第四十五話 戦力
『カミラさん、行き止まりです』
『よし、引き返して先の分かれ道を左へ行ってくれ。我々もそちらの方に舵を切る』
『了解です』
相変わらずやりやすい。
ヴィム少年は少数で独立して動くときも隊全体の動きを推測しているらしく、こちらがいちいち意味を説明しなくていい。
彼が正式な団員となった今、作戦立案に関して遠慮する要素が消え去った。
彼の強みである付与術と状況判断能力に、単体の強力な戦力という事実が加わるとそれはもはや万能の域だ。
どのような使い方をしても【夜蜻蛉】の迷宮潜は大きく効率化される。
だからこそ最適な運用が難しい。
そのためには彼に、彼自身の付与術について尋ねなければならなかった。
◇
「君が正式な団員になるに際して、聞いておかねばならないことがある」
彼が入団を承諾してくれたとき、私はついでと思って尋ねた。
彼の戦闘能力に関してもはや疑問の余地はない。
しかし階層主を倒したあと数日意識を失っていたことからするに、無限の戦闘機械と捉えてひたすら大型に当てるような行為は憚られるだろう。
そもそもそんな作戦もくそもないようなことは効率が良くないが。
「はい。なんでも」
「君の付与術についてだ。あの階層主のときといい、どこまでが再現可能になる? 可能な範囲でできるだけ細かく聞きたい」
使用する魔術の詳細は秘匿するものだ。
仲間になっても事務的な部分を話し始めるのが精々で、どの職業であっても大抵は必要な個所だけまとめて嘘を入れた説明を用意し、肝心の部分は隠しておく。
特にヴィム少年のようなほとんどオリジナルの魔術を駆使する場合はその傾向はより強まる。
しかしヴィム少年はまるでそういうことなど気にしないかのように、むしろ目を輝かせて、はいと言ってすぐ説明を始めた。
「僕が使用する付与術は二種類ありまして、人にかけるものと自分にかけるものとに分かれています。人にかける分には基本的に事前に作ったコードを参照することにしていまして、自分にかけないとなったらほとんど危険を許容できなくなるので、これはほとんど危険がない水準まで練ったものを使っています」
「コード?」
「すみません。僕は魔力が少ないので、既存の鋳型式は使えないんです。なので全部自前のやつの組み合わせでやっていると言いますか。筋肉の収縮と弛緩に合わせて弾性を調整して出力を上げるものをコード一の一と決めてまして──」
彼の口から語られたのは、解剖学にも精通した新しい魔術理論とも呼べるものだった。
私もそこそこ長く生きていたおかげで付与術の基本は押さえていたし、ヴィム少年のそれが特異だと知ってはいたが、これはあまりに。
もはや私ではこの理論の価値を評価することもできない。
しかしあれだな、ヴィム少年はこういうことになると急に滑舌が良くなるな。
「それで、人にかける場合は各々の感覚に合わせないといけないので感覚付与を重要視しています。そうじゃないとそもそも動けないので。ズレるだけでも骨が折れたりするかもしれませんし、みなさんにかける分にはほとんど危険がないくらいまで拡張性を高めたものになってます」
「なるほど、だから許容できる危険は精々筋疲労と痛みだけなわけだな」
感心する気持ちを抑えて話を聞き続ける。
「はい。それで僕自身の戦闘なんですけど、自分にかける場合はこの感覚付与がほとんどいらなくなります。慣れないうちは必要だったんですけど、かける具合によってどのくらい感覚とズレるのかを事前にわかったら必要ないな、と考え始めまして」
「それはどういう感覚なんだ? 実際に動いている間ということだが」
「うーん、言葉にしづらいんですけど、もう無茶苦茶になってよくわからないので、そのわからない部分は無視する感じですかね? 重要なのは体がどう動くか、それに耐えられるかなので」
「ちなみに、自身への付与を失敗した場合の危険はどうなっている」
「箇所によりますけど、原則その箇所が破損します」
……ここか、問題は。
ここまでは大規模調査のときと同じ運用方法で構わない。
運用する側として本当に聞かねばならないのはここからだ。
「では階層主とやっていた場合はどうなんだ? 明らかに出力が数段階違ったが」
「あれは脳に強化をかけています。なのでいろいろ底上げされます」
「脳? その脳への付与が失敗したらどうなるんだ」
「同じです。破損します。軽かったら意識を失うくらいですけど」
「ふむ……いや待て。それは大丈夫なのか?」
「大丈夫とは言えないです……なので僕がここに立っているのって奇跡みたいなものでして。正直階層主に関しても運の要素が大きいので、いただいた評価も結構過大なところがあると思うんですが……」
「偶然階層主を撃破なんてされたらたまったものではないがな……」
話を総合するに、少なくとも個人の戦闘に関して、ヴィム少年の付与術は本人に相当の危険を強いているということになるか。
……いや、どうなんだ?
ヴィム少年自身の頭脳は信用している。さもなくばできないことばかりだ。
しかしながら殊自分の能力に関してだけはヴィム少年はまったく信頼できない語り手と化す。
本当にそこまで危険が高いならあの階層主のときのような戦闘は不可能。
何億、何兆分の一の確率が実現した場合、疑うべきはその確率の方だろう。
そんなものは個人の感覚の中での話だから、他人がどうこう言うべき領域ではない。
だがヴィム少年が本当に自身の力を実力でなく運である、と処理しているとなれば。
他人から見ても明らかにおかしい部分が顕現する。
──彼は、そんな低確率に自分の身を投げ出し続けていたのか?
それはもはや狂人の域だ。安全に対する意識は高いと思っていたが、どういう釣り合いをとっているんだ?
わからない。
実力は疑いようがないし、階層主を撃破した時点である程度の大物まではほとんど一瞬で屠れるであろうことは勘定に入れていいはずだが。
◇
これから様々な運用方法を試していくべきだろうが、今回の編成はなかなか良い。
絶対に撃破されない高機動の斥候。
将なら喉から手が出るほど欲しい妄想の産物が、現実にある。
ほとんど回り道をせずかつ危険を冒さず本隊を動かせる。
『カミラさん、ここも行き止まりです』
早いな。
『了解した。ではまた引き返して──』
『団長、緊急です! こちらジーモン! 小部隊四班です!』
ヴィム少年に指示を出そうとしたところ、別の伝達が入った。
『どうした?』
『前方に大型二体の出現を確認したところ、後方にも大型が一体出現しました! まだ退避は可能ですが、このままでは囲まれます』
『了解した。まずは退避して本隊に合流してくれ』
大型三体か。
本隊で叩くにしても多いな。一度引き返すか?
そこまで考えて立ち止まる。
いや、今回はそこまで慎重になるのは過剰だ。
『ヴィム少年、今から指示を出す方に向かってくれないか。大型複数体を殲滅する』
絶対的な戦力がいるなら、使いどきはここだろう。