第七十四話 前夜祭
ラウラは俺たちの反応に戸惑っているようだった。
「お祭りは今日からですよ! 祭り市も始まります! おしゃれしなくちゃ!」
……一応、聞いたことのある話ではある。
踏破祭の前夜祭はまだ祭りの相場が定まっておらず、稀に掘り出し物が見つかるということで一部女子、あるいはマニアのみなさんが殺到するらしい。
「あれ、でも、俺たちが出なきゃいけないのって表彰式の夜だけじゃ」
どうだっけ、とハイデマリーに確認する。
「いや、三日目に【夜蜻蛉】のお披露目があるから、私たちはそのときも出なきゃいけない」
「それって確か迷宮潜の格好で揃えるんだったっけ」
「そうだよ」
「じゃあ別にいいか。最悪表彰式も普段着で」
「いいんじゃない? 私もそうするし。やれやれ、久しぶりに自室に籠れるぜ」
俺もしばらくはそうしよう。
カミラさんにも休めと言われていることだし、整理しなきゃいけない気持ちも、確かめなければならないこともある。
「久しぶりに暇になるなー」
「ねー」
祭りということで住宅街や郊外はいつもより静かになるだろう。
もしくは街の中央からなんとなく騒がしさが聞こえてくるとか、そんな風景も想像される。
それはそれできっと乙なものだ。
そう言えばハイデマリーは休日何をやってるんだろうな。
故郷にいたときは日がな一日訓練したり勉強したりしてたけども。
「……信じられない」
とか考えていたら、ラウラがこの世ならざるものを見ているみたいな目で俺たちを見ていた。
「踏破祭ですよ!? おっきなお祭りですよ!? 次いつあるかもわからないんですよ!?」
お、おお?
ハイデマリーと見合う。
「おいヴィム、なんかこいつ行く気満々だったらしいぞ」
「……俺たちと一緒に、ってこと?」
「だろうね。正しくは君とだろうけど。にしても厚かましいなこの半獣人は」
「寂しいんでしょ、身寄りもないんだし。そんな邪険にするもんじゃないって」
「ぐぬぬ……じゃあどうするよ」
「どうしよう」
総じて、二人でおろおろしていた。
「……前の踏破祭が、思い出なんです」
ラウラはポツンと言った。
「家族みんなでフィールブロンに出てきたばっかりのときでした。私もまだ小さくてあんまりよく覚えてないんですけど、街中が楽しそうで、みんなおしゃれしてて、美味しいものをいっぱい食べて」
ヨヨヨ、と目元に手を当てだした。
「……行こうか、じゃあ。うん、今日は祭り市で服を買いに行くということで」
抵抗できるわけもなかった。
多少わざとらしさが見える泣き落としではあったが、子供の涙の前には無力である。
「ちょっと待てヴィム、私そういうの無理だぞ。服とかも知るか。こちとら母親直伝の三種のお召し物を忠実に守ってる身だぜ」
「俺も無理だよ。ってか昔から服装も髪型も変わんないと思ったら本当に変えてなかったのか」
「そうだよこんちくしょう。一人で服屋とか恥ずかしいんだい」
うーん、この様子だと俺もハイデマリーもダメそうだ。
ラウラに全部任せるか?
いやでも、前のことは覚えてないって言ってたし。
この面子で行くと地獄が予想された。
「行くなら増員してくれ、ヴィム。私は無理だ」
「でも、どうする? 呼べる人員に心当たりがない」
「同じく。あ、でも」
俺、友達いないし。ハイデマリーも友達いないし。
カミラさん?
うーん、凄く目立ちそうだ。本人は気にしないだろうけど。というか服となるとイメージがない。
ラウラにいきなりメイド服を着させるあたりも不安要素。
「仕方ねえ、牛娘を呼ぶか」
あ、そうか。グレーテさんがいた。
彼女なら安心な気がする。流行のあれこれとかわかってそう。
「呼べるの? 忙しいんじゃ」
「泊まり枝は今回は出店しないらしいし、まー大丈夫でしょ。なんだかんだついてきてくれるって」
「おー」
そういえば仲良かったんだな、と思い出した。
勝手に友達皆無認定をしてしまったことを心中で詫びた。
*
「で、うちにいらっしゃったと」
居酒屋『泊まり枝』の裏、グレーテさんのご自宅の玄関に三人で並んでいた。
傍から見ればさぞ間抜けな絵面であろうことは請け合いである。
「その可愛い子がラウラちゃんですね」
可愛い、と言われてぴょこっとラウラの耳が動く。
……ぱっとそういうことを言えるあたり、さすがグレーテさん。
グレーテさんはいつものお店で着ているような給仕服ではなく、なんか、こう、形容し難いおしゃれな服を着ていた。
ワンピースドレスというか、白いレースがふわふわとついている、こう、そういうやつ。
いや色合い的に部屋着なのかな、わからん。
ラウラの目がキラキラしていた。
グレーテさんもその視線に気付いたのか、あえて少し余裕を見せてあげるような雰囲気を醸し出してくれている。
そうである、グレーテさんは大人の女性然としていた。
俺たちと同い年なのにこの差はなんだろう。
街で育つのと日々迷宮に潜るのとではここまで違うのか。
「というわけで君に白羽の矢が立ったわけだよ牛娘。さあさあ我々を案内してくれたまえ」
……なぜか偉そうなハイデマリーを見ると、多分資質な問題な気がするけども。
グレーテさんは軽く息を吐いて、決意を固めるような、準備をするような仕草をして、言った。
「スーちゃん」
「ん? なんだい」
「私は嬉しいんです。あのスーちゃんがおしゃれをしたいと言い出すなんて」
「……いや別に私はそんな」
「なんと! 自分から! 言い出すなんて!」
「だから言ってないって」
「何度もそんな芋くせえ格好してんじゃねえ、って言って聞かなかったスーちゃんが!」
「そんなこと言われたっけ……?」
「覚悟してください! 今日一日スーちゃんは私の着せ替え人形です!」
「……判断を誤ったか」
いつの間にかグレーテさんは拳を振り上げていた。
「ラウラちゃんも! 私は可愛い女の子が大好きなんです!」
「はい! お願いします!」
「よーし腕が鳴ります! 三人とも! 私が見繕ってやりましょう! ちょっと待ってくださいね、準備してきますので」
完全に切り替わったらしい。
これは任せて良さそうだ。
……ん? 三人?
俺も入ってるかぁ。
「あ、ヴィムさーん、お財布の方は頼りにしてますので」
「……了解です」