第八十話 喧騒
「おいヴィム、どういうことなんだ」
「あー、うーん、その」
膠着状態になり、ある程度の警戒さえすれば安全だという余裕があった。
ラウラもアーベルの後ろに引っ込んでもらった。
喫茶店だけあって障害物も多い。
ヴィムは複雑な顔をしていた。
間違いなく困っていて、暗い表情をするところだけど、それを悟らせないようにしている。
あの長耳族が何かしたのは間違いない。
その内容はなんだ。
よくよく仕草を見る。
敵じゃない、私たちのうちの誰かを意識してる。
ラウラだ。
ラウラの方から、視線を外している。
「ラウラの前では言えないこと?」
ヴィムにだけ聞こえる小さな声で聞いた。
「……【竜の翼】が闇地図を買ってたんだ」
重々しい口調だった。
ヴィムの論理からすればキツいことこの上ない事実なのもすぐにわかった。
「で、それがなぜ囲まれることに繋がったの」
「複雑なんだけど、その証拠資料と引き換えに【竜の翼】の全財産を移譲することに加担した。あ、ソフィーアさんは“狐”だったんだけど」
「情報量が多いぞ」
あー、えー?
あ、うん、そういうことか。
「それで、順番的にはあの長耳族が持つもんもってから憲兵に行ってくれってことで、ここで足止めされてる状態なわけね」
「……理解が早すぎませんか」
「君のことならなんでも知っているからね」
「あと、ソフィーアさんは闇地図に反対してたらしいから、金を手に入れたら個人的にすぐにこのことを公表というか、ばら撒くらしい」
やりたい放題だな、あの長耳族。
まだ整理がついてないが、とにかく状況はわかった。
今すぐ口封じに殺されるとかそういう話でもないらしい。
本当に時間が経つまで待てばいいだけだ。
肩の力を抜く。
あの長耳族本人が告発するなら、これに関して私たちにはやることがない。
それはもちろん、ヴィムにも。
【竜の翼】は間を置かず裁かれるだろう。
「それで、これからヴィムはどうするんだい?」
そう尋ねざるを得なかった。
だけど、返答はなかった。
そして、ある程度の緊張を表面上保ったまま、半刻が経った。
脱出の合図らしき笛の音が聞こえたと思ったら、敵はそそくさと喫茶店を出ていった。
あとに残ったのは私たち四人と、店のマスターだけだった。
完全に緊張が切れて、ヴィムとアーベルは構えを解き、ラウラは床にへたり込んだ。
「……ごめん、ラウラちゃん。その、怖い思いをさせた」
「大丈夫です、ヴィムさま!」
各々無傷らしい。
ラウラはあれで強かなのが良い。
マスターにお金を多めに払って、喫茶店を出た。
時刻はもう昼を大分すぎて、夕方に差し掛かろうとしている。
ここは街の外れの方だから祭りからは遠いけれど、それでも喧噪が遠くから聞こえてくる。
「とりあえず、まず、街に行って様子を見てくるよ。ギルドか憲兵の方に確認してくる」
まったくまだ混乱が抜けてない顔で、ヴィムはそう切り出した。
「ラウラを屋敷まで、俺の家じゃなくて屋敷まで送り届けてほしい。頼めるかな」
アーベルを横目で見ると、頷いた。
戦闘があったので一応報告をする義務がある。
さらにこれから【竜の翼】のことでフィールブロンの情勢はある程度動くと思われるので、先にカミラさんの耳に入れておくに越したことはない。
ヴィムは深呼吸をして、街の方を向いた。
「そういえば、どうして二人ともこんなところに?」
げっ、誤魔化せると思ったのに。
「ああ! それはね! ヴィムを探してたのさ! ラウラがやっぱり君と一緒に踏破祭を回りたいっていうからさ! 私もついてきたってわけさ!」
「お、おう……」
「ほら、アーベルもいるだろ、君が所在の報告義務を怠っちゃいけないと思って、合流してもらったのさ!」
「なるほど。あれ? じゃあその……アーベルさんは監視役なわけだ」
……アーベルさん?
「ヴィムさん! そんな他人行儀な!」
アーベルが聞きつけてショックを受けていた。
「え、ヴィムさん、俺、何かしましたか?」
「いえ、そんなことは何も! 滅相もない!」
「本当に何かしたなら、おっしゃってください……」
そのとき、私は言葉を呑み込んだ。
今までも疑う瞬間はあった。
でも確かじゃなくて、それがヴィムの足かせになっちゃいけないと思って、何も言わなかった。
なんてことだ。
今、ヴィムの状態は最悪だ。
言うべきか?
いや、思い返してみればそもそも自覚してる節もある。
半分くらい?
いやでも、完全に自覚させてしまったらヴィムはどうなる?
「さあさあ! アーベル! ラウラを送り届けてくれ! ヴィムには私がついていく!」
少なくとも今は露呈させるべきじゃない。
ここで状況を保留させる判断は間違っていない。
「え、でもハイデマリーさん、それは」
「今日の監視業務は終わったよね? それに私は本来近接向きじゃない。ボディーガードには盾職の君が適任だろう」
「それはそうかもしれませんが」
「行こうかヴィム。状況がわかっている者が一人くらいは……」
ヴィムを今一人にしちゃいけない。
そうじゃないと、また。
「いや、ハイデマリー。俺、一人で行くよ。これは俺の問題だから」
たん、と石畳が蹴られた。
ほとんど消えたような速度。
私では目で追うこともできなかった。