るに、男女で両手を繋いで一、二、三、一、二、三と足を動かす感じらしい。

 見様見真似でやってみる。


「ごめんラウラちゃん、俺あんまりこういうのやったことなくて」


「テキトーでいいんです! 楽しみましょう!」


 一、二、三。

 

 一、二、三。


 一、二、三。


 これ、ジグザグに横歩きしているだけでは?


 そう言おうと思ったけど、ラウラはラウラで楽しそうに見える。

 それを見ているとなんだかこっちも楽しい気はしてくるし、野暮なことなのかな。


 周りを見てみれば夫婦や恋人ばかりだった。

 そしてさらによくよく見てみれば、みんな何かを話している。

 二人だけの世界というか、繋いだ両手の内側だけに何か特別な空間が作り出されているような。



「ヴィムさま」



 ラウラの声の調子が変わった。

 足は止まってない。音楽も続いている。


「私、ヴィムさまにとっても感謝してるんです!」


 緊張した面持ちだった。

 他の動きをしていないと誤魔化せないような、そういう感じ。

 でも掴んだ両手を離すわけにはいかなくて、逃げ場がないような。


 恋人たちが祭りで踊るのはこういうことか。


「その、何度もお礼を言おうと思ったんですけど、ちゃんと言うのは難しくて。本当に、ありがとうございます、ヴィムさま」


 まっすぐな瞳だった。


「……そんな特別なことをしたわけじゃないよ。ただ、放っておけなかっただけなんだ。それだけ。でも、ありがとう。受け取っておくよ」


 俺は口を小手先で回してそう答える。

 ラウラの顔はパッと明るくなる。

 踊りの歩幅がちょっと大きくなったような気がする。



 でも、違うんだよな。これは。



 分離している。

 感じていることと体の動きが違う。



 ダメだよラウラ。


 俺、君の顔が見れないよ。


 俺にそんな資格はない。

 そんなにまっすぐにぶつかられたら、耐えられない。



 迷惑を、かけてしまったんだ。



「ラウラちゃん、あのさ」


「はい?」


「ハイデマリーって、口は悪いけど凄くいいやつなんだ」



 ハイデマリー、という言葉が聞こえて、ラウラは素っ頓狂な顔をした。


「荒っぽいけどさ、アレはアレで独特の敬意というか、遠慮しないことがかえって相手への誠意を表す、みたいな、そんな文脈なんだよ、うん」


「……踊ってる途中ですよ、ヴィムさま」


 うーん、さすがにまずいのか、こういうのは。


 恋愛のあれこれはさておき、ラウラが俺に好意を抱いてくれているのはわかる。

 不自然に第三者をねじ込んでいくのは良くないか、やっぱり。


 まあ、その好意もとんだ自作自演(マッチポンプ)みたいなものだから。


「とにかく、仲良くやってほしいんだ。お願いできるかな」


 ラウラは膨れた顔をして、頷いた。



 これできっと、約束は果たしたことになるのかな。



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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱり自分の居場所じゃないと感じて、主人公なりの別れの挨拶かな。
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