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第七十三話 一軒家

 フィールブロンの外れの方に一軒家を買った。

 金だけは十分にあった。

 もともと荷物も少なかったから、小一時間手続きをするだけであとは鍵をもらえば引っ越しもすぐに済んだ。



 よく眠れた。眠れてしまった。



 今になってわかる。


 俺はあの“正しい”空間から逃げたかった。


 選ばれた人たちが正しい努力を重ね、自信をもって互いに高め合っていく空間が、どうしても。


 自分が忌々しい。

 でもこっちの方がマシだと否定できない。



 ラウラの処遇はある程度落ち着いた。


 俺が保護した以上は俺が面倒を見るというのが筋、という話もあったが、無理である。


 俺に年端もいかぬ少女の面倒を見るとかできるわけない。


 故郷に帰ってもらうか、面倒を見てくれる里親を見つけるなり寮付きの学院に通ってもらうなり、今はある程度選択肢を揃えている状態。

 当面の間は【夜蜻蛉(ナキリベラ)】の屋敷のメイドさん達の寮に泊まってもらって、手持ち無沙汰ならお手伝いなりをしてもらうという方向に話がまとまった。


 重要なのはラウラの気持ちだろう。

 事情は複雑だが幸いなことにカミラさんも協力的だ。悪いことにはならない。


 俺も、金なり権力なりを使ってできることがあるなら、全部やるつもりだ。


 ……もしも、想像が合っているなら、俺にはその責任があった。



 快調とまではいかないが、ここ最近ではそれでも一番良い目覚めだ。

 一人の心地よさというものに気付いてみればよりいっそう。


 しかし、ベッドから身を起こしてみれば、すぐ隣で頭を深々と下げている亜人族(アウスレンダー)の女の子が見えた。



「うわっ!」


「おはようございます。ご主人様」



 あれ? 誰だこの子。


 ラウラ、だよな。

 顔は間違いないけど、でも七、八歳くらいじゃなかったか?

  明らかにそれよりはもっと背が高い。


「あれ? ラウラ、ちゃん?」


「はい」


「なんというか、あれ? ……そんなに背高かった?」


「私たちの一族は大きくなったり小さくなったりしますので!」


 ますので! と反響した。


 ラウラで間違いないのか……?


 というかなぜここにいる。メイドさんの寮に泊まっているはずじゃなかったのか。



 部屋の奥の方に目を配ってみれば、ソファーの上にシーツでくるまれて結ばれて置かれている塊があった。


 顔だけ出ている。というかハイデマリーである。


 口から涎を垂らして気持ちよさそうに寝ている。



 そうだ、迷宮(ラビリンス)の呼び声を聞いた以上は、少なくとも初日は俺を見張るとかなんとかって話になったんだっけ。


 それでハイデマリーが少なくとも今日は私の前で寝ろ、と言い出して……


 なぜかわからないけど、見張られている気分はしなかったな。

 むしろ慣れているような気すらしたけど。



 というか、よく見れば部屋が若干荒れている。

 机と椅子の配置が狂っているような。



 情報量が多いぞ。何がどうなってる。



「ハイデマリー! 何がどうなって」


「ん? んぁ? ……はっ! しまった! 寝てた! おい半獣人(ハルページィヒ)! この拘束を解け! よくもまあ好き放題しやがって」


「ふーんだ!」


「その態度ならこっちも考えが……ふがっ」


 ハイデマリーはもがいてソファーから落ち、身動き取れないながらも達者な口でラウラと言い合っていた。


 なんだなんだ、昨晩喧嘩でもしたのか。


「あの、ラウラちゃん」


「はいなんでしょう! ご主人様!」


「あ、いやご主人様はやめてほしいかな……、なんて。せめて固有名詞を」


「固有名詞?」


「名前で、呼んでください……」


「あら、まぁ」


 違う違う。頬を染めないでくれ。

 そういう意味で言ったんじゃない。





 一階に降りてみれば見事な朝食が用意されていた。

 ラウラはとてとてとて、と音を立てて慌ただしく食卓を走り回っている。


「ヴィム、聞いて驚け。この半獣人(ハルページィヒ)の実年齢は十三歳だ。この雌犬、か弱い女児を装ってヴィムの懐に潜り込もうとしやがったんだ」


「犬じゃないですぅー」


 素直に聞いて驚いた。


 聞くところによるとラウラの一族は“獣化”を使えて、その副作用として使用後しばらくは体が幼児化するらしい。

 未熟だと精神も引っ張られるとかなんとか。

 そして普段からもある程度体を伸縮させることができるらしい。


 なんだそれは。どういう原理だ。


 よく見ればちょっと余裕のある服装というか、体格が変わっても着られそうな服だ。

 しかもメイド服である。結構派手め。


「ヴィムさま、その、そんなに見られると」


 ジロジロ見てしまった。


「あ、いや、そうじゃなくて」


「でもヴィムさまがお望みなら……」


「違う違う。……その、どうしたの、その服」


「これは、カミラさんが是非着てほしいと」


 あの人こんな趣味があったのか。


「十三歳だぞヴィム! あと五年もすれば私たちともほとんど同い年みたいなものだろう!?」


「知らんがな。まだ五年経ってないって」


 いやまぁ、十三歳ならまだ保護者が必要な範囲内だし少女くらいで……もうちょっと田舎の方なら独り立ちしたりする年齢なのかな、どうだろう。


「見ろこいつを! 私よりもチビだから許してやってたら、まさか伸縮自在とは」


 憎まれ口を叩きながらも、ハイデマリーはもしゃもしゃとラウラの作った朝食を頬張っている。


「口の悪い人は嫌いです!」


「んだこらぁ!」


 まあ、二人ともそんなに本気じゃないみたいだし、じゃれ合ってるくらいかな。引いて見れば微笑ましいかもしれない。


 ラウラも元気そうで良かった。

 第九十九階層での恐怖を引きずってしまっていたらどうしようかと思っていたが、なかなか強かな子みたいだ。


 さて、今日はどうするかな。

 カミラさんからは休日を言い渡されているし、今後のことも含めてまたカミラさんに相談を……いや、休日ってそうじゃないか。



「で、今日は前夜祭ですね!」



 ラウラは元気よく言った。


「お二人はどんな服を着ていかれるのでしょうか!?」


「「服?」」


 ハイデマリーと声が重なった。



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― 新着の感想 ―
日常回はその後の反動が怖いよ
[良い点] そういえば、なろう小説でしたね、という感じのっぽさを久しぶりに感じました。 [一言] 貞操の危機を救ってくれた恩人。 せめて合意の上で
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