第五話 夜蜻蛉
翌日、俺は【夜蜻蛉】のパーティーハウスの前に来ていた。
【夜蜻蛉】。
百人以上の団員を擁する最大規模のAランク冒険者パーティー。
階層主の三割はこのパーティーによって撃破されたという実績を持ち、入団に際しては厳しい審査が行われる。
ハイデマリーはその審査を飛び越えてスカウトを受けた所謂天才と呼ばれる部類の人間だ。
入団後も功績を積み重ね、今や若手のホープ。次期幹部候補と噂されている。
彼女の職業は『賢者』。すべての職業魔術を扱える希少職。
ハナから人間としての器が違う。
俺が彼女と話せているのは、単に同郷だからに他ならない。
にしても、デカいな。屋敷じゃないかこんなの。
「何か御用でしょうか」
なかなか門を叩けずウロウロしていると、守衛さんらしき若いお兄さんに声をかけられた。
怪しかったよね、うん。
「あの……そうです、友人から紹介を受けて来まして、えっと、名刺を」
鞄に手を入れると、守衛さんがバッと身構えた。
しまった、余計怪しかったか。
数歩下がって、無害そうに笑顔を浮かべて……
「ふひひ」
あ、やべ、緊張して笑っちゃった。さらに警戒される。
「いや、怪しい者じゃないです。えっと、ほら、その、これ! お納めください!」
急いでハイデマリーにもらった名刺を渡す。守衛さんは怪訝な顔をして受け取った。
「……ハイデマリーさんに友人?」
ハイデマリーさん「の」友人? ではなく、ハイデマリーさん「に」友人? だそうである。あいつ、友達いないんだな。
「確かに許可紋が入ってますね」
何やら照らし合わせているようだ。
「体験? みたいな形で、ハイデマリーに言われまして……その、へへっ、僕もあんまりよくわかってないんですけど」
そう言うと、守衛さんは心当たりを思い出したようだった。
「となると、あなたがあのヴィム=シュトラウスさんでしょうか」
「ええと? はい、ヴィム=シュトラウスです」
そう言うと守衛さんは大変恐縮した。
「ああ、失礼しました! お話は聞いてます。お待ちしておりました。いやはや、時間まで少し早かったものですから、本当に失礼しました。ハイデマリーさんをお呼びします」
*
「ようこそヴィム、【夜蜻蛉】へ」
ハイデマリーに連れられて、豪華絢爛な噴水とかある感じの玄関を歩いていく。
「しかしなんだい、アーベル。ヴィムが来ると言ったろう」
「すみません、いや、こう言ってはなんですが、“あの”ヴィムさんには見えなかったもので、本当に申し訳ない」
「間違えるもんかね」
「いやだって、ハイデマリーさんはめちゃくちゃ美男子だと」
「言ってない! 言ってないよヴィム!」
先ほどのお兄さんは守衛さんではなく、アーベルさんという方らしい。
なんだ、軽口を叩きあえる仲間がいるんじゃないか。よかったよかった。
「なあ、ハイデマリー」
耳打ちする。
「ひゃい! ……なんだいヴィム。いきなり。驚くだろう」
「“あの"って何」
「ああ、案外君は有名なんだよ」
はい?
*
案内されたのは大きな広い部屋だった。
雰囲気としては、そう【竜の翼】で言う一階のテーブルみたいな感じだ。
談話室とか会議室みたいなものだろうか。
そこには【夜蜻蛉】の一団が何やら準備をしながら集まっていた。装備を整えているように見える。
まるでこれから迷宮潜をするみたいだ。
全員が醸し出す風格があって、ハイデマリーに連れられていなければ気圧されて逃げてしまいそうだった。
中でもひときわ目立つ人がいた。
ずいぶん体格が良いが、女性だ。
動きやすさを優先して銀の鎧に身を包み、腰には柄が不自然に長い、奇妙な得物を差している。
すぐあの人だとわかった。有名人だから。
「カミラさん、連れてきました」
「ああ、例の彼だな」
【夜蜻蛉】団長、“銀髪”のカミラ。
フィールブロン最強の戦士の一人だ。
「おお、君か。思ったより小さいな、いや失礼」
「……ははは」
近くで見ると俺より圧倒的に大きい。
というか迫力が凄い。しかも凄い美人。凄い。
「ようこそ【夜蜻蛉】へ。私は団長のカミラだ」
「あ、あの、どうも、【竜の翼】の、あ、元ですけど、はい、クビになりまして、ヴィムです。どうも。よろしくお願いします」
握手に応じると、ガッと握られた。凄い握力。
「話は聞いているよ、ハイデマリーからね。我々【夜蜻蛉】は有能な者を歓迎する。是非ともうちの空気を味わい、その価値を吟味していくといい」
「はい?」
「【竜の翼】とは勝手が違うだろうから、今回の迷宮潜ではあくまでお客様、後方の支援をしてもらうことになる。まあ、状況によっては戦ってもらうことになるかもしれないが、その程度は大丈夫だと見込んでいるよ」
……?
「なあ、ハイデマリー」
「なんだい?」
「どういう話をしてた?」
「言っただろう、体験って。これから一緒に迷宮へ行くんだよ」
「はい?」
「見せてやれ、君の力を」