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第二十三話 天井

 団長が出るぞ、と聞こえた。戦場が色めき立った。


 カミラさんは小走りだったが、存在感ゆえか、まるで悠然と歩いているかのようだった。


 女性にしては、というよりもはや人類として非常に大きなその体躯。

 整った顔立ちに揺れる銀髪。

 神々しさが人間の枠に収まりきらず、もはや崇拝されるべき彫像のようですらあった。


 彼女の剣、大首落としの刀身はすでに大剣ほどの大きさに膨らんでいた。

 俺も精一杯の強化(バフ)をかけているが、そんなものは一助になっているかすらわからない。


 きっとこの一撃で決めるつもりだ。


 階層主(ボス)という存在は狡猾で慎重であり、往々にして奥の手を隠している。

 できればそれを見る前に一撃で倒してしまうことが望ましい。


 剣の魔術、即ち切断する力には万物に有効な強さがある。

 生き物というのは、体の中心を切断されれば基本的に絶命する。

 下等な動物であっても大きな損傷は避けられない。


 みんなの力によって押している今、必殺の一撃を叩き込むことが求められている。





 付与済み(エンチャンテッド)です、という言葉を、もう何度聞いたかわからない。


 ヴィム少年の強化(バフ)は回数を重ねるたびに洗練され、私の体に染み込んでいた。


 もはや比喩ではない。

 私は彼の強化(バフ)によって実現する動きを、改めて生身で再現することを繰り返した。


 私は長らく天井にぶつかっていた。

 いくら鍛えても越えられない能力の天井。

 筋力の向上はもはや望めず、魔術も極めた自負があった。


 そしてその自負ゆえに限界を感じてしまっていた。

 【夜蜻蛉(ナキリベラ)】は素晴らしいパーティーだから、私はそれでも構わないと自分に言い聞かせた。

 現状の力を維持することしかできないなら、指揮と指導に尽力すればいいと。


 しかしそれは絶望の裏返しだった。


 戦士としての私は、割り切ったことによって死んでしまった。


 その凝り固まった状況を突然打破したのはあの強化(バフ)だ。


 借り物の力ではあったが、私は天井の上にある景色を見ることができた。

 彼の力さえあればいつでもそこへ行って確認できた。


 さっきまでの自分の体感が、明確な目標として目の前に立ちはだかる。

 これほどまでに鮮烈な道しるべがあるだろうか。


 たった数ヶ月で私は数枚の壁を破った。


 かつてない速度だった。


 今になって思う。

 君との初めての迷宮潜(ラビリンス・ダイブ)通り道(パス)が繋がった瞬間。


 あの瞬間に感じた高揚は、停滞を打ち破る(ブレイクスルー)の確かな予感だった。


 ヴィム少年、君は知らないだろう。知る由もない。


 私がどれだけ君に感謝しているか。言葉にして伝えようとしたけども、伝えきれる大きさを越えている。


 戦士としての私は、あのとき蘇ったのだ。



「『応えろ、大首落とし』」



 相棒が腕の神経から私に高揚を伝えてくれる。

 言霊が詠唱になったらしい。

 相棒は自ら進んで制御下に入り、腕の神経を通じて私に高揚を伝えてくれる。


 幸いなことにここには“空”がある。

 相棒を制限しなくていい、跳ぶ高さを考えなくていい。

 できるだけ高く跳んで、目一杯巨大化させて、思い切り下で叩きつけることができる。


 調子がいい。体が軽い。よく動く。


 敵は階層主(ボス)。一撃で仕留めないと何が起きるかわからない。


 でもそんなことを考えるより前に、私は一人の戦士として、燃えるような闘争心に身を焦がしていた。


『総員、退避しろ! デカいのを叩き込む!』


 小走りから助走に切り替える。

 歩数を合わせて、最高速度に乗るのを待つ。


 柄を握った右腕と地面を蹴る左脚が合うと確信した次の瞬間、私は空に浮いていた。


 まるで強化(バフ)に導かれているようだった。


 考えるより先に振り上げた(つか)に左腕が添えられる。


 背屈した全身は弛緩しきって、エネルギーを最大まで貯める。


 相棒は応えてくれている。

 倍で区切らなくても、滑らかに最適な瞬間を選んで巨大化してくれるに違いない。



「『巨人狩り』」



 剣尖が鞭よりも速くしなって、頂点に達した瞬間、相棒はかつてないほど巨大化した。


 もはや私にもどこまで伸びているかわからない。


 どこまで届いてしまうかもわからない。


 ただ確かなのは、この一撃は階層主(ボス)を叩き斬るのに十分であるということと、今の私ならどんな得物だって振り切れるということ。


 全霊を込めた一撃を、余すところなく叩き込んだ。



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