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第六十三話 ずっと

 冒険者ギルドの警備を突破し、迷宮(ラビリンス)を駆けていく。


「સ્વાગત છે」


「わかってるって! 何言ってるかわかんないけどさ!」


 抑えていた気持ちが溢れだしてぐるぐる回る。

 手足を動かすのに呼応するかのようにとめどなく溢れ出す。


 頭の中がぐちゃぐちゃだ。洪水みたいになってる。


 でも案外冷静かもしれない。

 安全と速度を両立している、気がする。


 わかんないよそんなの。

 こんなところまで完全に一人で潜るなんて、やったことない。


 速い。とにかく速い。

 いろんなものが軽くなっている。頭痛も耳鳴りも感じる暇がない。


 全部置いていっている。


 第九十九階層への道は何度も来ている。

 もう体が勝手に動いて転送陣を踏んでくれる。

 いつもの道を一人で来るのは新鮮だ。見覚えのある景色がこんなにも変わる。

 ゆっくり行進するんじゃなくて、自分のペースで次々行ける。


 この隠し転送陣を踏めば、第九十八階層の宝物庫に辿り着く。

 そうすればすぐ隣の転送陣を踏んで、最前線まで。


 さあ踏んだ。見えたのは絶景。

 半球(ドーム)状の天井に散りばめられた宝石のような鉱石たち。



 こんなに綺麗だったんだ。

 何度も何度も通路にするたびに色褪せていた。

 どんどん小さくなって大したことない場所だと思ってた。



 それがなんだ、こんなに広い。

 誰にも喜んで見せなくていい。自分の心の中だけで感じたことが全部。



「ん?」



 と思ったら、いきなり雑音(ノイズ)が走った。


 第九十九階層の転送陣から、人が来た。

 それも三人で、普通の冒険者と変わらない装いながらフードを深く被って顔を隠している。


 ここは【夜蜻蛉(ナキリベラ)】が秘匿している場所のはずだ。

 そしてみんなは今、全員地上にいる。


 つまり外部の人間がうちの情報を盗んできたってことだ。


 明らかに怪しい。


 しかしむこうに敵対する意思はなかったみたいで、一瞬俺を見て足が止まりかけたものの、相対する暇もないまますぐに転送陣を踏んで消えてしまった。


 なんだったんだ、あれ。


 追うか?


  いや、もう転送陣のむこうだ。帰ったらカミラさんに報告するくらいで……


 そこまで考えて、気付く。


「帰るって、なんだそれ」


 そういうことは考えないから、ここまで来たんだろうが。





 来た。最前線。


 蒸し暑くて視界が悪い。

 ある程度開拓が進んでいるとっても密林(ジャングル)は日々その姿を変える。

 道の記憶はそんなに当てにならない。


 でも違うんだ。恐れるべきことじゃない。


 むしろ俺は、本当はこの環境を歓迎していた。


 蒸し暑いってことは関節が柔らかく動きやすいってことだ。

 準備運動がいらないからいつでも全開で動ける。


 後ろを見てくれる人がいない。

 当然視界の外は全部死角。

 そして障害物もたくさん。


 怖いったりゃありゃしない。こんな野放図な危険に身を晒すなんて。


 どうしても感じてしまう。


 ワクワク、してる。



「なあ!」



 大声を上げた。


 薄々勘づいていた。

 角猿はわざわざ俺と戦いに来ていた。だから迷宮潜(ラビリンス・ダイブ)のたびに遭遇する。


 あいつは俺を待っていた。


 そして俺もあいつと戦うことを、心待ちにしていた。



「いるんだろ!? 俺は来たぞ! 一人で! 今なら! その、」



 続きを言うのか? 言っていいのか?


 ええい、もういいだろう。


 気にするな。置いてきた。


 思うことすらやめていたけど、ずっと思いたかった。言いたかった。



「──邪魔はいないんだよ!」



 言った。


 言ってしまった。もうあと戻りできないことを。


 罪悪感に打ち震える。

 でも言いたかった。これが言いたかった。

 言っちゃいけないけど、もう言ってしまった。



「સારું હતું」



 声が聞こえる。奥の方だ。


 この声がなんなのか、まったく見当はついていない。

 迷宮(ラビリンス)が俺に語りかけているような気もするし、階層主(ボス)の声のような気もするし。


 そんなのわかりっこない。誰か教えて欲しいくらい。


 でも、確かなことが一つある。


 俺はこの声に惹かれていた。

 恐怖だと思っていた。聞いちゃいけないと思っていた。

 それは違ったんだ。

 惹かれていることが尋常でないと知っていたから、本音を無視して聞こえないフリをしていただけだ。



 密林(ジャングル)の闇の奥の奥。

 角猿は勿体ぶったように木々の隙間をゆっくりと歩いてきた。


 枝から枝に飛び移るようなこともしていない。

 何も隠すことはないかのような態度で堂々と、俺の目の前にやってきた。



「会いたかったよ」



 俺の言葉を理解したのか、角猿はキッと声を上げて、獰猛な歯を剥き出しにした。


 取り巻きもいない。

 きっと索敵する必要もないという確信がある。こいつは正真正銘の一対一(タイマン)を張りに来た。


「ああ、でもごめん。ちょっと待って」


 なら、俺も応えなくちゃいけないだろう。



「移行:『傀儡師(ぺプンシュピーラー)』」



 ……あれ?


 象徴詠唱をしたはずなのに、景色が何も変わらない。


 ああ、なるほど。


 ()()()()()()()()()のか。


 じゃあやることは倍率を上げることだ。

 今ならいくらでも攻められる。

 だって俺が死んでも誰も死なないから。生き残ることなんて考えなくていいから。


 ちょっと。ほんのちょっと。

 コップから一滴だけ水を零すくらいのイメージで、緩めた。



 来た。



 グワッと意識が広がる。頭がぐるぐる回る。目がチカチカする。

 勝手にいろんなことが思い出される。

 関係ない記憶がフラッシュバックし続ける。

 最近のことも昔のことも、ここがどこかわからなくなるくらい浮かんでは消えるを繰り返す。


 集中を切らすな。落ち着け、いや、落ち着くな。

 思考の発展を止めるな。及んだ発想を打ち切るな。全部把握しろ。

 次から次へと湧く情報をすべて処理しきれ。


 ただでさえ頭の中がぐちゃぐちゃなのにもっと進んで荒らしていく。

 収拾なんて考えない。


「はぁー」


 息を吸う。


 ふしゅー、と息で歯を揺らす。


 ぐるぐるする。

 感情と情報の奔流を意図的に加速させている。

 意識が途切れる崖っぷちで踊っているみたい。

 今この瞬間、全部が暗転(ブラックアウト)してもおかしくない。

 でも体の節々まで意識が染み渡って、どんなにも自由自在に動けそう。


「……ヒッ」


 おっと。思わず笑っちまいそうになったよ。


 膝が震える。こんなの久しぶり。

 今ならわかる。俺はずっとビビッてなんかいなかった。待ち受ける危険(スリル)を敏感に察知していた。


 これは、武者震いだったんだ。



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― 新着の感想 ―
すごいなあ壊れる様や狂気をここまで文で表現するなんてさ
[一言] સ્વાગત છે いらっしゃいませ સારું હતું よかった ダンジョンの声(?)も喜んでるよ
[良い点] お誕生日おめでとう。君は正しく、たった今再誕したんだ。
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