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第七十九話 血の巡りが悪くなる

「クロノスさんからすれば楽なものでしょうね。未知の場所を探索するんじゃない。予め安全な経路がわかっていて、迫りくる脅威の程度もわかっている。そして最悪開拓ができなくても、報告書にそのまま闇地図を描き写せば十二分に手柄にはなる」


「……それって、その、黒字になるんですか?」


「いいえ、まったく。闇地図は多少の手柄など問題にならないくらい高額です」


 口は動く。頭はまだギリギリ回る。



 でも、どんどん重くなる。澱んでいく。



 責任の所在が頭の中と外をうろうろする。


 俺のせい? そんなわけあるか。

 クロノスが勝手にやったことだ。


 俺はあくまで一要素でしかない。

 加えて言うなら【黄昏の梟(ミナーヴァ・アカイア)】が諸悪の根源だ。


 そう言い聞かせる。


 そうだ、お門違いも甚だしい。

 こんなものが交渉材料になるわけない。


 勝手にやってくれ。



 ああ、でも無駄だ。

 倫理の話でも裁判の話でもない。


 これはただの事実。



 俺の選択一つで、ラウラをあんな目に合わせることもなかった。

 まだ生きていた命があるかもしれなかった。


 揺るがない。だって事実だから。


 俺のせいで誰かが死んだという因果関係が絶対的に存在する。



 それはさ、俺が悪いって言うんだよ。

 少なくとも俺はそれ以外には思えないんだよ。



「資料はすべて、事実ですか」


「はい。裁判で証拠能力がある資料になります。詐欺師として保証します」


「なんの冗談ですか、それ」



 資料を確認する。

 ご丁寧に魔力印付きの証言まで書いてある。

 俺が調べていたこととも符合する。



「確認します、ソフィーアさん。【竜の翼(ドラハンフルーグ)】は【黄昏の梟(ミナーヴァ・アカイア)】に何メルク支払うことになっていますか」


「現時点で三十万メルクが消えています。資料によると数か月先にはもう三十万メルクが支払われます」



 うん。多少貯金があったとはいえ、それは階層主(ボス)討伐の報奨金がなければそもそも払おうなんて考えない額だ。



「……闇地図があってもクロノスたちは階層主(ボス)を退けられない。もっとたくさんの外部の助けを使っていたはずだと思うんですけど、どうですか」


「複数の一般人が金で雇われて囮に使われていたことが判明しています。こちらは【黄昏の梟(ミナーヴァ・アカイア)】のゲレオンという男が主導で行っていたことですが、クロノスさんも了承していたそうです。細かい取引場所や金額等は資料の後ろの方に書いてあります」



 こちらも照らし合わせる。

 きっとこれも真実だと判断した。


 これにて事実関係の確認が取れた。



「ふう」



 肩の力を抜いた。


 思考が滞る。


「……それで、あなたの要求はこの資料と引き換えに【竜の翼(ドラハンフルーグ)】の全財産を移譲する書類に魔力印を刻むこと、ですかね?」


「はい」


「もしかして、手段はどうあれ【竜の翼(ドラハンフルーグ)】なんて終わればいいと思ってますか?」


「クロノスさんは狂っています。これ以上の凶行に及ぶ前にケリを付けるべきです」


 それはまあ、同感かな。


 これ以上野放しにして財産を絞りつくされるまで闇地図を買われたらたまったもんじゃない。


 どうしたものかな。


 この資料をもらったら憲兵に駆けこむわけで、そうなれば【竜の翼(ドラハンフルーグ)】は終わるわけで、なら魔力印を刻むか否かは些細な問題になるか。


「私としては資料をこのまま渡すこともやぶさかではないのですが、やはりお金は必要なので。ちなみにその資料は私の承認なしに私から一定距離離れると燃え尽きるようになっています」


「なるほど」


 表情が読めないのも相まってソフィーアさんの倫理観がよくわからない。


 詐欺は良くて闇地図はダメなのか。

 何か信念があって憤りでも感じているふうではあるが。


 俺の方はと言えば、実は憤りとかはないみたいなんだよな。



「……わかりました。印を刻みます」



 なんというかな、こう。ダメだ。言語化しにくいな。


 ソフィーアさんは眉をちょっと動かして、言った。


「本当にあなたは良い人なんですね、ヴィムさん。金は山分けにするから印を刻め、という準備もしてきたんですが」


「多分、そんなんじゃないです」


 正義感とか信念に基づいて何かしたわけじゃない。


 人差し指に魔力を込め、紙切れに押し当てた。

 この魔力印は血印と同等の効力を持つ。

 これで【竜の翼(ドラハンフルーグ)】の全財産はソフィーアさんのものになる。


「一応、言っておきますが」


 ソフィーアさんは口を開いた。

 若干の気色を感じて驚いた。


「ヴィムさんがあの亜人族(アウスレンダー)の少女を救い、リタ=ハインケスと接触して以降は闇地図の作成は止まっています」


「……そりゃ、どうも」


 人差し指を離した。



「これにて取引は終了となります。その資料は好きにしていただいて構いません」



 あっさりと彼女は席を立った。


「了解です」


「ちなみに私が金を受け取り次第仲間がギルドと憲兵、新聞社に駆けこむことになっていますので、何もしていただかなくても【竜の翼(ドラハンフルーグ)】は崩壊しますよ」


 それはずいぶんやる気満々だな。

 思ったより圧が強いというか。


「その、積極的……ですよね。何か信念でもあるんですか」


 足を止めて、逡巡する様子を見せた。


 ここが打ったら響くところらしかった。



「私たち“狐”はどうしようもない屑ですが、それでも揺らがないことが一つだけありました。それは貧しい者からは奪わないこと。富める者、恵まれた者、再生できる者からしか奪わない。義賊のようなこともやったことがあります」



 毅然とした、でも哀しみのこもった言葉だった。



「私も加担した身です。罪滅ぼしに、このお金で孤児院でも建てます」


「……そうですか」


「半刻ほど待っていただけると助かります。いえ、正直に言うと心配した仲間がこのお店を囲んでいるので、ちょっと戦闘になると思います。あまり害する意図はないので大人しくしていただけると」


「えぇ……」


「では」


 そう言って彼女はゆっくりと、まるでちょっとお茶をしに来ただけかのように、普通に店を出ていった。





 あの長耳族(エルフ)が店を出た瞬間、空気が異様に変わった。


 気付く。


 客の中にあの長耳族(エルフ)の手の者がいる。


「アーベル! 構うな! ヴィムを守れ!」


 バレるとかそういう問題じゃない。


 緊急事態だ。


 アーベルにも意志が通じた。

 三人でヴィムの方へ駆けつけた。


「二人ともなんでここに!?」


「話はあとだヴィム! 状況を教えてくれ!」


「むこうはあくまで牽制しかしてこない! はず!」


「だそうだアーベル、構えろ!」


「了解です!」


 その瞬間、私は失策に気付いた。


 この場で一番弱いラウラという存在を失念していた。

 飛んできた矢に私もヴィムもアーベルも対応していたけど、ラウラだけは別だった。


「しまっ……」


 だが、ヴィムが飛んできた矢を、()()()()()



「待ってください! 戦闘の意志はありません! 時間まで大人しくしています!」



 ヴィムはそう叫んだ。


 すると敵は武装までは解かないにせよ、戦意を緩めた。


 本当に状況は膠着した。

 確かにその時間までは安全なように思われた。



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― 新着の感想 ―
取引に応じて交渉成立したのに、 なぜ殺す勢いで攻撃されてるのか理解できない そもそも交渉で来てるのに、断ったとしても攻撃される謂れははい
[一言] 【黄昏の梟】が諸悪の根源 そう言い聞かせるもなにも、それが事実であり全てなんじゃないかな?w
[一言] いかにも守って仕事した感出しとるけど、ハイデマリーたちがいなければ何も起きなかったという事実
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