第七話 承認宣言
初めて別パーティーの迷宮潜に同行したが、自分の未熟さを痛感した。
【夜蜻蛉】の連携はそれはもう、組織的で、効率的で、なおかつ能動的。
この人数を捌ききる高度な伝達魔術を軸に、あらゆる行動が手引書化され、個人個人がそれを深くまで理解し、応用する。
多少の不測はその手引書の範囲内に収まってしまう。
俺が【竜の翼】でやっていたことはあくまで、調べたり聞きかじったことの模倣を、実戦で繰り返して形にしていただけだ。
みんなはあまり戦略には興味がなかったから、そういうことを考えるのは俺の役目だったんだけど。
そして今考える。
「そりゃあ、邪魔だよなぁ、俺」
なんて視野の狭い戦略を仲間に押し付けていたのだろうか、俺は。
滑らかな進行の中に身を置いてみて思う。
戦略というのはこうして現場で何年も積み重ねられ、改良された方法を、全員の合意をもってしっかり訓練を行うことで初めて意味を成すのだ。
『戦闘の支援を頼みたい』
なんてことを考えていたら、カミラさんから個人伝達が来た。
……やはり後方では邪魔だったか。
乱した分を補填しようと思ったけど、裏目に出てたかなぁ。出てたよなぁ、そりゃ。
淀みない進行の中で前方に出るべく、早歩きで隊を大きく回って、カミラさんと合流した。
「おお、ヴィム少年」
「はい、その、来ました」
カミラさんは足を止めず、ザッザッ、と歩き続ける。
両サイドでは盾職の人が死角を埋めながら、前方を照らしている。
「君の言った通り、ジーモンの索敵に丁種のワイバーンが引っかかった。回避は不可能と判断したので、これから戦闘になる」
「はい」
「私を先頭に陣形を取るから、盾部隊に混じって支援に回ってほしい。頼めるか」
……うん、さすがカミラさんだ。妥当な形だろう。もし俺が直接戦闘に携わる職ならそもそも戦闘に参加させることに危険があるが、支援なら悪い方向には流れない。一番流れ弾が当たりにくく、なおかつ防御系の付与が有効である盾部隊に配置されるのは合理的だ。
「承知しました。えっと、どこに行けば」
「アーベル、君を迎えた奴だ。彼があそこにいるから、彼の部隊に混じってくれ」
*
『こちらジーモン。ワイバーンを直接探知。距離三十、むこうも我々に気付いているようです。敵意を感じます。まだ威嚇の段階ですが、距離二十……いや、二十二の段階でこちらに攻撃してくるでしょう』
『こちらカミラ。了解した。予定通りこの先、距離三に陣形を取る』
カミラさんの声が全体伝達で響く。
「よ、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。改めまして、アーベルです」
アーベルさん、もとい、アーベル君。
俺と同じ年頃の精悍な青年である。無頼漢、って感じ。
でも口調は丁寧なので、あんまり攻撃的な感じではなく、優しい感じがする。
「……えっと」
あー……。
無理だ。
初対面の人にこっちから会話を投げるなんて、俺には無理だ。
「ぁっ、……その、ぁっ」
「大丈夫ですか?過呼吸でも?」
「いえ! だ、大丈夫です!」
真顔で言われた。辛い。死にたい。
「そんなに緊張なさらなくても大丈夫です」
あ、優しい。嬉しい。
「今回はワイバーンなので、我々盾部隊がブレスを防げるか否かが鍵になります。強化をかけていただけますか」
「はい、もちろん」
こうやってむこうから話を投げてくれるとやりやすいな。さすが部隊長。
「それで、どういうのをかければいいでしょうか。……あの、その、【竜の翼】は小さいパーティーだったので、盾部隊の人たちにかけるべき強化、というのはあまり考えたこともなくて」
「団長からは防御系の強化を、と言われています。ブレスを防ぐのが第一目的ですので、耐熱と拡散の方向になると思いますが、すみません、あまり付与術には詳しくないもので。お任せする形になります」
まあ、そういうものだろうなぁ。
各々の職業というのは、魔力に目覚めてのちに自分で決定するものだ。
そして一度決めた職業は原則変更することができない。
この身一つで生きていかなきゃいけないことを考えると、どうしても他者の強化に特化した付与術師になるメリットはない。
したがってそもそも付与術師は少ないし、知識を持ってくれているだけでも稀だ。
「えっと、じゃあ」
盾部隊を見回す。五人で合ってるな。
みんな同じくらいの体格だから、計算を合わせるのも簡単だろう。
「防御に振った強化をかけますね。では、承認宣言を」
「ちょっと待ってくれないか、ヴィムさんよ」
一人の中年くらいの男性が、俺の言葉を遮った。マルクさんだったかな。
「せめてもうちょい説明しちゃくれないかい。強化はあまり好きじゃあないんだ。いつもと感覚が変わっちまう。何が強化されるのかくらい言ってもらわないと。付与術ってのはやたらめったら属性付けたりするもんだから」
「……え?」
そんなことに、興味を持ってもらえるの?
「その、僕は初級の付与術しか使えないんです。なので属性とかはなくて、いろいろ、割と複雑に組み合わせて使ってます。感覚も調整できるので、言っていただければ合わせますが」
「ヴィムさんよぉ、こっちが素人だと思ってねえか? 多少知識はある。もうちょっと細かく言ってくれ」
「その、いいんですか? 気にしなくても感覚はそのまま、防御力がちょっと上がる、くらいになると思いますけど」
「は? いや、感覚はそのままってどういうことだ。そんな強化あるのか」
「説明していいんですか?」
「お、おう……?」
説明しろ、なんて言われたのは初めてだった。
いつもは細かいことをぐちぐち言うなとばかり言われていたから。
嬉しかった。
「はい、今回かける強化は七種類の防御系付与、二五種類の感覚付与を組み合わせたものになります。みなさんの体格は一グルーの範囲内に収まるので、すべて同じ強化で問題ないでしょう。防御系付与もさらに二種類に分かれまして、『関節強化』『摩擦減』『摩擦増』は部位ごとに任意のタイミングでデフォルトで付与しますが、『耐熱』『耐震』『硬化』『分散』の四つはそのときその場に応じて割合が変化します。すべて重ねがけすると僕の魔力が保たないので編み出した苦肉の策ですねはは……でも意外とメリットもあることが判明しまして、重ねがけ特有の感覚のブレが薄くなるんですよね。これが結構、素のままの感覚に近かったりするんですよ。しかしそれだけでは真に迫れないので、二五種の感覚付与が重要になってくるんですね。まず触覚なんですけど、『皮膚触覚』『内臓触覚』──」
「わかった!わかった!」
気付けば、俺はマルクさんに制止を受けていた。
しまった。やらかした。
つい早口になって喋りたい放題喋ってしまった。
「驚いた、つまりヴィムさんはアレかい、そんな何十個も同時に付与できるのかい」
「……すみません、はい、じゃなくていいえ。その、情けない話なんですけど、同時は同時なんですけど、小分けにしているだけといいますか、魔力が少ないのでこんな感じで調節してます。すみませんすみません、いっぱい喋っちゃって」
気付けば、盾部隊のみんなは静まり返っていた。
うん、やらかしてる、うん。
「確認だが、感覚は普段と変わらないようになってるわけか?」
「えっと、はい。凄く調子が良い! みたいに感じるようになっています」
そう言うと、マルクさんは顎髭に手を当てて、しばらく黙って考えているふうだった。
「わかった。強化をかけてくれ。承認宣言、俺、マルクは術師ヴィムの付与を承認する」
「同じく、アーベル、承認する」
他の三人も続いてくれた。
……諦められたのか、呆れられてないと良いけど。
でも強化をかけてちょっと動いてみると、存外に心地よいと感じてくれたみたいだ。
「ほお……これは、なかなか。かかってることも忘れちまいそうだな。ほれ、アーベル! 打ってこい!」
思ったより反応が良くて、安心した。