第二十三話 天井
団長が出るぞ、と聞こえた。戦場が色めき立った。
カミラさんは小走りだったが、存在感ゆえか、まるで悠然と歩いているかのようだった。
女性にしては、というよりもはや人類として非常に大きなその体躯。
整った顔立ちに揺れる銀髪。
神々しさが人間の枠に収まりきらず、もはや崇拝されるべき彫像のようですらあった。
彼女の剣、大首落としの刀身はすでに大剣ほどの大きさに膨らんでいた。
俺も精一杯の強化をかけているが、そんなものは一助になっているかすらわからない。
きっとこの一撃で決めるつもりだ。
階層主という存在は狡猾で慎重であり、往々にして奥の手を隠している。
できればそれを見る前に一撃で倒してしまうことが望ましい。
剣の魔術、即ち切断する力には万物に有効な強さがある。
生き物というのは、体の中心を切断されれば基本的に絶命する。
下等な動物であっても大きな損傷は避けられない。
みんなの力によって押している今、必殺の一撃を叩き込むことが求められている。
◇
付与済みです、という言葉を、もう何度聞いたかわからない。
ヴィム少年の強化は回数を重ねるたびに洗練され、私の体に染み込んでいた。
もはや比喩ではない。
私は彼の強化によって実現する動きを、改めて生身で再現することを繰り返した。
私は長らく天井にぶつかっていた。
いくら鍛えても越えられない能力の天井。
筋力の向上はもはや望めず、魔術も極めた自負があった。
そしてその自負ゆえに限界を感じてしまっていた。
【夜蜻蛉】は素晴らしいパーティーだから、私はそれでも構わないと自分に言い聞かせた。
現状の力を維持することしかできないなら、指揮と指導に尽力すればいいと。
しかしそれは絶望の裏返しだった。
戦士としての私は、割り切ったことによって死んでしまった。
その凝り固まった状況を突然打破したのはあの強化だ。
借り物の力ではあったが、私は天井の上にある景色を見ることができた。
彼の力さえあればいつでもそこへ行って確認できた。
さっきまでの自分の体感が、明確な目標として目の前に立ちはだかる。
これほどまでに鮮烈な道しるべがあるだろうか。
たった数ヶ月で私は数枚の壁を破った。
かつてない速度だった。
今になって思う。
君との初めての迷宮潜で通り道が繋がった瞬間。
あの瞬間に感じた高揚は、停滞を打ち破るの確かな予感だった。
ヴィム少年、君は知らないだろう。知る由もない。
私がどれだけ君に感謝しているか。言葉にして伝えようとしたけども、伝えきれる大きさを越えている。
戦士としての私は、あのとき蘇ったのだ。
「『応えろ、大首落とし』」
相棒が腕の神経から私に高揚を伝えてくれる。
言霊が詠唱になったらしい。
相棒は自ら進んで制御下に入り、腕の神経を通じて私に高揚を伝えてくれる。
幸いなことにここには“空”がある。
相棒を制限しなくていい、跳ぶ高さを考えなくていい。
できるだけ高く跳んで、目一杯巨大化させて、思い切り下で叩きつけることができる。
調子がいい。体が軽い。よく動く。
敵は階層主。一撃で仕留めないと何が起きるかわからない。
でもそんなことを考えるより前に、私は一人の戦士として、燃えるような闘争心に身を焦がしていた。
『総員、退避しろ! デカいのを叩き込む!』
小走りから助走に切り替える。
歩数を合わせて、最高速度に乗るのを待つ。
柄を握った右腕と地面を蹴る左脚が合うと確信した次の瞬間、私は空に浮いていた。
まるで強化に導かれているようだった。
考えるより先に振り上げた柄に左腕が添えられる。
背屈した全身は弛緩しきって、エネルギーを最大まで貯める。
相棒は応えてくれている。
倍で区切らなくても、滑らかに最適な瞬間を選んで巨大化してくれるに違いない。
「『巨人狩り』」
剣尖が鞭よりも速くしなって、頂点に達した瞬間、相棒はかつてないほど巨大化した。
もはや私にもどこまで伸びているかわからない。
どこまで届いてしまうかもわからない。
ただ確かなのは、この一撃は階層主を叩き斬るのに十分であるということと、今の私ならどんな得物だって振り切れるということ。
全霊を込めた一撃を、余すところなく叩き込んだ。