第三十一話 震え
支援器官が漂うだけで嫌な予感がした。
やられることに見当がついた。上空から広範囲にひたすら攻撃されるのだろう。
そうしたら跳んで躱すどころじゃない。
躱すためには、視界を超えた景色を全部記憶して予測して、処理しきるくらいじゃないといけない。水に足を取られているようじゃすぐに串刺しだ。
「『瞬間増強・五十倍がけ』」
うん、これなら視力ももっと制御できる。短期記憶もいける。
神経が繊細な箇所は必要な強化回数も増すから。
頭部全体の水分が熱くなる。沸騰しそう。
まあ沸騰してたら死んでるし、蛋白質の凝固温度くらいはさすがに下回っていると思いたいが。
上を見て、攻撃が来た。
触手だけじゃなくて水の槍やら刃やらいろいろ。
見える。全部見える。覚えられる。
触手は三百七十と七。刃が四百九十。槍が五十五。視界の外含めてそれで全部。
軌道も予測がつく。さすが階層主だけあって知能が高い。全部同時に着弾させるつもりだ。
最短経路に見当をつける。これならいける。
水を蹴る。蹴ることができた。これなら足場は関係ない。
狙うは水の刃。刃渡りがある分、他の攻撃と接触させて相殺できる。
跳び上がって先に剣の腹で受け流して、辺りの触手と槍に干渉させる。
これで大方打ち落とすか止めるかできた。あとは全部斬れる。
触手も、槍も、刃も、こうなってしまえば造作もない。
山刀で右で弾いた反動でそのまま左も弾く、強すぎる勢いは一回転して殺す。これで攻撃は瞬間的に止まったも同然。
足場ができた。思いっきり蹴って上がる。
当然第二波が来ている。まだまだ終わらない。この波状攻撃を捌ききる。
斬って斬って、蹴って、躱して、回る。
「……ハハッ!」
気持ちいい。楽しい。
三百六十度全部を把握している全能感。
作用反作用を全部利用して余すことなく利用する。それが全部うまくいく。
こんなに気持ちが良いものか。
一瞬でもズレたら死ぬスリルがヒリヒリする。
階層主に戦略があるのもいい。駆け引きをしている実感がある。
なんて刺激的。
自覚したら止められない。俺の中にこんな衝動があったのか。
全開だ。喜んでいる。
◇
ヴィム少年が階層主に肉薄し、それを恐れるかのように階層主がジャンプすると、消えた。
吹き飛ばされたかと思った。
しかしそれが間違いだとわかるまでまた一瞬、階層主の側面から彼は飛び出てきた。
貫通したのだ。その上空中で翻ってナイフを投げつけた。
階層主《ボス》は苦しみ始めた。
端から見れば致命傷に近い攻撃に見えた。
「団長!」
副団長のハンスに声をかけられて我に返る。
「……お怪我は!」
「ろくすっぽ戦えやしないが、立てはする。アーベルのおかげでな」
アーベルはまだ、私を守ってくれていた。
ヴィム少年によって階層主本体の攻撃は弱まったものの、未だに取り巻きたちからの攻撃は壮絶だ。
「脱出の目処は」
「立ってま──うらっ! 立ってません!」
少し話すだけでも絶え間無く攻撃は来る。
パーティー全員が個別に生き残るので精一杯。
とても作戦を遂行できる状態じゃない。
「団長! 指示を!」
ハンスの目を見てわかった。混乱している。
それは皆も同じだった。
団長である私を切り捨てろという無茶な指示を遂行させたのに、ヴィム少年によってその指示が無理やり覆された。
その次に見せられたのはあの空前絶後の戦闘。
どうする。【夜蜻蛉】はどうすればいい?
援護か? いや無理だ。あの高速戦闘だぞ、邪魔をして同士討ちになるのが精々だ。
ならば撤退は? 無理だ、囲まれている。現戦力では突破できない。目の前の取り巻きたちをどうにかするしか──
階層主の様子が変わった。形態変化だ。
驚愕した。
ヴィム少年はたった一人で階層主を追い詰めたということだ。
攻撃を繰り返していた取り巻きたちが浮き上がり、上空にぷかぷかと浮き始めた。
あれは、支援器官のようなものに変わったのか?
その間、少し攻撃が止んだ。
朦朧とした頭でも次の攻撃の予想は立つ。
その攻撃はヴィム少年ではなく我々も範囲内だ。致死量の流れ弾が来る。指揮を執らねばならない。
『総員傾注! 上から来る! その場からできるだけ離れて、防御に徹しろ!』
ほどなくして、その支援器官から大量の雨とも触手ともつかぬ矢のような攻撃が降り注いだ。
「『動け、大首落とし』」
力を振り絞って掲げた大首落としが、傘のように放射状に刃を拡げる。
気休め程度だが、しばらく保つはず。
腕にくる攻撃の振動に耐えながら、わずかな余力でヴィム少年の方を見る。
ヴィム少年は翻っていた。身をよじり、追撃を斬り伏せ、上空からの波状攻撃を躱し続ける。
もはや当たっているのと変わらないくらいの間一髪で、彼は高速を維持し続けている。
彼は、階層主を倒すと言った。
ハッタリかと思ったがそうじゃない。
互角以上に渡り合い、それどころかこうして形態変化を引き出すまでに追いつめた。
だがそれゆえに、わからなかった。
ヴィム少年は階層主の脅威に打ち勝つだけの力を持っているようにも思えたし、期待が急に膨らみもした。
一つだけわかるのは、我々ではもうあの次元の戦いに関わることはできないということだ。
*
楽しかった。いつまでもこうしていたいと思った。
余計なことを考えずに斬り払うこの時間が愛おしくすらあった。
でも、埒が明かない。
これでは上空からの攻撃を凌いでいるだけで本体へ一切攻撃できない。
ただでさえ精一杯なのに横方向に移動する余裕なんてない。
このままじゃジリ貧だ。
何か手はないかと考えた。
考えると、自分の中の隅っこに、何か感覚があった。
まだ、何かが足りない。足りないじゃない、気付いてない感じだ。
これは違う。何か予感を見逃している。
重要な予感。危機じゃない、俺の中の何かが告げている。
何をだ?
記憶が捉えた視界。前。もっと前。
そうだ、階層主の本体。
ナイフを刺して聞こえたコンという音が結びつく。何に結びついた?
そう、あの階層主の体内には硬い何かがある。
それは何かを守っている。何かとはなんだ。
決まっている、弱点、内臓だ。
つまり硬いものというのは殻だ。貝殻みたいなものだろうか。
その殻を破りさえすれば、俺の勝ち。
気付いた瞬間、頭は階層主本体への経路を確立させていた。動きも予測されていた。間違えようがない。予想外の挙動なんてありえない。この経路に沿えばすぐに勝てる。俺が失敗さえしなければ。
──いつの間にか、手が震えていた。






