第六話 資質
なし崩し的に俺は【夜蜻蛉】の迷宮潜に同行することになった。
しかも向かった先は第九十七階層、つい最近【竜の翼】が突破した第九十七階層だ。
今の期間は、階層主がいたせいで調査できなかった未知の箇所を虱潰しに調べる期間になっている。パーティー間での激しい競争が行われるわけだ。
やばい。どう考えてもやばい。
俺では確実に足を引っ張る。
「……俺の役目は索敵だから……でも装備も十分じゃないし……最前列のカミラさんと後列のハイデマリーを焦点に楕円索敵を展開して、想定されるべきは崩落トラップと埋没トラップで、いや、この前の傾向とまったく同じと考えるべきか、……いやいや、そもそも五十人以上の迷宮潜なんて初めてだし、お任せできることは全部して何も考えず………違う、俺が絶対ノイズになる以上その分の補填は」
「ハイデマリー、彼は何をブツブツ言っている?」
「いろいろ初めてで緊張してるんでしょう。慎重な性格なんです」
「慎重なのは良いことだな、きっと」
カミラさんが奇妙な目で俺を見ている。見限られたらどうしよう。
「でも、腰が引けているとかえって安全とは言い難いぞ、少年!」
「ふぁい!?」
背中をバンと叩かれる。
「君はBランクの【竜の翼】でこの階層に潜っていたのだろう? しかも君たちは我々に先んじて階層主を倒したんだ。そんなに恐縮しないでくれたまえ」
「……はい」
「今日は行って戻るだけの地図作成が主目的だ。できることをしてくれるだけでいい」
カミラさん優しい。涙が出そう。
強引に肩の力を解かれて、視線がちょっと上向いた。視界が広がった気がする。
前に潜ったことのある層だ。
構成する物質はいつもの迷宮と同じ。生命に満ち満ちた空気に、周囲をうっすらと青く照らす、発光する壁。
この壁は一枚の面のように整理されていたり、洞穴の壁みたいにゴツゴツしていたり、あるいは植物だったり動物だったりする。
この階は洞窟っぽい系統だ。
『તમે વારંવાર આવો છો』
「……わ!?」
何か、今、聞こえた。耳元で。
「どうしたんだい、ヴィム」
「いや、空耳?」
何かの声か? いや、索敵には何も引っかかっていない。周りに何か聞こえた素ぶりのある人もいない。矢がかすめたとかそういうわけでもない。
「何かのトラップの前兆じゃないのかい。報告しといた方が」
「そんな感じでもない。本当に空耳だと。……でも」
迷宮では何が起きるかわからない。
空耳でも予感みたいなものなら、警戒をするに越したことはないだろう。索敵を拡げることにした。
◇
【竜の翼】の付与術師ヴィム=シュトラウスと言えば、もともとある程度の知名度はあった。
【竜の翼】自体が数年で、たった四人でBランクに昇り詰めた空前絶後のパーティーだ。
加えて階層主の討伐すら成し遂げたのだから、そのメンバーであるというだけでフィールブロンで名が知れ渡る。能力にも興味が湧く。
さらに、名誉ある階層主撃破直後の、内部のいざこざがあってクビになった人間、となれば、噂話の意味合いでも様々な注目が集まるだろう。
その当事者が我がパーティーの次期幹部候補、ハイデマリーの友人であったというのは奇妙な巡り合わせだ。
そして驚いた。
ハイデマリーから聞いてはいたが、このヴィムという少年は、想像以上に使える。
まず索敵の精度。【夜蜻蛉】の索敵担当に距離こそ及ばないが、その分地中や空中に網を拡げて、空いている分のカバーに回ってくれている。
『あの……よろしいでしょうか、カミラさん』
伝達魔術で私に個人伝達が来る。
『何かな、ヴィム少年』
『ちょっと先ですけど、左側上方、距離四五に落石トラップの疑いが。直接の反応はあくまで疑い程度ですが、さっきジーモンさんが探知してくださった亡霊犬の配置からするに、可能性は高いと』
『確かか?』
『十中八九、あります』
特筆すべきはその観察眼と知識量、洞察力だ。
恐らくある分野においての迷宮研究の先端にいる。
トラップの予測など聞いたことがないが、先ほどから現に彼の予測はぴしゃりと的中している。
『いや、でも、万が一外れたら進行に遅れが』
『……そういうときは遠慮なく全体伝達にしてくれて構わないんだぞ。君はすでに五つの落石トラップを回避している。むしろ当たりすぎて怖いくらいだ。外してくれた方がみんな安心する』
『はい、すいません、すいません』
ちょっと遠慮がすぎるところが玉に瑕か。
いや、それは彼の真髄にも関係しているのだろう。
彼は異常なほど自己主張をしてこない。
驚くほど周りを見て、足りない部分の穴埋め、あるいは足りている部分の底上げ、危険の低下に努めている。
そしてそれは、多くの場合驚くほど的確だ。
しかも彼は我々【夜蜻蛉】が長年かけて積み重ねた手引書を、一読しただけで理解し、記憶した。
あまつさえ感心しているようですらある。あれは指揮官の目線に立たないと全容は把握できないはずだ。彼は【竜の翼】でどんな役職を担っていたんだ?
『距離四三左方に落石トラップの可能性があります。予想される質量は一五十程度。柱の形状です。アーベルさんの盾で問題なく防げると思います』
『こちらアーベル。了解しました。俺が担当します』
結局、落石トラップは存在した。
確実な事実の積み重ねが、評価を裏付けする。
迷宮に対する深い理解に、年齢にそぐわぬ実務能力。垣間見える安全に対する意識。
伝えてくれる情報は絞られているが、その何十倍もの情報を拾って、吟味し、推測しているに違いない。
やや挙動不審気味なのは周りが見えすぎてしまうゆえかもしれない。
……採ったら、どうなるかな。
『カミラさん、あの、こちらヴィムです』
『なんだ』
『すみません何度も何度も』
『そういうのはいい。何か見つけたか』
『左右の壁に傾斜が出てきています。そしてしばらく翅を持つ虫類が見えなくなっています』
『? それは何を意味しているんだ』
『……はい、大型の縄張りに入ったと思われます。恐らく翼持ちなのでワイバーンか、それに類する甲種か丁種、少なくとも二十人級の混合種と推測されます。あっ、えっと、結構高い可能性です。九割方います』
うちの研究担当に会わせたら喜びそうだな。
『全体伝達で伝えてくれ。あと、可能性が高いものは私に確認を取らずその場で全体伝達を使ってくれて構わない』
『承知しました』
頭にちょっとした思いつきが浮かんだ。
聞く話によると、ヴィム少年は高度な付与術を駆使するのだったか。
むしろ本来の役割はそちらだと。
『ヴィム君』
『はい』
『あくまでお客様、とは言ったが、ちょっと頼まれてくれないか。索敵の方はジーモンに任せて構わない。前方に出てほしい』
『はい、その、ええと』
『戦闘の支援を頼みたい』